5レオの住むアパートはただでさえ薄暗く、部屋によっては明かりがつかない。Mr.ミステリーは夕暮れになったところでその日の現場での調査を打ち切り、「何か思い出したら連絡をするように」と、事務所の番号を書いた名刺をレオベイカーに渡した。
なんとなれば、記憶のあやふやな父親の証言を当てにするより、周辺情報から探ったほうが話が早いかもしれない……レオの元妻や、“ジョーンズ医師”について調べる方が先決だろう。
さらに、仮に元妻や医師による連れ去りが原因だったとして、その当時の連れ去り行為の合法性が争われるとはいえ、事件性はないだろうというのがMr.ミステリーの見立てである。
何せ、持ち出してきたリサベイカーの診察券に記載の生年月日に間違いがないのであれば、リサは今22歳になっているはずだ。レオが言う「娘がいなくなった」のは、明らかにここ数日のことではないだろう。
Mr.ミステリーが現時点での見立てを立てながら事務所に戻ると、暗い部屋の中央に青白い人影が立っていた。
彼は軍属の経験から幽霊や超常現象に対してドライな立場を取るが、事務所の中央に立つ見慣れない人影を取り押さえようにも、手が動かない。
『こんばんは、探偵さん!』
鈴を鳴らすように高く、若い娘の声が笑った。青白い人影は戸口で立ち尽くす探偵に向かって近寄ってくるが、それは透き通るように青白いワンピースを着て、頭に花をあしらった麦わら帽子を被る娘の姿をしている。(リサ・ベイカーか)と直感をぶつけてみようと彼は口を開いてみるが、喉から声が出てこない。悪夢を見ている時のようだ……と思い、Mr.ミステリーは思わず息と、苦くなった唾とを呑み込んだ。
『クローゼットにはね、リサの大事なものが入っていたの』
『でも、お父さんが捨てちゃった。うちには借金があるんですって……』
青白い人影は、戸口で降参するかのように両膝をついてしまったMr.ミステリーの周りを二度三度、子供がハンカチ落としをして遊ぶときのような調子でくるくると歩き回った後、それで気が済んだのか、彼の真後ろでぴたりと足を止める。
『あのね、パパのお話を聞いてくれてありがとう。でもね、リサを探さないでほしいの』
目を覚ますと、Mr.ミステリーはソファの上で寝そべっており、全身にはびっしりと冷たい汗を掻いていた。
悪夢を見ていたのだろうか? 彼は額を覆う粘ついた汗を手の甲で拭いながら、インバネスコートのポケットからパイプを取り出した。