「そんな思い出があんのか、それ」
「そうなんです」
緩んだ表情を隠さず、暁人は肯定した。それから、酒の入ったグラスを一口。
「友達に話すと夢じゃないかって言われちゃうんですけど、僕はそう思わなくて」
「ほぉ…」
「またあの人と会えるって思うんです」
「会ったらどうするんだ?」
「う〜ん……また、お喋りしたいなぁっては思います。僕もお酒飲めるようになったんで、お酒でも飲みながら」
酒の力があってか、良く口が回る。
サークルの飲み会で来たどこにでもあるチェーン店の居酒屋。酔いを覚ますために集団から外れていた所に、客のひとりが近付いてきたのだ。全くの初対面であったが、ベラベラと自分の事について話している。酒が入っていなければ、話はしなかっただろう。男も男で、暁人の話を興味津々に聞くのだから、気分の良くなった暁人は思ったことをそのまま口にする。
「会いたいなぁ…」
少し不思議な年上の友達。ぶっきらぼうで優しい人だった。あれから二十年程経ったから、もうお爺さんだろうなぁと思いを馳せる彼に、男が問いかける。
「そんなに会いたいか?」
「勿論」
暁人は迷いなく頷いた。
「そうか」
返された言葉は喧騒に紛れていった。暁人も地に足がついていないフワフワとした感覚に、男の声はよく耳に入っていなかった。
「あ、僕の話ばっかりですみません」
だから、男にとっては興味のない話をしただろうと案じた。しかし、男は笑いながら酒を煽った。
「いや、いい事が聞けてよかった」
「え?」
暁人は言葉の意図が分からず、思わず隣を向いた。
男は笑っていた。周囲の熱気の含んだ喧騒と対象的な、冷涼な美しい笑みが自身に向けられていた。
その笑みに見覚えがあった。途端、ぶわりと幼い頃の記憶が鮮明に鮮烈に、頭の中に広がった。いつまでも思い出すことの出来なかったパーツが揃っていく。
あの、茹だるような夏の日。小鳥の囀りがこだまする森の中。真っ赤な鳥居と少し朽ちかけた社。出会ったのは歳上の不思議な友人。
「け、KK…?」
揃った記憶の中で、今も左腕に輝く真っ赤な数珠をくれた友人の顔が、隣の男と合致した。
「な、何で」
なにも分からない。何も分からなかったから、思わず後ずさる。
そんな暁人を見て、男の、KKの表情に喜が乗った。
「久しぶりだなぁ、お暁人くん」
「お、あ?え、えぇぇ!!!???」
「そんな喜ぶなよ」
「だって、KK、え!!???」
未だに混乱して、明確な文章を口にできない暁人。KKは落ち着けと暁人のグラスに酒を注いだ。
「お前があの時、『離れたくなぁい』ってビービー泣いたからそれやったんだぞ」
KKは暁人の左腕の数珠を指さし、茶化すように暁人の声真似を披露した。余り似ていない真似に、憤慨したと暁人は反論する。
「ぼ、僕、そんな事言ってないよ!?」
「いいや、言ったね。記憶力はいい方なんでな」
自らのグラスにも酒を注ぎ、一口煽る。
「で、これも言っただろ」
「え?」
それから、徐に煙草を取り出し火をつけ、一呼吸置いた後、ふーー…と白煙を吐き出した。
「迎えに行くってよ」
何処かで、水滴が落ちた音がした。
KKに気を取られていた暁人の耳にも届いたが、周囲を確認する前に、目の前いっぱいにKKの端正な顔が近付いていて。
「迎えに来たぞ、俺の嫁さん」
腰にガッシリとした腕が添えられ、唇には少しざらついた柔らかいものが触れた。