素直になるのは難しい今日は愛を伝える日だと言う。
江澄は普段自らの気持ちを言葉で伝えることが苦手だ。
情人である藍曦臣は、江澄と正反対で会う度に「好きです。」「愛しています。」と言ってくれる。
江澄が最後にちゃんと言葉にして言ったのはいつだったか。こんなにも愛を伝えられない俺では愛想を尽かされるのではと不安になった。
愛を伝える日だからときっかけがあれば、普段よりは言いやすいのかもしれない。
今日は元々藍曦臣が蓮花塢にくる予定があった。宗主としてではなく、私的に。言ってしまえば逢瀬である。
しかし、いざ本人を目の前にすれば想いを伝えることができない。
両思いになって数年が経つというのに、自ら気持ちを表出することに羞恥を覚えなかなか言えないのである。
「…曦臣?」
「阿澄?どうしました?」
「きょっ今日は愛を伝える日らしい。」
「そうなのですね。貴方を愛していますよ、阿澄。」
ほら、藍曦臣はすぐに言葉にすることができる。なのに俺は口にしたくとも、結局口に出るのは可愛くもない言葉ばかり。
「知っている。」
「はい!」
何故、この返事で藍曦臣が嬉しそうにするのかは分からない。
「俺は素直じゃない。」
「…? どうしました?」
「俺は貴方みたいに想いを素直に口にできない!」
ああ、言いたいことはそんなことではない。想いを伝えたい、愛想をつかれたくないだけなのに…。上手く言葉にできない。
「ええ、知っていますよ。そんなことを気にされていたのですか?」
「そんなことって…人が悩んでいることを。」
江澄が拗ねたように言えば、藍曦臣に腕を引っ張られて逞しい腕の中に閉じ込められた。
「言葉を口にできないとは言いますが、阿澄は表情に出るので私を想ってくれていることはきちんと伝わっていますよ。」
「…!」
藍曦臣の言葉に驚いた。そんなに俺は分かりやすいのだろうか?
「そのようなことを気にされている阿澄は、なんて可愛い人なのでしょう。」
「…」
藍曦臣は嬉しそうである。まあ、このことで悩んでいると言った時点で既に、想いを伝えたこととほぼ同等なのかもしれない。
「それにね、阿澄?私は耐えられずに想いをすぐ口にしてしまうけれど、中々言えない貴方の口から紡がれた愛を聞くことができた時というのは喜びも一入です。」
江澄は藍曦臣の想いを聞いて照れた。そんな風に思っていたとは知らなかった。愛想を尽かす心配はしなくても良さそうだ。
「貴方は俺のことを甘やかしすぎだ。」
「そんなことはありません。全て私の本当の思いです。」
「曦臣、…貴方を愛している。」
囁くような小さな声ではあったが、想いを言えた。あれだけ悩んでいたのは何だったのか、口が言うのを渋っていたのは何だったのか。今まででは考えられないほどすんなりと言えた。
藍曦臣は耳が良い。どんなに小さな声だろうと必ず拾い上げてくれる。勿論、抱きしめられたままの状態で至近距離にいる今の江澄の声もしっかりと聞こえていた。
「阿澄!!!」
藍曦臣は破顔してぎゅっと抱きしめていた腕に力が入った。
「おい、痛い!」
姑蘇藍氏の馬鹿力に呆れながらも、内心嬉しかった。
こんなに喜ぶのならもう少し頻繁に想いを言葉にしてやった方が良いのだろうとは思いつつも、こんなに喜んでもらえるなら中々言えない状態というのも良いのかもしれないと思い直した。