ゆうれいがみせたまぼろし このまま地球へ、というのは、無謀な話だと思っていた。でも、今、自分はその地球にいる。
ただ、独立戦争の真っ最中から使い続けている戦闘艦である。負担も大きく、ガンダムを追って地球に到達した後、急にガタが来た。
ジオン公国の拠点で集中的にメンテナンスを受けることとなり、拠点に収容しきれない艦員は、強制的に数日の休みとなった。
たまたま、その拠点というのがリゾート地付近で、提携のコテージなら安く手配する、というので、クルーたちは飛びついた。
「そんな都合のいい話、あるかよ……」
その都合のいい話に飛びついた自分のことは忘れておくことにする。
いわゆるスペースノイドである僕らには、地球の重力さえ、違和感のあるものだ。太陽がのぼり月がのぼり、そんなふうに日にちは変わっていくし、天候もあらかじめ決められたものでなく、暑さ寒ささえ自然任せ。
そんな中でしばらくは任務を進めねばならないので、休暇の間に身体を慣らしておけ、ということも一応は課せられている。
ただ、ひとは慣れるもの、らしい。
地球到着から数日は具合の悪そうだったクルーたちも、艦のことを引き継ぎ、メンテナンスを任せて休暇に出たら、それぞれ、元気に過ごしているようだった。
コモリからは、日に何度か連絡がくる。
現地情報を交換し合おうというので、出かけた先にいいものがあったら互いに連絡をする約束だった。こちらからも、行ったハンバーガー屋のこと、食料品を買える店、サイド3にもあるショップの支店などについて、写真や地図をつけて送った。
こぽこぽ、しゅわしゅわ、とコーヒーの落ちる音。
かなり年季が入っているコーヒーメーカーだが、まぁまぁ美味しいコーヒーが淹れられる。
一時の同居人がこれを気に入り、毎朝、これを用意するのが僕の仕事になっていた。
「……シャリア・ブル中佐、おはようございます」
カップを二つ持って寝室に向かうと、気だるそうにこちらを向いた。
カップをサイドテーブルに一つ置くと、彼は無言でそれを手に取り、すすった。
「こんなところで、中佐、というのも色気がない」
つまらなさそうに指摘される。
「中佐は、中佐でしょう」
「エグザベくん、せめて階級はなしにしませんか」
軍の提携先にいるわけで、あまりはしゃぐのもな、と思ってそうしていたのに。
率先してそんなふうに気安くされても困る。
「そう思うなら、そもそも私と一緒に、おんなじコテージに泊まってる時点でおかしいでしょ。それに、ねえ?」
まだ口に出していなかったのに、突っ込まれた上、ぐしゃぐしゃになったままのシーツを一瞥して、恨めしそうな顔をした。
主犯は確かに僕だった。しかし。
「……でも、あんなふうにされたら、誰だっておかしくなる、と思います」
僕にだって情状酌量の余地はあるはず。昨夜はそんな状況だった。少なくとも、僕にとっては。
ベッドに腰掛けて、僕もコーヒーを一口飲む。
香りがよく、最初は豆が当たりなのだと思った。しかし、彼曰く、あのコーヒーメーカーが当たりなのだ、という。滞在中だけでは飲みきれないほどの豆を買って試したが、確かにどれも美味しく、しかし買い込んだ豆をどうするのだ、というのが目下の楽しい悩みだった。
「……ずっと、こうしていたいな」
何も考えていない、ただの感想だった。
例えば、戦闘艦のメンテナンスの間だけの同居人でなく、将来を誓い合って、住む場所も、家も、家具も電化製品も、2人で相談して決めたりして。
彼の気に入ったあのコーヒーメーカーも、同じものとか、同じメーカーのものを選んで、キッチンに置いたり、とか。
「……エグザベくん、それってプロポーズですか?」
涼しい顔で、彼はまたカップに口をつけた。
「……そう受け取ってくれるならば、ぜひ」
急な緊迫感。カップを口元につけて誤魔化した。
すっと手が伸びてきて、カップを取り上げられた。
サイドテーブルにカップが並んだのを見ていると視界が真っ白になる。
ばさ、と音がしていた。これは、シーツか?
「だめですよ、こんな火遊びに、本気になってしまっては。
わるいおとなにつかまって、骨の髄までしゃぶり尽くされて、おしまいです」
全身をシーツで覆われたのち、捲り上げられる。
そして、シーツごと引き寄せられて、コーヒー味の口付け。
「こういうことは、誠実で、もっと素敵な人としなさい。いいですね?」
またシーツで全身を覆われてしまう。その向こう側から、シャワーを浴びてきます、と声がした。
シーツがベールで、あの口付けは誓いのそれ。どう考えたってそうじゃないか。
やめておきなさい、と言いながら、こんなことをするあのひとのことが、僕はいつもわからない。