この日、デートに行きましょう、と突然誘われた。
休暇のシフト表が配布されて、そのあとすぐに入ったチャット。
デートなんて、任務のついでで食事に行くとか、ショッピングをするとか、そういうふうにしか、過ごしたことがない。
何の隠語だ? そう思って過去の連絡を振り返ったが、あまりそれらしいものはなく。
本当に、デートなのかもしれない。
でも任務の言い換えだとまずい。ほんとうにデートのつもりだったら、野暮なのもいやだ。
あいだをとるような服装、って何だ?
当日まで、延々と悩んでいた。
「……これ、何かの『仕事』の言い換えですか」
「来て早々、色気も何もない質問ですね」
着いてすぐ、誤解があるといけないので尋ねた。
デートだったらなんでもいい、ただの休暇だから。でも任務だったらまずい、表向きには何の指示も出ていないから、『手ぶら』なので。
「……どうなんですか」
「もしかして、何かの隠語だと思った?」
「はい、たださすがに、表向きには私用の外出なので手ぶらです。
携帯すべきものがあるなら、ご用意いただいているんですよね?」
きょとん、としたあとで声をあげて笑い出した。
「さすがにそういうつもりなら、まずコモリさんと出ます。
別に性別云々を言うつもりはないけど、やっぱり多少浮きますので」
……じゃぁ、ほんとにデートのつもりなんだ、このひと。
胸を撫で下ろす。何か意図するものがあったのに、僕が汲み取れておらず、手落ちがあるのでは、と気が気ではなかった。
それから彼が送ってきた、現状のきっかけとなる連絡を思い出す。
デート……?!
「お、百面相ですね」
「……い、いわないでください」
まずった。どちらかというと任務だった場合に備えようと思っていたから、何も考えてなかった。
「行きたいところがあるんです。
きみ、アイスは好きですか?
さすがにおじさんがひとりでいくような店じゃないので、付き添いだと思って」
あっち、と指差したあと、歩き出したのでついていく。
「もうちょっと、わかりやすく伝えた方が良かったですね。
ただ、通信網のプライベートな利用は最小限に、というのが原則なので。きみも男の子ですし」
相手が女の子だったら、靴や服装のこともあるだろうから連絡したけど、僕は男だし、なんでもいいと思われた、ということか。
少しだけムッとした。一応、仕事で食事制限くらいはある。カロリーのある、バランスを欠いた食べ物はそうそう食べられないし、事前事後の調整は不可欠だ。
「まじめなきみの性格を考慮しなかった私が悪いので、そんなに怒らないで」
少し俯いてそんなことを考えていたら、手にぬくもり。目の前には彼。
眉尻が下がって、困った顔をしていた。
それから、結構混むので、急ぎましょう、と手を引かれた。
その手を離そうとして引くと、きゅっと力が入って抜けない。
「いいじゃないですか。デートだと言ったでしょう?」
少しかさついた手に引かれるまま、街を歩くと、男2人でくるには抵抗感しかない可愛い店。
「なかなか美味しいんですけどね、この年齢の男1人でくるのも忍びなくて」
おそらくソドンのメンバーならば、コモリが一番適任だろう。任務のついででくるならばそれが一番いい。ただの同僚なので誘えない、となると、次点は確かに、艦の中でもコモリに並んで若い僕、になるのかもしれない。
オーダー待ちの列の所々にメニューが入った箱がある。一枚取り出した。
「おごりますから、好きなものを選んで。
私はこれとこれにします」
「これと、これ、ですか?」
「えぇ……何か変でした?」
「……いえ、」
彼は派手な色のアイスを2個、順番に指差した。
どちらもマーブルになっていて、確かにそれぞれは美味しそうだが、色合いがチグハグで、味もそれぞれ異なり過ぎている。どんなセンスだよ……。見た目とか、あんまり気にしないのか?
列は進んでいるのに、そんなことに気を取られていて、自分のオーダーのことは何も考えていなかった。どれを頼むか急いで決めて、カロリー欄をそっとチェックする。運動量を少し増やせば問題ない。食べた分は、トレーニングで消費しようと決めた。
程なくして、カウンターで2人分を頼む。掬い取られたアイスがコーンに積まれて手渡された。
支払いをする彼の代わりに受け取った。2人分の支払いを済ませると、外へ、と促される。
店の外にはベンチがいくつかあって、たまたま空いたところに座れた。
「任務でもデートでも、となると服も選びづらかったのでは?」
アイスを小さなスプーンですくっては口に運ぶ彼が、尋ねてくる。
「えぇ、ホルスターをつけてくるかどうか、一番悩みました」
ジャケットをめくって、それがないことをみせた。ほう、と眺めて、面白そうに笑う。
「それは悪いことをしました。
お詫びをしないといけませんね」
食い合わせの悪そうなアイスの一段目をあっという間に食べてしまった彼が、思わせぶりにこちらを見た。
気づかないふりで、アイスを食べ進めることにする。
「任務かどうか、聞けば良かったのに、聞かなかったのは僕の手落ちなので」
アイスの方を向いたまま、そう答えた。
ため息が聞こえた。つまらなさそうにしているのが目に浮かぶ。でもここで反応したら終わりだ。またいいようにされる。
「エグザベくんも、かわすのが上手になりましたね」
「さんざんからかわれて、いいようにされてますからね」
このやり取りだけで、とりあえずは満足したらしい。ホッとした。
任務ならば、少なくとも銃を隠せなければいけないし、何か協力者から受け取るものがあるのなら、ジャケットやカバンに納める必要がある。そういうことがあってもいいような服とカバンで来たつもりだった。
デートだったとしても、何も聞かされていないサプライズ程度には応えられそうだと思う。ジャケットも着ているし。
ただ、そういう格好は厚着になりがちで、季節とは多少合わない格好だった。
一方、隣で二つ目のフレーバーをふむふむ言いながら楽しんでいるそのひとは、ざっくりしたサマーニットに、くるぶしの見えるパンツを穿いていた。どちらも淡い色で、制服はもちろん、任務の時の私服ともイメージが違う。
あまり流行っている服装ではないが、今の季節っぽくて、軽やかでとても似合っている。
袖を捲っていて、いつもは見えない肌が見えていた。
意識してしまって、またアイスに向き直る。
「カロリー制限があるんでしたっけ、パイロット職は」
「はい、コックピットもスーツもサイズを合わせていただいているので、機能しなくなると困りますから。
ただ、まだ身長も伸びてますし。トレーニングで身体が大きくなる場合もあるので、気にしすぎるな、とも」
「じゃ、食べた分は動かないとですねぇ」
コーンについていた紙をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱に放った。
こっちはまだ食べ終わっていない。あと半分。慌ててスプーンですくう。
なんでそんなに早いんだよ!?
「ねぇ、カロリーを効率的に消費するのに、何をしたらいいでしょうね、私たち」
まためんどくさいことを言ってくる。
もしかして浮かれてるのかな、このひと。
「まだ食べ終わってないので、急かさないで」
強く言うと、また楽しそうに笑った。