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    チキンバード
    大学の動物文学の課題で書いてたけど没になったやつ

    チキンバード教室の、一番窓側の、一番後ろの席に座っている彼が見えるだろうか。

    彼のあだ名は「チキン」。見ての通り制服の襟の部分から、まだ小さな赤いトサカとクチバシのついた頭がニョキっと生えていて、制服のズボンから、鱗とカギヅメのついた四本指の足が見えている。彼はヒトの服を着たニワトリである。

    チキンは今日も、みんなとなじめずにいた。授業中も落ち着きなく、羽繕いや手いたずらを繰り返しては先生に叱られる。黒板に字を書くのもヘタクソで、手先がブルブル震えてしまう。いつ誰に笑われているのか心配でキョロキョロ挙動不審に首を振るしぐさがもう滑稽だと馬鹿にされた。

    チキンは壁画のような金色の目玉で、どこかをジッと見つめて黙り込んでいるので、みんな初めは何を考えているかわからず怖がった。世界滅亡計画を立てているとか、目からビームを撃とうと精神集中しているとか、いろんな噂が立ったけど、そのうち何も考えていないという結論が主流になった。

    チキンは「トリアタマ」だと噂された。なにせ友達の名前も掛け算九九も覚えられないのだ。七の段が特に難関で、覚えるまで廊下に立たされても給食を抜きにされても駄目だった。人々はチキンを「三歩歩くと忘れる」とからかった。でもチキンは何も考えてなかったわけじゃない。小さなアタマの中で、月の内側の広大なユートピアとか、路地裏に捨てられた空き缶の寂しさとか、ニワトリとタマゴどちらが先かとか、色んなことを考えていたわけだ。ただ掛け算九九や友達の名前は、それよりどうでもよかっただけ。でもこのちっぽけな頭の壮大な世界について先生に話すと「そんなことは学校や社会では必要ないからやめなさい」と言われた。友達は皆、給食の事とか、恋愛の事とか、将来のユメとか、至極マトモなことを考えているが、チキンはそれに興味が無かった。それでケッコーと思えればいいが、なんだか悔しくて悔しくて苦しくて、ついつい首の周りの羽毛をむしり取ってしまうもんだから、そこ一帯だけブツブツした鳥肌が見えて、友達は気持ち悪がった。



    何のトリエもないチキンだが、友達が彼に期待したことがひとつ。彼は俊足だと思われた。鱗のついたイカツイ足とスマートなカギヅメや、逞しいモモ肉。確かに彼は足が速そうだ。運動会の練習が始まって、色別リレーの時、みんな自分のグループにいつも仲間外れのチキンを欲しがった。しかし彼は期待に反しのろまだった。足がもつれて、ノタノタバタバタ、溺れかけのネズミみたいにテバサキを振り回し変な走り方をした。

    チキンのグループは勿論ビリで、みんなチキンを「役立たず」とか「使えない」とか罵ったが、体育の後の休み時間には、、チキンの滑稽な走りが気に入ったようで、皆、真似をして実に実に楽しそうに遊んだ。彼はその様を見、

    「ああ、みんな僕の真似をして喜んでいる。僕は皆を楽しませることができたのか、そうだとしたら嬉しいなあ、僕も仲間に入れてくれるかなあ」

    とか思って、手羽先をバタバタさせて輪に入ろうとするや、皆急に、排水溝に詰まった給食の残りカスを見るような目でチキンを一瞥して去ってしまったので、チキンは寂しそうに頭を垂れ、カギヅメと鱗のついた逞しいアシでグラウンドの砂を引掻くしかなかった。

    保健室の先生によると、彼は「クル病」という足の病気で骨が弱くてうまく走れないそうだ。

    彼は様々な要因でもって、どこにいっても足手まといだった。



    運動会も終わってしばらくしたある日、ある人がチキンを脅かそうとした。後ろからこっそり忍び寄り、給食の冷凍ミカンを執念で掴み続けて痛いほど冷たくなった手で、彼のトサカを引っ掴んで思い切り後ろに引っ張った。いつもは小さい声しか出ないのに、この時ばかりはあんまりびっくりしたもんで「コケコッコー!!」という叫びが廊下にまでこだました。彼を脅かしたその人は、驚きよろめき、後ろのロッカーに頭をぶつけ泣き喚いた。先生はチキンを叱りつけ、何事かと校長先生までやってきて、保護者まで巻き込む騒ぎになった。

    その人のママや先生が何やらペチャクチャしゃべくっている一方、チキンママは何を言っても雨の日のししおどしみたいに、すみませんすみませんと頭を下げて謝るばっかりで、マトモな会話にならなかった。「トリアタマ」の親は「トリアタマ」なのだと、チキンママが帰った後先生らは口々に言った。チキンは「違う!」と言いたかったが、何も言えなかった。

    それは先生が怖かったからじゃない。

    チキンパパは自分の事しか頭になく、ちょっと嫌なことがあるとすぐトサカにきて、チキンママやチキンを血が出るまでつっつき回した。しかも、三歩歩くと自分がしたことをすっかり忘れてしまうのか、暴力をふるったことを絶対に認めない。

    チキンママはママで物忘れが激しく、パパが要求する様々なことを、三つ以上覚えていられない。だからママはパパに何を言われてもされても、全部自分が悪いと思って、いつもいつも謝ってばかりいた。忘れっぽい自分の事だから、暴力を受けたのも何かの記憶違いなのかしらと本気で思っていた。物忘れを直そうと、色々なサプリや宗教や本やセミナーに手を出しても駄目だった。

    努力でも暴力でも解決しないということに誰も気付かない。

    チキンはチキンでこんな調子だったもんで、三人そろって馬鹿にされるのもしょうがないと思ってしまったのだ。



    「ここは人間の工場なんだな。みんな同じことを、同じように考えられるように訓練されているのだと。右を向けば右、左を向けば左。」



    冬頃、町で鳥インフルエンザが流行した。街では鳩が駆除され、職員室前で飼っていた文鳥も気付くと消えていた。近くの農場では食肉用のニワトリ達が一斉に殺処分され、食肉業界に大打撃が走った。街ではみんなマスクをつけ、勿論学校でもマスクの着用や手洗いうがいが徹底され、教室にはアルコール消毒液が置かれた。給食時に席をくっつけるのが禁止され、集まって騒ぐのが大好きな人々はギャアギャア不平不満を喚き散らした。

    咳をする人への風当たりが強くなるとともに、チキンを見る人々の目もどんどん白くなっていった。まずあだ名がチキンからインフルに変わった。誰かが咳をすると、「インフルのせいじゃない?」と、ニヤニヤしながらチキンの方を見た。チキンは自分がインフルと呼ばれているとはつゆ知らず首をかしげた。そのうち、チキンに触った後は手洗いうがいをしようという話になった。それから、チキンに消毒スプレーをかける遊びがはやり、「チキンに触った人に触るとインフルエンザウイルスがうつる」「チキンに関わったものは鳥インフルになる」といって鬼ごっこをする呪術的遊戯が始まった。それによって人々は遊びながらソーシャルディスタンスを確保し、感染症によって退屈になってしまった学校生活を、感染対策を兼ねた新しいアソビで満喫しようと創意工夫したのだ。一羽を犠牲にして、ではあるが。



    チキンはある日、突然学校の外に連れ出された。4時間目が終わって、さあ給食を食べようかというときだった。カラアゲ指さして「共食い―!」とマスク越しに笑っている子供のうしろから、白い服着たマスクの大人がたくさん押し入ってきた。保護者会でチキンを保健所に引き渡して、処分してもらうことがきまったのだ。大人たちはチキンの首根っこをとっつかまえ、トラックの荷台に投げ込んだ。チキンは目ん玉白黒させて、どこに行くのと首をかしげた。


    チキンが荷台から降ろされると、そこはコンクリ建築で、白い服の大人につれられて、地下室におりてった。せっまい廊下を通って、せっまい部屋に入れられて、これは何だろうと思っていると、突然白い煙が目の前をおおい、息が出来なくなって、車に轢かれたカラスみたいな声でギャアギャア喚いたけど、どんどん苦しくなるばかり。ついにはばたりと倒れ込んで、息を吸っても無駄なのに吐き気をこらえてヒュウヒュウ肺を膨らませて、めまいで歪む天井を眺めていたけど、ヒュッと息を吸い込んだきり、動かなくなってしまったんだって。
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