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    海遊記沿い5
    あとエピローグ的なのでおわり

    海遊記沿い5 ジェルマ王国、科学棟。

     王子二人の帰還に湧く兵士たちを分厚い石壁で隔てた静かな室内は、しかしどこか浮き足立っていた。それは、僅かに動作の軽いイチジたちにも言えること。性急に整備せねばならない箇所ばかりだというのに、不思議と心の内は軽快であった。

    「フェム。お前、兵士たちの前に立たなくて良いのか」

    「ええ。アタシがいなくても良いように訓練してあります。クローンといえどそこまで木偶ではないのでね。それに……アタシはもう指揮官ではない。辞表を出したはずですが、イチジ殿下?」

     廊下に置かれた椅子に座り、向かい合ったイチジとフェムは会話を交わす。先の撤退戦と奪還戦で酷使した身体のメンテナンス待ち。今はニジとヨンジの点検中なので二人がここで待っている必要などないのだが……何故だか、ここで座っていた。レイジュのように自室で休んでいたとて問題はないし、別に自室が損壊しているわけでもないのに、である。

    「これか?」

     辞表、と言われてイチジはポケットから三つ折りの紙を取り出した。幾分くしゃりとしているが、あのときフェムが渡したものに違いなかった。

     それをイチジはぐしゃりと握りつぶし、己の能力でバチリと火をつけた。

    「……おや、人が悪い」

    「どの口が。おれがこうすることをわかって渡していただろう、お前」

     燃え滓になって床に落ちた紙を、二人は面白くなさそうに眺めていた。

    「それはまあ……そうですが。一芝居打つつもりだったのになァ」

    「また何か企んでいたのか」

    「またとは失礼な。いや今回ばかりは少々、身の程知らずではあるやも。イチジ殿下はお赦しくださるかしら」

     足を組んで手をひらひらと振りながらフェムは言う。慇懃無礼な言葉と動きの割に、イチジは眉一つ動かさず彼女の声を聞いていた。

    「おれの赦し? 父上の決定には従うだけだが」

    「はは、君はそうだったね。そうだなァ、おとぎ話でも読んで待っていてくれたまえよ。明後日の朝には報告できるでしょう」

     互いにニヤリと笑い合うイチジとフェム。互いの思惑など大体予想がつくが、敢えて触れずに思考を終了させた。

    「イチジ様、ベータ指揮官。準備が整いました。どうぞ整備室に」

     がちゃり。扉を開けて出てきた科学者は、不思議とにこやかな二人の様子に首を傾げていた。

     

     ***

     

    「お忙しい中私めのためにお時間を取っていただき恐悦至極。総帥殿におかれましては本日も」

    「御託は良い。要件は何だ、フェム」

     ジェルマ王国、総帥室。椅子に腰掛けたジャッジはフェムの言葉を遮って言った。別に彼女を嫌っているわけではない。ただ、彼女の喋りは冗長がすぎる。本題でない挨拶に時間を取られるのは合理的ではない。

    「は。一つ、此方に褒美など頂きたく」

    「……お前から褒美を強請るなど珍しいな。何が欲しい」

     先ほど「ジャッジはフェムを嫌っていない」と評したが、実情はそれ以上である。彼はフェムを重用している。確かにサンジの代わりに成るようにと育てた時期もあったが、指揮官としての彼女の仕事ぶりには彼も舌を巻いている。クローン兵士はヴィンスモークの血筋を引いている者の命令には絶対服従するようプログラムしてある。だが、彼女はその範疇外。それを持ち前の策略とカリスマだけで華麗に操っている。血筋を重要視するジャッジではあったが、彼女ほどの才能を認めないわけにもいかないし——そんな思考を挟む余地もないほど彼女は優秀である。

     そもそもフェムも兵士の一人である。だからこれまで褒美を欲することなどなかった。一度も、というわけではないが大体は兵士の装備に関する改善案だの新兵器への提言だの、国や軍隊のためのものだった。

     更に言えば彼女から話があると言ってきたのは数年ぶりだったので、ジャッジも喜んで場を設けたのである。ニジとヨンジを奪還した際、先行隊は彼女であったと聞いていたし。

    「では単刀直入に。私、ベータ・フェムはヴィンスモーク・ヨンジ殿下を所望いたします」

    「……ヨンジを?」

     驚きを隠しもせず、ジャッジはフェムの言葉を繰り返す。

    「ええ。此方にヨンジ殿下との婚姻を、此度の褒美に認めていただきたく」

     自身をしっかりと見据えながら言うフェムに、ジャッジは思考を鈍らせる。何が彼女をそうさせた。どういう打算でその結論を出した。ヨンジと仲が良いのは知っている。何故今のままでは拙いのか——そう考えて、一つだけ思い当たった。

    「……この国を乗っ取るつもりか?」

    「まさか! 既にこの国の軍隊は此方の命令で動きますれば。此方は戦争以外に興味もなく……これ以上の権力は不要です。それに国を乗っ取るのであればヨンジ殿下でなくイチジ殿下の名を挙げましょう」

     恐ろしいことを言う。にこやかに語るフェムを見ながら、ジャッジはため息を吐いた。通常であればここは弁明をするはずだ。それを彼女は「もう既にこの国は自分が掌握している」などと宣う。そんなもの国王に対する宣戦布告に他ならない。けれどフェムは、それをただの言い訳の一つにしていた。

     そも、彼女の言葉は矛盾している。フェムは「戦争以外に興味がない」と言った。であるのならば、ヨンジを求める必要は無い。戦争の駒にするにしても現状のままで全く問題はないはずだ。わざわざ婚姻関係を結ぶ理由とは何だ。ジャッジは初めて、この女を理解できない、と思った。

    「何故ヨンジを?」

    「婚姻というのは他人同士を強く結びつける契約でしょう? 裏切り、謀反、別離——それらを決して許さぬもの。此方はその結び付きが欲しい。死ねど分てぬ契約が欲しいのであります——ヨンジ殿下とは、他人のままでいたくない」

    「……断ればどうする」

    「何も。当初の予定であればヨンジ殿下本人を人質に取り脅迫……など考えておりましたが生憎上手くいかず。そもそも王子二人を奪われてしまったもある以上そこまで強気に出るわけにも。此方にできる最大の反抗はこれより先の婚姻を全て妨害する、程度であり……駄々を捏ねるような真似ですからね。致しませぬとも」

    「そうか」

     ジャッジは呟いた。

     フェムの前髪の隙間から見える瞳が、真っ直ぐにジャッジを見据えている。瞬きはすれど視線がブレることは全くない。思えば幼い頃からこうだった。彼女の瞳は何を映しているのかがわからない。

    「……わかった」

     ジャッジは頷いた。レンズのようなフェムの瞳が、僅かに見開かれた。

    「ただし……今回の褒美ではなくお前のこれまでの働きを鑑みたものとする。これからも励め」

    「はっ。寛大なご対応、感謝いたします」

     フェムは恭しく頭を下げる。下げたその顔はいつもの作った微笑みではない。口角が上がったその笑みは、彼女が戦場でのみ見せるものであった。

     

     ***

     

    「やっと戻ったか」

     ジェルマ王国軍部艦、フェムの自室。小さなソファに腰掛けて彼女を待ち構えていたのはヨンジだった。テーブルの上には侍女に持ってこさせたであろう夜食や酒の類が置いてあり、まるで自分の部屋にでもいるかのような寛ぎようである。フェムは呆れ気味にため息を吐く——どこか嬉しそうに。

    「おや、王子殿下がこんなところに何用で?」

    「検査は終わったが今日まで休めと言わていてな。父上のところに行って来たのだろう」

    「ああ。いやァ、総帥殿相手はやはり緊張する。命令違反にはならなかったようだが」

     フェムは少し迷ったのち、ヨンジの隣に腰掛けた。彼女が座るためにスペースを空けていたのだろう、ちょうど目の前のテーブルにはチョコレートが置かれていた。宝石箱のような綺麗な箱に入った、これまた豪奢なアクセサリーのような小さなチョコレートは、一つも減っていない。もしや此方のために? とフェムはありえない妄想をする。

    「返事はどうだった」

     オレンジピールの乗ったチョコレートを一つ摘んで、口に入れる。フェムは咀嚼する間、ヨンジの表情を眺めていた。喜怒哀楽なら、楽。問いを投げかけておきながら、きっと答えは分かりきっているのだろう。

    「認めるそうだよ。これまでの働きを鑑みて、とのことだ」

     今思えば彼と共に総帥殿の元に赴くべきだっただろうか、などと考えながらフェムはチョコレートに手を伸ばす。

    「へェ、珍しい。一指揮官に息子を預けるか」

     ワインを瓶から直接飲みながらヨンジは言う。彼の言い分ももっともだ。フェムに貴い血は流れていない。戦力として数えられはするものの、王子妃になるには些か役不足であろう。別に不満があるわけではない。あるわけがない。単純に気になった。道理が通らないのである。この国において自由恋愛が認められるわけもない——そんなもの、そもそも存在しないのだが。

    「此方は参謀に格上げするんだと。まあこの国にそんな肩書き無かったワケだが」

    「参謀閣下か、そりゃあイイ! 父上も随分甘いな」

    「おや、結婚が認められるとは思っていなかった顔だ。不服かい、アタシが妃になるのは」

     フェムはヨンジの腿に跨って言う。他所行き用の微笑みに舌先を僅かに出す蠱惑的な表情で、彼を揶揄うように。

    「まさか。貴様以外を娶るつもりは毛頭ない。お前を妃にす……っふ、あっははは! 妃、貴様が妃か! ケッサクだなァ、フェム!」

    「ふは、喧嘩の誘いかな? 初夜として一戦する? 君以外じゃああんまり気持ちよくなくてね。いやァ多分今ヤったら最高なんじゃないかと思ってね」

     頰を擦り合わせるように耳元に口を寄せ、フェムは囁く。互いにとって最も扇情的な行動を彼女はしたのだ。

    「戦闘狂め」

     それに対し、ヨンジはそう笑いながら言う。そうして彼女の頬を撫でた。つるりとした外骨格の肌に入ったヒビを指先でなぞる。

     二人がこの結論に辿り着いたのは、きっと彼女のヒビのようなものだ。完璧に作られた存在の、僅かばかりの欠点/瑕/バグ。けれど彼らはそれを知覚できない。だからただ、指先で辿っているのだ。

    「っと。何のつもりかな」

     フェムは声を発する。唐突に、ヨンジが彼女のツノをがしりと掴んだからだ。そのまま己の方に引き寄せ、数センチになった距離で彼女は彼の思惑を推測する。戦闘の誘いには乗らなかったはずだ。では一体何を——

    「夫婦になるんだったらそれらしいことをやるべきじゃねェのか?」

    「それらしいこと、ねぇ。キスの一つでもしてやれば——おっと。そういえば君はキス一つで取り乱していたね。自ら弱点を晒してくれるとは有り難い限りだ」

    「ッハ、貴様の弱点でもあることを忘れたか?」

    「まさか。君がくたばるまでやってやったっていいんだぜアタシは」

    「言っておけ」

     これ以上喋らせても時間の無駄だ。ヨンジはそう判断し、フェムの口に噛みつく。彼女も少し考えた後に彼の首へ手を回した。二人にとってこれはただのごっこ遊びにすぎない。けれど遊ぶのならば全力でやるべきだ。だからこう、相応しいポーズと視線を演出してみせていた。

     ここに恋は無い。無いはずの何かに突き動かされる二人は、きっと余人からすれば恋に見えたであろう——もっとも、真っ当な恋人同士ならば口付けの直後に円満な殴り合いなどしないはずなのだが。
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