お医者様でも草津の湯でも人は恋をすると、相手のことが輝いて見えるらしい。
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「なあ、寧々。最近の類なんだが、やけに輝いていないか」
放課後のショーの練習中、休憩時間に水を飲んでいると、隣に座っていた司に突然そんなことを言われた。思わず司の顔を見る。司の視線はえむと一緒に演出装置を試してはしゃいでいる類に向いていた。
「まあ、輝いているっていうか、生き生きはしてると思うけど」
昔の類を思い出しながら、とりあえず思ったことを答えてみた。ひとりでショーをやっていたころと比べると、最近の類はとても楽しそうだ。だが、その答えは司のお気に召さなかったらしい。
「いや、比喩ではなくてな。なんというかこう、キラキラしているというか」
この時点で寧々は嫌な予感がしていた。この先を聞いても良いことは無さそうだと。そもそもキラキラしてるって何。寧々が答えに詰まっていると、司は眉を下げて言った。
「やはり寧々にはそう見えないのか。ということはオレの目がおかしいのか……?」
「あー、もう、わかったから。とりあえず詳しく話してみて」
司の珍しく弱気な表情に寧々は折れた。司にこんな表情をされては調子が狂う。
「詳しく、とは」
「例えばどんな時に類が輝いて見えるの」
そう問うと、司は腕を組んで何かを思い出すように遠くを見つめた。
「そうだな。例えば、昼休みに膝枕をした時のことだ」
「待って」
いきなりついていけない単語が出てきた。寧々はこめかみを押さえる。
「膝枕って、誰が誰に」
「オレが類に、だが」
平然と司に答えられ、うろたえている自分がおかしいように思えてくる。
「ごめん。話を続けて」
「ああ。類とランチをしたあと、たまに膝枕をねだられることがあってな。座員の体調管理も座長の務めだからな! 昼休みが終わるまで寝かしてやるんだ」
前々から距離が近いとは思っていたが、そんなことまでやっていたのか。思わず類の方を見ると、一瞬だけ視線が合った気がした。
「それで、安心したようにオレの膝で眠る類の顔がだな。なんだかこう、やけにキラキラして見えるんだ」
「……へえ」
色々言いたいことはあったが、一言だけ返事をした。そんな寧々を気にせず、司は続ける。
「あとは、この前類がプールで実験したいと言い出した時だな」
「ああ、派手に水柱上げてたあれね」
少し前の学校での騒ぎを思い出す。関わりたくなかったので詳しくは知らないが、生徒指導の先生に捕まって反省文を書かされていたはずだ。
「それだ。その時、ふたりともびしょびしょになったんだが、笑って水にぬれた髪をかき上げる類が妙にまぶしくて」
「……ふーん」
私は一体何を聞かされているのだろう、と寧々は内心で頭を抱える。よく見ると、司はうっすらと頬を染めていた。これで自覚が無いなんて冗談でしょ。
「まあ、あれは太陽の光が水に反射していたからかもしれんな」
そんな的外れなことを言って、司はひとりうなずいている。
「あと」
まだあるの!? と喉まで出かかった言葉をかろうじて飲み込んだ。話を聞くと言ってしまったからには、最後まで聞くしかない、と寧々は覚悟を決めた。
「なんと言ってもショーのあとだ。観客をみな笑顔にしたあとの類は最高に輝いている! だが、これは類だけじゃなくて寧々もえむもだな。……む、どうした寧々。顔が赤いぞ」
「別に。なんでもない」
こういうことを普通に言うところがほんとうに質が悪い。平静を装って返事をすると、司は首を傾げながらも続けた。
「そうか。まだ残暑が厳しいからな。水分はしっかりとるんだぞ。……そういえば、妙なことがあるんだ」
「妙なこと?」
「ああ、ショーのあとに類に近づくと、やけに心臓がうるさいんだ。お前やえむ相手ではそんなことないのにな。……やはり何かの病気なのだろうか」
司が深刻な顔をして言う。寧々は我慢できずについに声に出してしまった。
「司、あんたそれ本気で言ってる? 類が輝いて見えるのも、近づくとドキドキするのも、司が類に恋してるからでしょ?」
言ってから、まずっ、と口を押さえる。こういうことは当人達に任せるべきだった。でもこのままほっとくのも、と混乱した頭で考える。
「オレが類に恋を?」
「えっと、司、余計なこと言って――」
「無いな!」
ごめん、と続けた言葉は、司の大声にかき消された。驚く寧々にかまわず、司はとびきりの笑顔で言った。
「類は大事な仲間で友人で、オレの演出家だからな! そんな類相手に恋などするわけないだろう」
そう断言した司に、寧々は返す言葉が思いつかず。
「……そっか」
と、かろうじて相槌をうつしかできなかった。元より、寧々が何を言っても司は納得しないだろう。意外と頑固なのだ、この真面目な座長は。
(こいつの心を動かせるのは演出家だけだろうし。がんばってね、類。相談くらいにはのるから)
さっきからちらちらとこちらを気にしている幼馴染に向かって、心の中でエールを贈る。
「しかし、寧々にも原因はわからんか……。やはり病院か。まずは眼科に」
「それはやめて」
***
「最近やけに司くんが輝いて見えるんだ。いや、司くんはいつだって輝いているけど、前にもましてまぶしくて。眼科に行った方がいいのかな」
その日の帰り道、類にそんなことを相談され、寧々は幼馴染の鈍感さを甘く見ていたことを知る。紆余曲折の末、ふたりは無事に想いを通じ合わせるのだが、その過程に寧々は盛大に巻き込まれ、類も司も寧々に頭が上がらなくなるのは、そう遠くない未来の話。