お狐様と! 後日談。不本意だった口付けの後。
KKは全てを思い出した。強制的に。と付けた方が良いのだが、それを着けたところ何か変わる訳でも無い。
だから、KKは幼少期に神社で出会った麗しい青年と遊んだこと。初恋が彼だったこと。その地を離れる時、高らかに婚姻の約束を叫んだこと。それに、その約束として小さな鈴を送ったこと。その鈴は今でも青年の左薬指で揺れていたのだが、KKにとっては全てどうでもいいのだ。
だって、幼少期の事だ。幼い自分のやった無責任な約束。今更持ち出されたからと言って、効力など失っていると言ってもいい。
しかし、妖怪にそれが通用するかと言えば、限りなく否である。人と住む時間の違う彼にとって、KKの幼少期は瞬きの間の出来事。つい先日と言ってもいい筈だ。だから、青年はKKの家に不法侵入という名の押しかけをしてきた。
超常現象、怪異、etc…様々な事象を解決してきたKKもこれには頭を抱えた。幼少期の自分を恨みさえした。軽々しく妖怪と契るな。と説教してやりたかった。
けれど、どれだけ悔やんでも後の祭り。普通では考えらないものに慣れたKK。来てしまったものは仕方ない。下手に刺激して神隠しの可能性を高めるよりはいい。諦めてもらうまでの辛抱だと、青年 暁人の居候を許した。
そして、現在。
「おぉ……今の時代はこんなものまで…」
「触ってみる?」
「触る!」
KK達が詰めるアジト。凛子の後ろから興味津々でデスクトップを覗き込み、キラキラとした笑顔の暁人と柔らかい笑みの凛子。
凛子の方から暁人に対して色々と教えている所を見て、KKの口からため息が出た。
いつの間にか、暁人が自分の生活の一部となっていた。あの出会った夜から朝から晩まで妻宜しく世話を焼かれ、遂にはアジトまで来ている始末だ。
これでは諦めて貰う所の話ではない。周囲はもうダメだ。妖怪らしからぬ天真爛漫で柔らかい笑顔に堕ちた。最初は暁人も凛子達もお互いを警戒していたのに、今では仲睦まじく会話する仲だ。恐ろしい。
何なら絆されかけている自分が一番恐ろしい。
これから本格的にどうしようかと悩んでいると、近くに座ってテレビを見ていた絵里香が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「何でもねぇよ」
ため息を吐き出し、暁人達から視線を外したKKは流れるテレビの画面に意識を向けた。ただ、内容はひとつも入ってこない。頭の中は今後の暁人との付き合い方で埋め尽くされ、考えが浮かんでは消えていく。
そんな彼を見透かしてか、絵里香は口角を上げた。
「暁人さんの事でしょ」
女の勘は鋭い。図星を言い当てられ、KKは押し黙った。
「いつ結婚するの?」
「はぁ?」
思わず反応すると、笑みを深めた彼女は楽しそうに口を開いた。
「もう皆にはバレバレだよ。好きなんでしょ、暁人さんのこと」
好き。KKにとって久しく抱くことない感情だった。仕事に悩殺され、歳も歳。恋する感覚はもうすっかり忘れてしまっていた。
絆されたと言ったが、この感情は恋なのかよく分からない。等とだいぶ遅い思春期のような事を考えてしまった。
一向に反応を示さない彼に、絵里香は何だか呆れた笑顔を浮かべた。
「KKがどんな気持ちでもいいけどさ」
「あ?」
「KKを好きになってくれる人がいて良かったねって思うよ」
まぁ、妖怪だけどさ。
最後の言葉は些細な事だという様に言われた事は、妙に照れくさいものがあった。だから、KKは短く言葉をかえし、暁人に視線を移す。
丁度、こちらを振り返った彼が、凛子から離れ自分に近づいてきた。
「KK、何話してたの?」
こてん。とあざとく首を傾げた暁人のふわふわの髪を掻き乱した。
「なんでもねぇよ」
困惑する暁人に、生暖かい視線を向けてくる絵里香。その視線をマルっと受け流し、そろそろ腹を括るかとKKは独り言ちた。