Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Psich_y

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 😌 😂
    POIPOI 30

    Psich_y

    ☆quiet follow

    踏み絵ハニトラ系黒騎士ス√序章。
    上からの命令により全然秘してない密偵として黒の騎士団に入り込み0を篭絡するまで帰れなくされたスと、スを守りたいがスの目が怖くて正体を明かせないルが賭けに出た結果、さらに拗れることになる話になる……筈。
    適当時系列およびルの拗れっぷりが大分強めにつき注意。スザルル。

    Poisoned honey, please be trapped 白兜のパイロットを捕縛した。
     その一報がルルーシュの元に届いたのは、ルルーシュが、あの忌々しい黒猫――アーサーと睨み合っていた時だった。



     急遽軍の呼び出しを受けたというスザクが、切羽詰まった様子で出ていったのが、丁度数刻ほど前の出来事だ。作業の締めに関して、いつも少し神経質なくらい真面目な彼らしくもなく、彼が使っていた机の上にはまだ広げたままの資料が残っている。すぐ戻る、という言葉の通り、本当にすぐ戻ってくるつもりだったのかもしれない。そんなこと、出来る筈もないというのに。
     アーサーは、スザクが居なくなったことなど意に介さずといった様子で、ニャア、と一鳴きした後、窓から差し込んでくる日差しが当たる場所で丸まっていた。
    「遅いわね、スザクくん。すぐ戻ってくるって言ったのに」
     ミレイが嘆く。彼女の手には猫じゃらしが握られている。単純に、人が減り、賑わいが失われたことを残念に思っているのだろう。彼女は人の輪が大きければ大きい程元気になるタイプだ。
    「軍の人間が言う拘束時間なんて当てになりませんよ。ましてや緊急の呼び出しなんて」
     時間とは、資源の一種だ。全ての人間が持つ時間は有限である。そのような世界において、地位のある人間が自分の時間を有意義に使うためには、地位のない人間から時間を奪い、その人生を食い潰す必要がある。ブリタニアという国において、元敗戦国の人間であり、現在名誉ブリタニア人であるスザクは、まさにその地位のない側に属する人間であったから。
     他の皆はそれぞれ用事を抱えていて、今日の活動には参加出来ないと聞いている。今日は活動休止日にするか、という話もあったのだ。しかし、用事があっても降ってくるのが書類の雨。ついでに判明した、今日締め切りの小山の存在もあった。そうして、どうしても外せない用事がある訳ではないルルーシュとスザクに、ミレイからの白羽の矢が立った。それから暫く共に作業を続けていたスザクが、呼び出しを受けて早退していった。だから、今この部屋にいるのはルルーシュとミレイ、そして猫のアーサーだけだった。
    「現に会長だって、『緊急』だけど『すぐ終わる』と言っていたじゃないですか」
    「そんなこともあったわね」
     兎にも角にも、小山であるだけまだマシだと言えるだろう。ルルーシュは部の予算申請のための書類をまた一枚手に取り、その隅々にまで目を光らせる。これは、予算を通す側のルルーシュたち生徒会と、予算を通させる側の各部長との戦いだ。予算は限られており、その限られた予算の中からどれだけ多くの部費を引き出せるか、もしくは余計な部費をどれだけ削らせられるか、という戦い。
     こういった細かな部分はルルーシュの得意なジャンルだ。だから、単純な書き損じや記入不備の確認だけではない、予算の最終審査は、副会長であるルルーシュの仕事だった。ルルーシュは自分が去年それぞれの部に通した予算の額を覚えている。全ての書類に決裁のサインをする大雑把な生徒会長の前の、最後の砦。それがここでのルルーシュの役割だった。
     一通り書類の中身を確認し終えたルルーシュが、書類の束を整え始める。トントン、と書類の辺で軽く机を叩く音に、アーサーは軽く頭を上げた。
    「会長」
    「おっ」
    「終わりました」
    「御苦労!」
     そう言いつつも、彼女の手には猫じゃらしが握られたままだ。ルルーシュは彼女から目を反らしながら、これ見よがしに深い溜め息を吐いて言う。
    「ミレイ会長。俺だって暇じゃないんですよ」
     ルルーシュにはやらなければならないことが多くある。常に多くの候補たちを天秤にかけながら、たとえ僅かにでも他のものより重みで勝る方だけを選び続けても、他の人間と平等に与えられた筈の時間はあまりにも少なすぎる。
    「会長が仕事をしてくれないなら、俺にだって考えがあります」
    「何? 革命でも起こして、代わりにルルーシュが会長にでもなるつもり?」
    「そうなれば少なくとも、妙な祭りは開催出来なくなりますね」
    「それは困る!」
    「なら仕事を進めてください。会長が増やした仕事でしょう」
     アッシュフォード学園の生徒会に課せられた仕事は多い。生徒の自主性を重んじる自由な校風であるという理由もあるが、それ以上に、祭り好きなミレイの悪癖により増える仕事の存在という理由の方が圧倒的に大きい。祭りにはそれなりの準備と、後始末が必要なのだ。
    「会長の座を渡す訳にはいかないものね」
     そう言って笑うミレイは、ルルーシュの本当の身分を知っている人間の一人だ。実際に何をしているか、までは知られていないだろうが。
    「……冗談ですよ。俺がそんな大それたことを考えるような人間に見えるんですか」
    「見えるわねえ」
     二人きりだからこそ見せられるミレイのぼんやりとした言葉に、ルルーシュは曖昧な笑みを返した。
     確かに、ルルーシュは庶民出の皇妃だった母を見殺しにし自分達を棄てたブリタニア皇帝に復讐し、弱者を虐げるブリタニアという国家を破壊し、妹のナナリーと安心して暮らせる優しい世界を作ろうとしている。そしてそのため、正体不明の仮面の男ゼロとして活動を続け、黒の騎士団という組織を作り上げた。ルルーシュはそんな大それたことをまさに考えている人間である。もっとも、ただの一学生の身であるルルーシュ・ランペルージではなく、ブリタニアから棄てられた皇子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとして、であるが。
     黒の騎士団はルルーシュが自分のために作り上げた組織だ。ブリタニアを破壊し、ナナリーを守るための組織。ルルーシュは、組織の方針に関する決定権を無駄に分散させる気はなかった。権力の分散は、行動の遅延を生む。強大な相手を倒すためには、機を逸さないための速さが求められる。ルルーシュは妥協を嫌っていた。
     しかし、唯一ゼロの仮面の中身を知る契約者のC.C.は、こういった作業では役に立たない。それに、ルルーシュは、自分がしなければならないと思う仕事を人に任せることが苦手だった。だから、決裁も審査も一人でやらなければならず、失敗も許されないという点で、黒の騎士団の運営は生徒会活動とは大きく異なっている。
     それでも生徒会での経験は、ゼロとして組織を運営するのに役立っている。ルルーシュははじめから、組織を運営するために何が必要なのかを知っていた。
     だから、ルルーシュは生徒会で活動する時間を大切にしていた。ゼロという新しい仮面のために、ルルーシュ・ランペルージという既存の仮面をなおざりにすることを嫌ったというのもある。時折急に予定に差し込まれる書類仕事に関しては、内心辟易する気持ちもなくはなかったけれど。
     兎に角ルルーシュは、生徒会のメンバーと過ごす時間が嫌いではなかった。だからだろうか。生徒会メンバーが全員揃って仕事をしていても手狭とは感じられない程の広さがある部屋は、二人と一匹のためには広すぎるように思われた。ゼロとして、同じ位の広さの部屋を自分とピザを貪りながら無為に過ごす魔女の二人だけで使っていたときでも、何も感じていなかったというのに。
     そんなルルーシュの心を表すかのように。ミレイは猫を撫でながら、寂しいねえ、と猫撫で声を出した。
    「会長」
    「分かってるって」
    「アーサーのことは俺が監視してますから」
     言葉を理解しているのか、タイミングよく不服そうな鳴き声をあげたアーサーを睨み付ける。そんなルルーシュを、ミレイは困ったような、呆れたような顔で見ていた。
    「監視って……」
    「監視ですよ。悪戯されてしまった後で、此方の管理不十分でした、と彼らに再提出を求めるつもりですか?」
    「アーサーはそんな子じゃないわよ。ね~」
    「そんな子じゃなかったら、ここにはいませんよ」
     この猫には、なんといっても、前科があるのだ。この猫のせいで、ルルーシュは、危うく全ての計画をぶち壊されるところだった。それもあってか、ルルーシュはアーサーがあまり得意ではなかった。小さくて柔い、猫という生き物そのものが嫌いな訳ではない。ただ、何やらスザクの指や顔に特別執着しているらしい、気紛れで、予測出来ない、混沌とした、この生き物を見ていると、落ち着かない気持ちになるというだけだ。突然現れて、あどけない顔で、全てを奪っていく。まるで、小さな侵略者を見ているようだと思った。
     それでも、こうしたちっぽけな対抗心もまた、平和な日々の一部として分類されるものであるといえるだろう。監視という理由だって、猫の面倒を見るための言い訳に過ぎないのかもしれない。ルルーシュは、誰かの世話を必要とするような、小さく柔らかいものが好きだった。それに、ルルーシュがこの世で最もその意思を重視している妹のナナリーも、この猫の存在を気に入っている。だからルルーシュは、この部屋の温度を少しだけ上げてくれた、猫と猫に構って貰いたい人々のための遊具たちの存在をほんの少しだけ受け入れていた。たとえその購入が生徒会の活動費によるもので、日々予算を巡る戦いを繰り広げるルルーシュの頭を悩ませる種のひとつとなっていたとしても。
    「兎に角、会長は書類に……」
     しかしその瞬間、ポケットの中に生まれた微かな振動が、ルルーシュの心からやわらかな熱を奪い去る。この空間で確かな安寧を感じていたルルーシュ・ランペルージの意識が沈黙を始め、もうひとつの意識が表に顕れる。それは、人間味を廃した、革命のためだけの仮面だ。
     ルルーシュは、僅かに残る心残りのようなものを振り切るように、しかしそれを悟らせないように、席を立つ。そして、立ち上がったルルーシュに目を向けたミレイに、ソイツが書類に手を出さないよう目を離さないで下さい、と何度も念押しした上で、部屋を出る。
     それから、人気のない場所で、ずっと隠し持っていた通信端末を開いた。ひんやりとした無機質な感触は、ルルーシュの冷酷な判断を求めているようだった。



     騎士団の全活動にゼロが出る訳ではない。同様に、常に全団員が動いている訳でもない。
     騎士団の活動はブリタニア側への牽制も兼ねているため、活動を止める訳にはいかない。しかし、休みをなくしてモチベーションとパフォーマンスが下がっても困る。ルルーシュ個人としては、活動の合間に短時間の睡眠さえ取れれば脳を十分に回せたから、休みなど無くても構わなかった。しかし、団員たちに同じことを求めるつもりもなかった。だが、日本人にはトップが休まなければ休めない、という精神習慣があるらしい。比較的余裕のある今のうちに、長期化した場合に備えた組織改編をしておくことは必要だろう、とルルーシュは考えていた。
     それに、常に微細な作戦行動にまで参加していたままでは、次の大きな作戦の下準備をするための時間も取れなかったから、ゼロの仮面にも休息日を与えるというのは、都合が良かった。無論、不在日だからといって、全ての対応を止めるわけではない。緊急の案件は別だ。
     しかし、奇跡には入念な下準備が必要なのだ。準備なくして、奇跡だけを起こし続けることは出来ない。ルルーシュがゼロとしてこの世に生み出してきた奇跡は、全て演出による必然の産物だ。奇跡のために重要なのは、それが起こる条件をすべて満たせるような環境を用意することだ。戦いの多くは、始まる前にその勝敗が決している。必要な仕込みをし、組織の形を整え、団員たちの身体と精神を調える。ゼロとしての仕事は、目に見えない部分の方がずっと多いのだ。勿論、それを悟らせるようなことはしないが。
     その上、ルルーシュは組織の運営に関する特に重要な部分を人に任せることを望まなかったから、ゼロの仕事も必然的に多岐に渡ることになっている。
     例えば、資金の調達と配分。騎士団員の中には、騎士団以外の生活場所を持たない人間がいる。というより、多くの日本人がそうだった。彼らの中には、騎士団に合流するために、住居を捨ててきた者までいる。しかし、そんな彼らに資金調達を任せたとしても、彼らが出来るのは日雇いの仕事位であろうし、そこで得られる金銭もたかが知れている。強い使命感をもっているという場合は別だが、単に生活に困っているという理由で騎士団の門戸を叩くような者たちにまで上納などさせていては、マージンが多く乗せられた“ナンバーズ”用の生活必需品を賄うことが出来なくなってしまい、本末転倒になってしまう。
     しかし、ナンバーズへの売値を吊り上げる商人たちの気持ちが理解できない訳ではない。勿論、プロパガンダに利用するため、非難を口にすることもある。だが、弱者への差別はブリタニアの国是だ。勝者を優遇し、敗者を冷遇する社会は、他者への対抗心を掻き立て、競争を加速させる。自分が敗者側にならないために、人々は進歩し続けなくてはならない。ブリタニア皇帝はそれこそが国家の発展に繋がる行為であると定義した。ブリタニアへの忠誠を表すためには、競争に進んで飛び込まなければならない。そんな中では、表立って敗戦国の人間であるナンバーズたちの味方をするまともなブリタニア人など、現れる筈もない。ナンバーズの味方をするのは、ある意味“まともじゃない”思想を持つブリタニア人だけだ。
     多くの日本人にとって、そして多くのブリタニア人にとって、互いの存在は、決して分かり合えない宿敵のようなものだ。それにもかかわらず、ブリタニア人であるルルーシュが、酷い境遇にある日本人たちの心を、ほんの少し金を余分に積むだけで掴めるのなら、これ以上に得な使い途はないだろう。多くの場合、人間の心は金で買えるのだ。だからこそ、ルルーシュはずっと、少しでも多くの資金を集めることに執着していた。そして今がその使い時だった。
     だから、騎士団の資金の一部は、増えた団員たちの生活環境を整えるためにも使われている。それに、労働条件の改善は、弱者に寄り添うという黒の騎士団の思想を表現するための一手にもなる。
     騎士団員のために惜しみなく金を使えば使う程、騎士団には人が増える。そして人が増えれば増えるほど、出ていく金は増える一方だ。しかし、今は金より兵が欲しい時期だ。独立宣言をしても問題ない程度の戦力と戦果があれば、今度は諸外国と繋ぎを取るための金銭が重要となってくるだろうが。
     ただでさえ、不利な戦いをさせることになるのだ。抵抗を煽ることは、服従を強いることより難しい。それでも、旗色が悪く見えたからといって逃げ出されるようでは困るのだ。ルルーシュが黒の騎士団を結成したのは、それを嫌ったからだ。敵を騙すにはまず味方から、というように。味方にとっても、一見不利に見えるような状況を作ることこそが、作戦の肝となるときもある。
     日本人は武士の魂を持っているのだという。武士はブリタニア人がイメージする騎士と似ているようで、異なる性質を持つ存在だ。どちらかというと、中世の職業的騎士に近いもので、彼らは主君からの褒賞が気に入らなければ、いつでも奉仕をやめることが出来る。そのため、彼らの献身を得るためには、他でもなくゼロの側につくことがずっと得なのだということを示せなければならないのだ。
     ルルーシュは、黒の騎士団に参加している日本人たちを、あまり信用していなかった。ブリタニアを憎む彼らが、元とはいえブリタニア皇族であるルルーシュを受け入れられるとは思えなかったのだ。ルルーシュは、正体を隠し続けることにより生まれる不信感より、正体を晒すことによる反発を恐れていた。
     ルルーシュではきっと駄目だ。それでも、ゼロなら、彼等の心を自分と同じ方向へ向けることが出来るとルルーシュは考えていた。
     そのため、ルルーシュは彼らを程よく甘やかし、助長させるために、ある程度の赤字を見逃してきた。流石に、過剰な使い込みは組織内での不信感を煽りかねないので、止めさせたが。
     ゼロは正義の味方だが、弱者の味方でもある。弱者を虐げる者たち以外に対して、恐怖を与えるような存在ではならない。厳密な正義は時に人を傷つける力を持つ。
     しかし、ルルーシュがこれまでいくら資金を稼ぐことに集中してきたのだとしても、財布の中身は有限だ。キョウトからの支援があるとはいえ、収支のバランスは完全に崩れているといえる。だから、赤字を補うための活動も必要だ。
     まあ、ギアスのお陰で、わざわざ賭けチェスの代打ち依頼など受けずとも、怪しまれない程度に複数のパトロンを用意することが可能なので、そこまで、困窮しているというわけではないのだが。
     兎に角、黒の騎士団には、困窮する弱者たちの受け皿としての機能があるにもかかわらず、その場に唯一決定権を持つゼロが基地にいない時間というものが多くある。そういった場合、発生した問題は宙吊りにされる。ゼロであるルルーシュにとって、自分が不在の際の指揮権を誰に委ねるか、というのもいずれ考えておかなければならない課題のひとつだった。しかし、それでも、自分の不在時に、自分に都合の悪い判断が下されてしまうよりはマシだったから。
    「捕縛した白兜のパイロットだが……」
     ――このように、判断内容がルルーシュ自身の望みに深く関わるような案件においては、特に。
    「枢木スザクだった」
    「……何?」
     ルルーシュは思わず息を飲んだ。その瞬間、頭の中で巡らせていた複数の対応策は、全て吹き飛んでしまった。
     ルルーシュは、団員たちが覚えやすいよう、ブリタニア軍が用いる特別な機体に対してはより日本的な呼称を用いている。その中で、ルルーシュが白兜と呼んでいる白いナイトメアフレームは、ルルーシュにとって不倶戴天の敵のようなものだった。戦略を重視するルルーシュにとって、たまに戦場に途中参戦してきては、ただ一騎だけで戦況をひっくり返してくるあの死神のようなナイトメアフレームは、まさに天敵であった。あの機体さえ現れなければ詰めきれた、というような場面を、もう何度も経験している。あいつさえいなければ、と本気で殺そうとしたことさえある。ルルーシュがこれまでそのパイロットを殺していなかったのは、単にそれが出来るような状況になかったというだけだ。殺す殺さないの前に、逃げ延びるだけで精一杯だったから。ルルーシュは白兜が苦手だった。
     だから、白兜が戦場に現れる可能性を排除できる、ということは、ルルーシュにとって歓迎するべき事実でしかなかった。後は、捕縛されたという、そのパイロットをどう利用すれば、最大限の利益を得ることが出来るか。ルルーシュは致命的な事実を聞いてしまうまで、そういったことをずっと考えていた。
     けれど、白兜のパイロットは、スザクだった。
     ルルーシュにとって、この世で最も重要な存在は妹のナナリーである。しかしスザクは、ルルーシュがナナリーに関する全てを託しても構わないと思える唯一の存在だ。ルルーシュが心から信頼出来ると思う人間は少ない。確かに、現時点では味方である、と自身を納得させられる存在は他にもいる。しかし彼らは損得により繋がっている存在であって、ルルーシュの存在が害になると分かればすぐ切り捨ててもおかしくない存在でもある。だから、ルルーシュが無条件に、盲目的に、二人なら何だって出来るのだ、と疑うことなしに信じられる者は、この世でただ一人、枢木スザクという人間だけだった。ルルーシュは、ブリタニアへの復讐のため修羅の道を歩むことを決めてから、ありとあらゆるものを踏み躙ってきた。究極目的であるナナリーの幸福以外、全ては手段でしかなかった。けれどスザクは、ルルーシュの唯一無二の友人だった。ルルーシュは、スザクを利用する方法を考えることが出来なかった。ルルーシュは、ナナリーとスザクが幸福に生きられる世界を望んでいた。
    「過激な団員の中には、制裁を加えるべきだという話も出ていたが……一応、一度ゼロの判断を仰ぐべきだと止めてきた」
     扇は優柔不断ではあるが、優柔不断であるが故に、他者に決定権を委ねるという決断力を持つ人間だ。それに、面倒見が良く、人望がある。ただ、他者の意見に流されやすいという欠点もある。派閥を作らせないよう、気を遣わなければならない。それでもルルーシュは、団員たちの意見を集約し、しかし自分では判断を下さずゼロに丸投げするといった彼の姿勢を評価している。指導者には向かないが、中間管理職には向いている男。つまり彼もまた、ゼロにとって都合の良い人材のひとりだった。
    「枢木スザクは……今はどうしている?」
     先程から派手に跳ね続けている心臓の動きを無視しながら、冷静さと威厳を感じさせるような声で問う。
    「みだりに団員たちの前に出す訳にもいかないから、拘束して……この個室でカレンに見てもらってる。大人しくはしているが……ゼロが来るまで何も話せない、と黙秘を続けているみたいだが……」
     電話口の向こうからは、カレンの声が小さく聞こえている。けれど、今のところは困惑を表しているだけで、危険な感情は見られない。
    「賢明な判断だ」
    「良かった。俺はどうすればいい?」
    「すぐそちらへ向かう。箝口令は?」
    「敷いている」
    「ならばそのまま、カレン以外の誰とも接触させるな。彼女相手なら大人しくしている筈だ。カレンに、枢木を頼むと伝えてくれ」
    「分かった」
     他人に見せるルルーシュの全ては嘘である。そして、それはゼロも同様だ。
    「扇」
    「ゼロ?」
    「報告、感謝する」
     お前を評価しているからこそ、重用しているのだと。ルルーシュ――ゼロは扇に、夢の種を振り撒くような微熱をもたせた声で告げた。



    「何故、白兜の捕獲に成功したんだ? そもそも、何故奴が現れた」
    「分からない。団員たち曰く、突然動きを止めたと思ったら、枢木スザクが降りて、自分を捕虜にするよう申し出てきたらしい」
    「…………成程」
     状況報告を聞きながらスザクを閉じ込めているらしい部屋へと向かっていたルルーシュは、辺り構わず溜め息を吐き散らしたくなるような感情を抑え込んだ。ゼロの中身を知らない人間が傍に居なければ、きっとそうしていたかもしれない。
     報告から読み取れたスザクの行動の理由とその理由は、ゼロにとってはそうでなくとも、ルルーシュにとっては本当に、予想外で、衝撃的で……それから、悲しいものだったから。
    「ゼロ!」
     開く扉の向こうで、カレンが声をあげた。
    「ありがとう、カレン」
    「いえ、その……」
     カレンは憎しみと混乱が交錯しているような複雑な表情を浮かべたまま、部屋の奥で壁に背を向け大人しく床に座っているスザクの方に目線を向けた。黒の騎士団のエースパイロットである紅月カレンにとってスザクは、自分と同じく日本人の血を引く同胞でありながらブリタニア軍に所属している裏切者である。しかし、彼女のもうひとつの顔である、アッシュフォード学園の一生徒であるカレン・シュタットフェルトにとってのスザクは、同じ生徒会のメンバーでもあった。
     ゼロの到着に、拘束を受け入れ俯いていたスザクが顔を上げる。拘束は非常に簡素なもので、彼女たちが彼をどう扱うべきか判断しかねていたことが察せられた。そんな彼がゼロに向けてくるのは鋭い敵意が籠った、しかし隠しきれない困惑も滲んでいる、といった印象をもたらす目だ。ルルーシュが、彼の友達である“ルルーシュ”として日々受けているものとは明確に違ったスザクの眼差しに、ルルーシュの瞳が僅かに揺れる。しかし仮面越しの揺らぎは、誰にも観測されることはなかった。
    「扇、カレン。済まないが、枢木スザクと私だけにしてくれないか。人避けもしておいて欲しい」
    「……分かった」
    「でも!」
    「大丈夫だ。彼を害するようなことはしない」
    「カレン。二人にしてやろう」
    「…………分かりました」
     カレンが複雑そうな視線を向けてきていたのは分かっていた。しかし今のルルーシュには、それに応答する余裕がまったくなかった。



     そうして二人の退室を見届けてしまえば、部屋には重苦しい静寂だけが残る。
     他人に向ける言葉なら、いくらだって浮かんでくるのに。何を話せば良いのか、全く分からなかったのだ。
     何故、名誉ブリタニア人のお前が純ブリタニア人の騎士しか乗れない筈の、しかも最新鋭だろうナイトメアフレームに乗っているんだ、とか。何故、殺されるかもしれない敵地に身一つでやってきたんだ、馬鹿、とか。お前、技術部所属になったと言っていただろう、俺に嘘を吐いていたのか、とか。ゼロとして、ルルーシュとして、スザクに聞きたいこと、言いたいことは多い。
     それでも本当は、スザクの性格と、前にゼロとして彼と初めて対面した日の出来事、そしてブリタニアという国の性質を鑑みれば、その目的は明らかだった。けれど。
    「……何のつもりだ」
     逡巡の末、ルルーシュの口から出たのは、たったそれだけの言葉でしかなかった。ただ目の前の人物のためだけに、複数に切り分けている思考たちを纏め上げ、これだけ長考していたのに。どんな言葉も不適切なように思われて、美辞麗句ひとつ放つことすら出来なかったのだ。
     ルルーシュは今のスザクに嘘は吐きたくない、と思った。ルルーシュを見詰めるスザクの目はあまりにも美しすぎた。翡翠の双玉には揺らぐことのない、磐石な信念が宿っている。それはルルーシュにとっての希望であり、同時に絶望でもあった。
     スザクは、棄てられたのだ。ルルーシュたちと同じように。ゼロを政治的に貶めるための道具として。そして彼もまたそのことを理解しており、その上でここへとやってきたのだ。それが正しい運命なら、いつ死んでも構わない、と思っているから。
    「軍の命令で、君を篭絡しに来た」
     そんな言葉を聞かされれば、ゼロが激昂して彼を害するとでも思っているのだろうか。
     確かに、彼がただの他人であるか、ゼロの中身がルルーシュでなければ、そのような結果になっていたかもしれない。けれど、そうではなかったから。
     しかし、それにしたって、そんなことを言われて、篭絡される馬鹿がいるか。よく考えろ。……否、スザクなりに考えた結果なのかもしれない。彼は騙し討ちのような卑怯な真似を嫌った。そして命令と倫理の葛藤を乗り越えた先にあった結論が、今の、一見不条理にも見える発言の真意なのかもしれない。
    「大人しく僕に篭絡されて欲しい」
     そして、大変憎たらしいことに、ルルーシュは、スザクのそういった真っ直ぐな面を何より好ましく思っていた。そんな人間でなければ、ひねくれ者のルルーシュがここまで信を置いてしまうようなことはなかっただろう。ルルーシュとしては、とっくのとうに篭絡されているといえる。
     けれど、ゼロの中身を知らない人間が、ゼロという人物を客観的に見た場合は、そうではなかったから。
    「ゼロ、これ以上殺すな」
     包み隠すということを知らない、あまりにも愚直すぎるその言葉に。呆然とするルルーシュ――否、ゼロを、スザクは感情の見えない目で見ていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    Psich_y

    SPUR ME尻を叩かせてください。
    10/27オンリー発行予定


    今世は比較的「普通」に暮らせているある子供が、喋る古代遺物と出逢って運命を知る話。

    ※アベンシオ(広義)
    ※無知転生カカワ×自分をシオだと主張する対概念級古代兵器な火
    ※現代風未来+武器精霊化パロのようなもの
    ※スク→シオの匂いがする
    「知らない天井だ……」
     カカワーシャがこうして覚えのない天井の下で目覚めるのは、二回目だった。
     慣れた様子で上体を起こし、周囲を見回す。
     不思議な紋様の描かれた白い石の壁。少し湿ったような空気。左右対称に立つ、古めかしい装飾の掘られた柱たちが示す先には、閉じた石の扉がある。何らかの呪術的な紋様が施された――それは植物文様か、巨大な鳥の顔のように見えた――扉の奥からは青紫色の光が溢れていて。聳え立つそれらは、まるで美術の教科書に出てくる、古代遺跡の見本のように見えた。当然記憶はない。記憶はないが、心当たりはある。
     かたん。慎重に動かした手が、固いものに当たった。見れば、カカワーシャが寝ていたところのすぐ傍に、透明なキューブが転がっていた。中で、扉の向こうから漏れているのと同じ、青紫色の炎が、眠っているように、緩やかに揺れている。
    5840

    recommended works