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    #FoxAkuma

    貴方に逢うために ただ電車に乗る。それだけのことなのにどうしても気が重くて、気のせいか足も震えて、消えちゃいたくなるようなのを押し殺しながら、ミスタは仮面を被ってホームに立っていた。あの、心温まる場所に戻りたくて、手渡されたペンをギュッと握りしめる。これで自分の名前を書くんだ、いいか?と言われたのがリフレインした。
     後ろに立っていた人物が、少し足を動かしたのがわかる。肩に温かい温度を感じた。彼の手だった。
    「さぁ、あと少しで電車が来るよ」
    「……ねえ、ほんとうに行かなくちゃ駄目?」
    「ほんとうに行かなくちゃ、ミスタは一生ここにいることになってしまうよ?」
     不安で不安でしかたがなくて、ヴォックスの顔を覗き込む。いつもと変わらない、穏やかでぱっちりと張った瞳がこちらを見つめ返した。
     ここに一生居てもいいんだけど、ヴォックスは中々俗っぽい言葉遣いをするなぁ、と口の中で呟く。ここに居れば、一生なんて概念はないことくらい、きっと彼は分かっているのに。ミスタが隣であんまり喋りすぎたものだから、心做しか彼の言葉遣いは変わってきている気がしている。
     電光板は電車が来るまであと一分だと告げる。
    「ヴォックスはさ、俺が次どんな人間になると思う?」
     電車を待つまでの間、どうしても落ち着かない気持ちを誤魔化そうとして、ミスタはヴォックスへ尋ねた。
    「心優しいひとだろうな、それにおっちょこちょいだろう」
    「今と変わらないじゃん」
    「魂なんてものはそうそう変わらないさ」
     今ここにいるミスタは、ミスタの魂を形どっただけだから、単純で、ある意味お前はとても脆い存在なんだ、と記憶の中のヴォックスが言う。
     その魂と長らく―ここには正確な時間の概念はないけれど二十年くらい―いれば、ミスタの性格などお見通しなのだろう。ほんの少しくすぐったくなって、手持ち無沙汰にヴォックスの髪を指へ巻き付けた。
     ヴォックスがもう一度口を開きかけたとき、丁度けたたましくアナウンスが流れ出した。
     〇番ホームに、特急が到着します……。
    「さぁ、ミスタ、行っておいで」
    「あのさ、ヴォックス、ここから俺のこと、見つけてね」
    「あぁ、見つけてやるよ、きっと頑張ってるだろうミスタをな。……だから、それを私に見せるために、ミスタ、電車に乗れ」
     やさしく、けれど力強く背中を押された。足がよろけて、もつれそうになりながら、不格好にミスタは一歩を踏み出すことになった。
     振り返れば、彼は穏やかな表情で笑っている。そこに寂しそうな様子はなく、つまりそれはミスタがまた生まれ変わることを心から期待して、そして楽しみにしている証だろう、と思った。
     期待に答えるしかない、と覚悟を決める。相変わらず不安は重く心を押しつぶすけれど、それすらも受け止められるほどの希望を、唐突にミスタは認識した。
     皆すでに車両に乗り込んでいた。ホームにはミスタとヴォックスの他に誰もいない。電車はまるでミスタを待つかのように、ただじっとし続けている。
     少し段差のある、その電車の床へ足を踏み込む。それからヴォックスの方へくるりと回転して、ミスタは彼へ別れを告げた。
    「ばいばい、ヴォックス。……いってきます」
    「いってらっしゃい、ミスタ」
     ヴォックスが言い終わるか言い終わらないかのところで発車ベルがなる。扉が閉まって、もうヴォックスに触れられないことを悲しく思いながら、ミスタは手を振り続けた。ヴォックスも、お互いが見えなくなってしまうまで手を振った。
     ミスタは扉のそばから離れた。少し迷って、空いていた席へ腰掛ける。皆それぞれのペンを握って、思い思いの表情で席に座っていた。あそこの社交的な人は隣の人と話しながら来世の名前を考えているらしい。
     ミスタはといえば、あんまり考えると淋しくなってしまうから、ちょっとだけ、ヴォックスのことを考えた。例えば、ヴォックスは俺のことを覚えていられるのに、俺は覚えていられないなんて不平等だ、とか。
     けれどこのことは最終的に解決した。俺はたくさんの時間をヴォックスの隣で過ごしたから、きっと俺の魂が憶えているだろう、と。不意にタイムスリップして、やっと生まれ変われたヴォックスに会えるなんてこともあるかも知れない。
     そんな風にとりとめもなく思いながら、彼は目的地まで静かに揺られていった。
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    The love I found is you / 愛が何かと問われれば 無駄にでかい手のひら、温かいベッドと食卓、それから少し弱気なときのお前。俺が誰かに「愛とは何か?」と聞かれたらそう答えると思う。なんて、そんな事を呑気に考えながら、見慣れない車窓の外をぼんやりと眺める。

     遡って数時間。ヴォックスを好きなことがバレた。だからどこか遠くへ行こうと思って、ここ2年程で慣れ親しんだ家から必要最低限のものだけひっつかんで飛び出してきた。まあ、バレたところできっとあいつは大して気にしないだろうけど、俺からしたら大問題だった。絶対に知られちゃいけないことも世の中にはあるってわけだ。探偵の俺はそれを探すのが仕事なわけだけど、そういう話はまた別な話って事で。な?

     お互い“そういう関係”として好きだとか、特別な存在だからとか、そんな事はなく、ただ生まれ故郷は違えど近い所に住んでいるなら一緒に住んだ方が身の回りをサポートしあえるだろう、とかそういった理由で住み始めたんだったな。朝が来たら俺より早く起きていて朝ごはんを作ってくれていて、落ち込んだ夜には俺が落ち着くまで何時間でも大きい手で俺の顔を包んで「大丈夫だから」と言い聞かせて抱きしめてくれてたっけ。2人で朝まで飲んでくっだらない事で手叩いて大笑いした夜もあったよな。これからは俺がいないベッドで1人目覚めて、俺のいない1日を過ごして、そのうちそんな日のも慣れて、俺なんかいなくてもいいんだって、気づけばいいんだ。
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