そして、これからも 昼休み、神山高校屋上。類がひとりドローンのメンテナンスをしていると、屋上の扉が開く音がした。最近は変人ワンツーの根城ということで避けられ、屋上に来る人間はめったにいないのだが。珍しいな、と思いながら顔を上げそちらに視線を向ける。
「あれ、類じゃん。やっほー」
扉の向こう側から現れたのは、旧友の瑞希だった。類はひらりと手を振り返す。
「瑞希。今日は昼から登校なのかい?」
「うん。午後の授業で出席日数がヤバいのがあってね。……あれ、司先輩は?」
キョロキョロと辺りを見回す瑞希にむずがゆくなる。そんなにいつも一緒にいるように思われているのだろうか。
「司くんなら委員会の用事でいないよ。せっかくだから一緒にランチでもどうだい?」
隣を手で示しながら言った類の言葉に、目をぱちくりとさせたあと、にやんと笑って瑞希は答えた。
「それじゃ、隣失礼するよ。にしても、類。ランチなんて気取った言い方、司先輩っぽいじゃん。いつも一緒にいると言い回しも似るのかな」
隣に座った瑞希の指摘に、思わず口を押さえる。
「おや。司くんの口癖がうつったかな」
「はいはい、ごちそうさま。……ん? 司先輩の口癖なの?」
瑞希が首を傾げる。
「ボク、時々司先輩にお昼おごってもらうけど、そう言ってるの聞いたこと無いな」
それで言い回しが似る、なんて持って回った言い方をしたのか、と思い至ったところで、今度は類が首を傾げる番だった。
「それは不思議だね。僕と一緒の時はいつも昼食のことランチって言ってるんだけどな」
「ふ~ん。先輩なりの法則でもあるのかな」
「そうだね。司くんは自分なりのこだわりで生きてる人だから」
そんなことを話しながら昼食を食べる。多少気にはなったが、結局そのことを司自身に聞くことなく、疑問は忙しい日常に埋もれていった。
***
類がそのことを思い出したのは、ショッピングセンターで偶然司の妹――咲希に会った時だった。
「るいさん、こんにちは! いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
「おや、咲希くん。こんにちは。こちらこそ、いつも司くんには助けられているよ」
咲希に聞かれるまま、ワンダーランズ×ショウタイムでの司の話や学校での司の様子を話しているうちに、ふと以前の瑞希との会話で抱いた疑問のことを思い出した。妹の咲希なら何か知っているかもしれないと思い、尋ねてみた。
「ああ、それだったら、お兄ちゃんはお弁当のことを『ランチ』って呼ぶんです。お弁当だと特別に感じるからって」
なるほど、瑞希がおごってもらう時はいつも食堂だろうから、それで聞いたことが無かったのか、と納得する。同時に、自分と昼食を食べる時にランチと言う理由にも思い当たった。
(これは……、うぬぼれてもいいのかな、司くん)
自然とこぼれそうになる笑みを抑えながら、咲希に感謝を伝える。
「教えてくれてありがとう、咲希くん。とても貴重な話が聞けたよ」
「? いえいえ、こちらこそウチ以外でのお兄ちゃんの様子が聞けて良かったです♪」
一歌達との待ち合わせに向かうという咲希と別れ、そのまま買い物を続けた。が、頭の中は明日の昼休みに司にこのことをどうやって話そうか、ということでいっぱいだった。
***
翌日の昼休み。いつものように教室に迎えに来た司と一緒に教室を出る。今日は弁当では無いらしく、食堂に向かって廊下を歩く。
「今日のランチは何にするかな」
ランチ、その言葉に思わず笑みを浮かべる。
「……突然笑い出してどうした」
そんな類に警戒心を露わにする司に、昨日の出来事を話す。
「昨日咲希くんと偶然会ってね。君がお弁当のことを特別感からランチと呼ぶことを聞いたんだ」
「ああ、その話なら咲希から聞いたぞ! ……でもそれと今お前が笑ってることとなんの関係があるんだ?」
首を傾げる司に、おそらく無意識で言っているんだろうということがわかり、更に笑みを深くする。
「さて、司くん。君はお弁当という特別な昼食のことをランチ、と呼ぶらしいけど、僕と一緒に昼食を食べる時はいつもランチと言うのはどうしてだい? ……食堂で食べるような今日みたいな日もね」
類の言葉を噛み砕き、言っている意味を段々と理解したのだろう。司の顔が徐々に赤くなっていった。その反応に、類は自分の考えが間違っていなかったことを確信する。
「君が僕と過ごす時間を特別と思ってくれていて嬉しいよ」
「~っ!」
いよいよ首まで真っ赤になった司は、足を止めてうつむいてしまった。そんな様子をにこやかに眺めながら、ぽつりと呟く。
「僕って君に結構好かれてるんだねぇ」
その言葉に、司はパッと顔を上げた。むっとした表情でひと睨みされた後、突然ネクタイを引っ張られ、耳元でささやかれる。
「結構、ではない。大好きだ」
目を丸くする類に向かって、顔を真っ赤にしながらふふん、と笑った司は、そのままずんずんと食堂に向かって歩き出した。ささやかれた耳が熱い。顔がみるみる赤く染まっていくのが自分でもわかった。
(……君には敵わないなぁ)
出会ってからずっと、こちらが振り回しているようで、その実ずっと振り回されっぱなしで。そしてこれからもこうやって振り回されるんだろう。それを悪くない、と感じている自分が、なんだかたまらなくおかしかった。
「類、早く来い!」
少し先で、律儀に自分を待っている司に追いつくために、類は駆けだした。