Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    hanakagari_km

    @hanakagari_km

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 18

    hanakagari_km

    ☆quiet follow

    すりよる Ver.1 甘くない方 【フェヒュ】 柩があった。黒塗で頑丈な柩は成人男性を収めるのに都合よい大きさで、なるほど己のためのものかとヒューベルトは機嫌よく近づいていった。
     だが足が止まる。ハコの中には白薔薇が敷き詰められ、その上に腹上で指を組んだフェルディナントが眠っていた。
     止めた足を再び動かすと、先程より速くなる。
     膝をつき首元に手をやれば脈の気配がない。
     温度のない体は剥製のようで、鮮やかな感情を響かせる声は聞こえない。
     るん、と蛇が足元を這っていった。これはヒューベルトが飼育している暗殺用の毒蛇だ。寝所に忍ばせ、相手の眠りを確認すると肩口などに噛み付き静かに殺す。
     蛇が柩の側面を伝い、首をもたげて口を開けた。
     鋭い毒牙が美しいフェルディナントの首を狙う。
     即座に袖の暗器で蛇の首を切り落とすと、円柱の首から吹き漏れた血が眠り人の白い服を赤く汚した。
     蛇の体積よりも多くの血が滴ると、敷かれた白薔薇も赤く、ついには黒に染まり、それはまるで己がエーデルガルトのために創った紅花の花道だと――
    「っ!」
     息を殺して目を開けると鼓動が煩かった。
     取り込んでいるはずの空気は肺まで届かず帰ってしまう。
     ぶれる視界を正そうと努めると、己が何者かに抱き込まれていることに気づいた。
     素肌に感じる相手方の体温は知ったもので、とくり、とくりと穏やかに聴こえたフェルディナントの心音に、騒いだ心が鎮まっていく。
     あれは、夢だろう。
     起きなかった、けれども条件が揃えば起きえた未来のひとつ。
     先生がエーデルガルトに付かなければ、フェルディナントの父を殺したのが皇帝であれば。己らが敵同士になる未来を学生時代は思い描いていたはず。少なくともヒューベルトの未来予想図にフェルディナントの影はなかった。
     だというのに。
    「ううん……ひゅ…ると」
     眠りの中、むずがる声が耳に届くので、反射的に離れようと身を引けば、背中に回っていた腕で抱き込まれる。
     とくん、とくんと規則正しく鳴る鼓動が、生き物に体温を与えている。
     きっと命令があれば、己はこの心地のいい音を握り潰すことを厭わない。
     そう考えれば彼の腕中に居場所を見つけたことは酷く不誠実で、そぐわぬと思えてならず、更にヒューベルトの心が冷えた。
     フェルディナントを愛している。恋しいとも、大事にしたいとも思う。それでも無情にそれらを手放せる己に、はたして愛を紡ぐ資格があるのか。
     紅茶色の髪が朝日をうけて美しく煌めいている。
     優しい色をした光に目を焼かれそうで、ヒューベルトはフェルディナントの胸にすり寄った。
     まぶたを閉じ、逞しい胸板に密着させると、なにも映さぬ暗がりがもたらされる。
     近寄ると暖かな腕で、顔ごと抱き込まれるので音も遠い。
    「ひゅー、べると」
     伴侶がこぼした声と、彼の鼓動だけがある小さな世界。
     ああ、ここが自分の柩だと薄く笑い、ヒューベルトは忍び寄っていた見知らぬ蛇の頭を、敷布に隠した針で串刺した。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works