❤️🧡/短編 昨夜のせいか、それとも夏に向かっていることを考えれば仕方のない事なのか、なんだか部屋が暑い。特に髪を下ろしている今は最悪で、なんてったって汗で首に髪が張り付くのが大嫌いなヴォックスには受け付け難い気温だった。
「ヴォックス……?」
隣で眠っていたミスタが目を覚ましたようで、まだのんびりとした声でヴォックスの名を呼んだ。それに答えるように髪を撫でてやれば、ミスタはまだ眠たそうに瞼を閉じて、ん……と答えたきりだった。
ミスタの頭に手を置いたまま、左手に持っていたスマホを置いて髪を束ねる。そのまま適当に髪を流すと、先ほどの不快感は幾分かマシになった。首が外気に触れて涼しくて、中々に心地よい。
「ミスタ。暑くないか?」
「……ヴォックスは暑そうだね」
「あぁ、だから……」
言葉を続けようとした直後、背中にずっしりと人の重みが加わった。刹那首にちり、と痛みが走って顔を顰める。頭の真後ろから、ミスタの楽しそうな笑い声が聞こえる。
「ミスタ……!何をやっているんだ?」
「いや、ヴォックスみたいな色男が髪を結んで外へ出でもしたら、町中の人が倒れちゃうからやめさせようと思って」
痕になってるから、ヴォックスは髪を結べないよ、どんなに暑くてもね。
ミスタの言う通り、首の真後ろにくっきりと歯形のついたのが分かった。髪を結べないのは最悪である、けれど。
「ミスタ?嫉妬か?」
笑い声のまま、彼からの返事はないが大方予想は合っているだろう。折角の休日に仕事へ出かける恋人への、ささやかな報復としては上出来である。
「わかった、私は痕がついていたとしても髪を結ぶのが嫌ではないが、ミスタの悪戯なら甘んじて受け入れるよ、本当にすまないな」
暑くて髪を結びたくなるたび、俺を思い出して耐えきれなくなって早く帰ってくると良いよ、なんてミスタが囁くのをきいて、ヴォックスはさっさと仕事を終わらせてこの愛しい恋人の元へ帰ろうと、そう決意を固めたのだった。