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    海遊記沿い4
    戦闘シーン終わり

    海遊記沿い4「遅かったな、フェム」

    「くたばっちまったかと思ったぜ、非力な指揮官は国一つ浮かせただけでバテそうだしよ」

    「こっちも色々あったのさ。ニジは帰ったら一戦頼むよ。非力な指揮官の相手なんか余裕だろう?」

    「はァ? フェムとやるのは私が先だが?」

    「いらねェよ一生二人でやってろ! 気色悪ィんだそいつ」

    「おやニジ殿下も意地が悪い。東奔西走した指揮官めに褒美の一つもないとは」

    「殴られて悦に入る奴なんざ相手にしたくねェよ」

    「フェムは落ち着け。帰国したらニジとヨンジは精密検査を受けろ。まだ気を抜くな」

     そんな四人の会話を聞きながら、レイジュは周囲を見回す。ここはホールケーキアイランド、万国の中心地。復興中とはいえ戦力がいないわけがない。まああれだけ派手に爆破しておいて誰も集まってこないようじゃ国としてどうかと思うけれど……なんて考えていた彼女はため息を小さく漏らす。大きな被害を受けていたのは自分たちの国だけではなかったらしい。

    「……レイジュ」

    「ええ」

     さ、と胸の前に差し出されたフェムの手に、レイジュは足を止める。足音が二つ、それも大男のものとくれば相場は決まっている。フェムは軽く舌打ちをした。

    「見つけたぞジェルマ66ダブルシックス!」

    「最悪」

     最悪。彼女の言葉以上に今の状況を表すものもない。そこに立っていたのはただの哨戒でもチェス兵でもなく——オーブンと、カタクリであった。

    「こういうのは貴様の領分じゃねェのか、フェム!」

    「できることはやったさ! だが……ああクソ、カタクリまでいるとは」

     根回しはした。極力ホールケーキアイランドの守備を手薄にするように情報も流した。今通っているルートだって最も安全なものだ。だが——だが、登場されては仕方がない。フェムはべろりと乾いた唇を舐める。周囲の瓦礫を視野に入れる。

    演目オペレーション弐斃ベータ!」

     フェムの号令に従い、浮遊していた瓦礫が次々とオーブンとカタクリへと高速で飛んでいく。これでダメージが与えられるわけがないことなど、未来視ができなくともわかっていた。この場にいる全員がそれを理解して、攻撃への準備段階に入っていた。この場において真正面から戦うべきではない。現在の任務ミッションは誰一人欠けることなく全員で帰国すること。

    「その程度の目眩しでどうにかなると?」

    「まさか」

     カタクリの言葉に、フェムは挑発も交えながら笑い返す。彼女とて無策ではない。私情に走ったわけでもない。攻撃でなく言葉が飛んでくるのであれば思考の時間も稼ぐことができる。最悪自分が引き付けて王族を逃せば良いが——そう考えていた彼女の背後に、影が落ちる。

    「フェム!」

    「ッ、……!」

     がん、と鉄を殴ったような音が響く。背後から迫っていたオーブンが、その大きな手でフェムを地面へと叩きつけていた。

    「よそ見をしている暇が?」

    「アタシに構うな! 総員戦と、」

     フェムの言葉が遮られる。オーブンが手に熱を込めたのと、カタクリがイチジたちに攻撃を繰り出したのがほぼ同時だったからだ。

    「あっは……胎の底まで滾るねェ……っ♡」

     ジュウ、と焼ける音がする。腹部を押さえつけられ仰向けにされたフェムは、顔を顰めながらも饒舌な口を閉じない。

    万国トットランドは存分に嗅ぎ回れたか、ベッシュ」

    「気付いてたんですかぁ? ふは、『さすがはオーブン様ぁ』……っ」

     声色を作ってみせるフェムの身体がみしみしと音を立てる。

    「ジェルマが単独潜入するわけがない。貴様が先行隊だろう、記者にしては火薬の匂いがキツすぎたからな」

     やすやす見逃すわけもない。オーブンは冷たく言いながらフェムを見下ろした。

     気付いていないわけがなかった。記者は確かに大勢いたし、先行して紛れ込むには丁度良いカモフラージュだっただろう。だが、格好だけだ。わざわざ気が立っている海賊に声をかけるなんて真似をする記者がいるわけもない。せいぜいが近隣住民のインタビュー程度。それが、ベッシュと名乗った記者はわざわざオーブンに声をかけた。しかも例えば今回の件に関する質問もせずに。

    「、察しが良い、なァ……でも、っ鏡世界ミロワールドで始末しようと、してたくせに……っう」

    「ああ。あそこで断ったから泳がせておくことにした。どうせなら揃えて本に綴じておきたいとママが言うのでな」

    「……! が、は……っ♡」

     オーブンが更に温度を上げる。フェムの口からは乾いた音と共に血液が溢れた。

    「外骨格はあれど体内は人並みらしい。皮膚より先に内臓を焼かれる気分はどうだ?」

    「あっははは、最っ……高……♡ あァそうだ、読んでくれまし、た? お手紙……っぐ」

     文字通り血反吐を吐きながら笑い、そのうえ世間話さえ始めるフェムにオーブンは怪訝な顔をした。ジェルマの戦闘兵器どもがイカれているのは知っている。自分の死にすら無感情な彼らなんて披露宴の際にしかと見ている。けれど目の前の女は何だ。死に瀕してけらけらと笑っている。まるで自らの攻撃が全く効いていないような錯覚さえして、オーブンはただ「気色が悪い」と思う。

    「……燃やしたに決まっている」

    「残念、あれ本気で書いたんですよ? じき親族になる相手への贈り物、普通の人間が喜んでくれるものは……あは、此方からは、あれくらいしか出せず」

     にたり。口角から血を垂らしながら、それでもフェムは相変わらず気味悪く笑いながら言う。彼女がベッシュという記者として渡した手紙は、確かに彼女が書いたものだった。それも、文字通りの「感想文」である。意味不明の文字列でも、怨嗟渦巻くものでも、まして適当な紙束でもなく——何の小細工もない。盗聴器、発信機、爆発物、毒ガス、その他危険物などどれも入れていない。あのやり取りはただ、僅か数分の足止めでしかなかった。イチジとレイジュが到着するまでの時間を稼ぐためだけの行動であったのだ。

    「ジェルマの兵器が何を」

     不可解を顔に出しオーブンは言う。こいつらは、感情の無いただの兵器だ。それが善意の手紙なぞ書くわけがないじゃねェか。

    「っはは! その兵器を裏切ったが何をおっしゃる! 貴様らの方が余程、感情を、人情を捨てているようですけれど?」

     呵々大笑。この場には似合わぬ嘲笑を見せるフェム。さしものオーブンもびきりと血管を引き攣らせる。挑発に乗ってはいけない。他の四人はカタクリがいるから大丈夫だとしても、この女にこれだけ構っているわけにもいかない。

    「まだほざくか! 貴様はこのまま焼いてくれる」

    「おや楽しみだなァ! 最高の死に様になるだろう。いや……貴様程度の熱でレイドスーツを融かせるかしら。あはは、どうせ焼くならナカだけじゃなくソトもじっくり甚振ってくれたまえよ? 無様なイき方は御免だぜ」

     挑発を重ねるフェムの視線が僅かに逸れる。カタクリを相手取っているイチジたちを見たのだとわかり、言葉そのものよりもその行動がオーブンの逆鱗に触れた。戦闘の最中に余所見をするなど、侮りに他ならない。いくら格下であろうとも、それを許せるわけもない。

    熱風ヒートデ——」

    「"助けてお兄ちゃん"!」

     唐突に響く童女の声に、オーブンの行動が止まる。シャーロット家の末妹であるアナナの声だった。アナナが何故ここにいる。不可解とともにオーブンが顔を上げる。フェムは彼のマントを視界に入れた。

    演目オペレーション円舞シータ

     彼女の号令に伴い、オーブンのマントがふわりと舞う。まるで意思を持っているかのように斜め上方へと勢いよく飛ぼうとする。それに引きずられ、オーブンが僅かに姿勢を崩したのをフェムは見逃さない。加速装置を作動させ、半ば弾き出される形でオーブンの拘束を逃れたフェムは瓦礫の影へと身を隠す。

    「ッ、死人、死人がいる! ってことはおれァ死んだのか⁉︎ クソ、未練しか無ェってのに……!」

     咳き込みながら息を整えるフェムを見てそんな声を発したのはジェルマでもシャーロット家の面々でもなく——シーザー・クラウンであった。麦わらの一味の齎した動乱とともにこの国を脱出する予定だったのだが……逃げそびれて今に至る。

    「……勝手に殺すな。助かりたいんなら手伝ってくれませんかね? 貴様にウルトラCが無いのならば囮にする他無いが」

     冷静に言う。何者かがいるのは気付いていたし、加勢してこないのであればジェルマ側に着きたい(即ちビッグマム海賊団から追われている)人物であろうことは察しがついていた。だからそう、フェムはシーザーに問うた。

     正直ジリ貧だ。フェムは似合わず奥歯を噛みながら息を殺す。披露宴やナワバリ脱出のための撤退戦でも流れなかった冷や汗が背を伝っているのが如実にわかる。今の今まで感じたことのないその感覚に、彼女は身震いをする。それは恐怖というよりも、悔恨。あと少しでクリアできそうなゲームを寸前で投げられたかのような気分だった。

    「妹を騙ったな……!」

    「許さんぞジェルマ!」

     瓦礫の向こうから聞こえてくるカタクリとオーブンの怒号。先ほどの「助けてお兄ちゃん」なんていう声はアナナ本人のものではなく、イチジによる声帯模写によるものだった。それが二人の逆鱗に触れることはわかっていてイチジは決行したし、フェムもそれで良しとした。僅かな隙と憤怒による混乱、その時間があればフェムは隠れているシーザーと交渉し現状を打破する何かを生み出すことができる——そういう打算づくの信頼が、彼らの間にはあったのだ。

    「時間がない。早くやれ」

    「ッ年上の首根っこ掴むのをやめろ! クソ、武装色使えるのかよ小娘が……! やればいいんだろやれば!」

     シーザーをカタクリの目前に放り出そうとするフェムに、シーザーは大騒ぎする。何にせよこちらに目を向けさせなければ、イチジたちに身の危険がある。

    「お前ら毒ガス耐性はあるだろ⁉︎」

    「並の人間の二十倍、ポイズンピンクは無効」

    「ならいい! その代わりおれをちゃんと連れて行けよ! タダ働きなんて許さねェからな!」

    「はは、食客としてもてなします、よ!」

     フェムによってカタクリとオーブンの眼前に投げ込まれたシーザーは、己の腕をガスに変化させる。

    「何だこれは、ッ」

    「シーザー貴様……!」

    「総員撤退!」

     煙幕の役割も果たした毒ガス(著しい幻覚作用を齎すものである)により、カタクリたちの視界が閉ざされる。その中を突っ切るように浮遊装置で直上に飛び上がったイチジたちは遥か上空へと向かい——遠くに霞む母艦ジェルマ王国を目指した。



     
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