ずっと隣のNarcolepsy「麦わら屋、もう放課後だぞ。いい加減に起きろ」
死んだように保健室のベットで眠っている麦わら屋のデコを軽くつつくと、麦わら屋は「ん……? 」と声を上げ大きな欠伸をすると気だるそうな目を擦りながらのっそりと起き上がる。
「〜……、トラ男。おれ、また寝てたのか……。って、いうか! 夕方じゃねぇか! 」
起きて早々騒がしく立ち上がり窓の方へ駆け「嘘だろ……! 」と絶望する麦わら屋は、今にも泣きそうなほどの顔で俺を見た。
「見ての通り放課後だ、帰れ」
麦わら屋に伝えるが麦わら屋はそんなこと聞きもせずお腹から爆音で腹の音を鳴らした。
「今日、サンジがおれにも昼飯に弁当作ってくれるって約束した日だったのに、もう昼も過ぎてるじゃねぇか……! 」
「腹減った……サンジの飯楽しみだったのに……!! 」とみるみる沈んでいく麦わら屋はあまりにも可哀想だが相変わらず食い意地すげぇ。
「安心しろ、黒足屋から弁当は預かって冷蔵庫に入れてる。あっためてやるから食ったら帰れ」
そう伝えると麦わら屋はさっきまでが嘘だったかのように「本当か!! 」と涙はどこへやら「めーし!めーし!」と元気な声で喚き始める。
「うるせぇ、大人しく待ってろ。ここ保健室なの分かってるのか? 」
「だってここトラ男とおれしか居ねーじゃん」
「そういう事じゃねぇんだよ……ッ! 」
「トラ男声でかいぞ! 」
「うるせぇ! 」
そうこうしているうちにレンジは「チンッ! 」という音を立てる。
温めた弁当を麦わら屋に渡すと「トラ男も食えよ、サンジの飯は世界一うめぇんだぞ! 」と自分の事のように自慢して「うめーーーっ!! 」と大袈裟なくらいの声を上げながら唐揚げをひとつ口に含んだ。
「おれはいい、まだおれは仕事中だ」
そう言って書類に目を通そうとすると麦わら屋はその書類を俺が手に取るよりも先に掴み取り弁当を目の前において椅子を移動させてきた。
「なぁ、トラ男。飯は誰かと食った方が美味いから、一緒に食べようぜ」
と一言言いその場で食べ始めた。
どうやらのく気は無いらしい。
俺も流石にその一言を聞いてどく気にはなれず、あえなく唐揚げをひとつまみすると「あ! 肉はおれのだ! ……でもトラ男だから特別に許す! 」とむーーっと膨れた顔で睨んできた。
麦わら屋は「ナルコレプシー」を抱えている。
◇
麦わら屋、モンキー・D・ルフィは世界でも幼少期からどんなに才能溢れる子供たちからも郡を抜くほどの水泳の神童だった。
その才能は誰にも止められない程のもの。
小学生時代、既に全国大会で3年連続優勝、世界選手にももちろん選ばれ、13の頃には世界大会で最年少でありながら世界新記録を更新し優勝。
そんな華々しい人生の彼は誰から見ても順風満帆。
誰よりも努力して誰よりも楽しそうに水泳をしてる彼は誰よりも水に愛されている。
麦わら屋はそんなふうに、誰しもに思われるような選手だった。
だが、現実は違った。
高一の真夏。
全国インターハイの決勝戦で彼の悲劇が始まった。
麦わら屋の出場枠は自由形。
誰しもな彼を応援し誰しもが彼を期待した。
彼もそんな観客に答えるように誰よりも頭一つ飛び出た様な華麗な泳ぎを見せた。
そしてゴール直前にその悲劇は起きた。
誰もがゴールを手に取る! と思う寸前に麦わら屋の体は突然、泳ぐ腕が止まりそのまま溺れるようにプールの底へ沈んで行った。
その場で他競技参加して居合わせた麦わら屋の兄が溺れたのか突然気絶したのか分からない弟をすかさず助けに行くと、水面から上がった彼は水を吐き出した後も死んだように寝息を立てていた。
気絶したのではなく深く眠っていたのだ。
元々麦わら屋はどこでも寝れる質だったが流石に異常すぎる。
その大会で麦わら屋は棄権となり中学はあえなく優勝を逃すことになってしまった。
その後、麦わら屋が病院で診断を下される。
結果は
"ナルコプレシー"
世にいう「居眠り症」睡眠障害。
居眠りといえば響きが悪いがこれは治ることがない病である。
ナルコレプシーは目を覚ますために必要な物質を体で作りだすことが出来なくなり、夜どんなに十分に眠ったとしても昼、朝、夕に構わずに突然我慢できないほどの強い眠気に襲われ、突然糸が切れたように無意識のうちに眠ってしまうそんな難病だ。
最初は軽度だったナルコレプシーも日々を重ねるうちに日常生活に影響が出るレベルになり水泳は完全に出来ないほどになっていた。
いつ来るか分からない睡魔に水の中で何度も襲われる麦わら屋は何度も溺れた。それでも泳ぎたい。でも泳いだら溺れる。その繰り返し。
次第に睡魔は恐るほど悪化し水中で命さえも落としかけた。
それまで全く怖くなかった、体の一部であるような水が容赦なく自分の体を殺しにくる。
泳ぎたいと思う心を折るほどの恐怖が段々と麦わら屋の精神を覆い足をすくめた。
彼の生まれた人生の大半は水の中だったのでは無いかと言うほど水に愛された男だった麦わら屋は"ナルコレプシー"という悪魔の様な病気によりかなずちにされてしまったのだ。
そして高一の冬、彼は水泳部をやめた。
◇
「トラ男はさ、なんかスポーツとかやってたの? 」
高二になった麦わら屋は、突然糸が切れたように眠ることが多くなり、日常生活すら危ういレベルになった麦わら屋の生活のほとんど、朝礼と昼休み、終礼、放課後以外はほぼ保健室登校。
授業も保健室からリモートで受けている。
そう、麦わら屋とおれは誰かが体調が悪くならない限り2人きりで学校での一日の大半をすごしている。
「なんでそんなことが気になる? 」
「だってトラ男結構ガタイいいし、筋肉あるしな」
「まぁ、剣道はやってたな」
「へぇ!! トラ男剣道できるんだ! ゾロと同じだな! ゾロと戦ったらどっちがつえんだろうな……。やっぱゾロか! 」
「お前……失礼だぞ! というか、おれがロロノア屋に負けねぇって考えはねぇのか……」
「しししっ! ゾロは絶対負けねぇって俺と約束したからな! 」
どこからそんな自身湧いてくるんだ?
となんとなくゾロ屋への信頼が厚い麦わら屋にモヤモヤする感情を抱えながらもそんな他愛もない会話をポツポツ。
俺がどんなに黙っていようと絶対自分に言葉を返してくれるまで喚くこいつに段々と毒されたおれに麦わら屋は「おれが起きてる時くらいは、おれの相手しろ」と言う。
甘えん坊のジャイアンか?
そんな麦わら屋の目線の先にあるのは、体育際の準備や練習をしている"普通"の学生たちの青春の一コマだった。
麦わら屋はその"普通"になることは出来ない。
それを高一の水泳を辞めるまでに嫌という程理解したようで入学当初の麦わら屋とナルコレプシーになってすぐの麦わら屋とは明らかに違うほどに落ち着いてきた。
あの頃なら「おれも体育祭参加したい!! 」と自分から勝手に飛び出していく様な彼が、今ではベッドに腰をかけ「忙しそうだな、皆」と他人事のように窓越しに眺めるだけだ。
麦わら屋が病を抱えてなかったら、今頃日常の中心、あの窓の外の生徒たちの中心で笑顔に花咲かせたちまち周りを笑顔にさせたりバカして怒られたりしてるに違いない。
そんな彼が日常を他人事のように装っている。
日常へ本当は焦がれて悔しくて堪らないがそれを全て受け止めてしまうまで追い込んだ病は彼の人格すら変えたわけじゃない。
そんな麦わら屋をあまりにも見てられなかった俺は、つい魔が差した。
「おれが着いててやる。眠ったとしても、おれがずっと隣にいてやるから。何がしてぇか言えよ」
ふと俺から零れた言葉に麦わら屋はびっくりしたような顔で振り向くと俺の顔を見て泣きそうな顔で笑った。
「……いいのか? 」
そんな顔させたかったわけじゃねぇんだよ。
そう思った時にはもう遅い。
「お前は、笑ってる方が似合うからそんな顔すんじゃねぇよ」
唖然とした顔で俺を見る麦わら屋に、ハッ、と口に出していた事に気がつく。
急に恥ずかしくなって頭を背ける俺の腕を強く掴んだ麦わら屋は俺の顔を自分の顔に向けた。
「トラ男ってさ、俺が笑ってるの好きなの? 」
「……そうらしいな……」
「そうらしいってなんだよ……」
そう言うと麦わら屋は、「トラ男って俺の事ちゃんと見てくれてるんだよな」と嬉しそうに笑いかけてきた。
見てるんじゃねぇ、いやでも目に入るくらい眩しいんだよお前は……。というのはちゃんと喉の奥に流し込んだがその後そんな俺の表情を見て「しししっ!」と独特的な笑いで麦わら屋はおれに笑いかけた。
しばらくして落ち着くと麦わら屋は、少し下を向いて少し泣きそうな声になりながら「なぁ、さっき言った事。本当ならさ、トラ男……」と切り出した。
麦わら屋は俺の顔を見て、不意に覚悟を決めた様に、震える手で俺の腕を握った。
「プールに入りたい……」
泣き出しそうな声から発せられた本音。
その本音は、病に蝕まれ精神が追い込まれた麦わら屋の中に眠ってた本当の麦わら屋の本心。
その震える手を掴み握ると麦わら屋は顔を上げた。
今にも泣き出しそうだ。
「泳がなくていいのか? 」
と少し意地悪な顔をしながらも優しく問い返すと、麦わら屋は「……何言ってんだトラ男」と少し笑った。
「前、自分で俺はカナズチだから泳げねぇって言ってただろ? 」
「よく覚えてんな麦わら屋……」
バツの悪そうな顔をした俺に「カッコつけたかったのか? 」と笑いかけた。
「それにさ、トラ男、ずっとおれの隣に居てくれるんだろ?」
急に言ったことを再び問いかけられて恥ずかしくなりながらも「ああ、そうだ、そう言った」と同意する。
「それなら、1人で泳ぐより、トラ男と一緒にプールで遊びたいんだ」
麦わら屋は、先程よりも柔らかくなった表情と裏腹に、まだ水への恐怖を忘れられず震える手でおれの手を握りしめ、おれを見つめた。
「だからさ、トラ男。水ん中で、……俺から手……離す……な……」
ふいにガクッと糸が切れたように意識を失い倒れた麦わら屋の体を反射的に支えると死んだようにすやすやと深い寝息を立てていた。
ナルコレプシーに襲われた麦わら屋を保健室のベットに寝かせると麦わら屋の手が無意識に強い力で俺の腕を掴んで離さなかった。
「心配しなくても、おれは絶対お前の手を離さねぇし、隣にいてやるから」
そう言いながら麦わら屋の頭を少し撫でると擽ったそうな声を出しながら寝顔が少し微笑んだよ。
◇
昼休み五分前のチャイムがなる頃に「ガラガラガラッ! 」と音を立て保健室のドアが空いた。
「おーい、トラ男、ルフィが寝たから頼むぞ〜」
と気の抜けた声で鼻屋はよいしょっとベッドに麦わら屋を乗せて「じゃ、俺授業だから!」と保健室を出ると走り出した鼻屋に「おい、廊下走るな」と注意すると「次、体育で早く着替えねぇと遅れるんだよ! 先生まじ怖いから無理なんだって! 」と走っていった。
「俺も教師なんだが……?」
どうやら麦わら屋は昼ご飯を食べ終わった途端、突然眠ったようだ。
ナルコレプシーが発症したばかりの頃、麦わら屋の周辺の仲間たちは、彼が突然倒れる度に「先生、ルフィが……! 」と焦った様子だったが、麦わら屋が保健室登校になって4ヶ月。
保健室をまるで家みたいな態度で居る麦わら屋にも原因があるが、アイツらは麦わら屋に感化され此処にもおれにも慣れ過ぎて馴れ馴れしさが月を追うごとに進化していた。
麦わら屋が保健室登校になった頃、ナミ屋や鼻屋あたりは「不良保健医怖い……! 」「こんなヤバそうなやつにこいつ任せていいのか?」とか容赦なく言っていた割に、麦わら屋が勝手に付けてきた「トラ男」という変なあだ名で馴れ馴れしく話しかけてくるようになっていた。最初のうちは「先生だ、先生と呼べ」と抵抗していたがその抵抗も虚しく完全に折れてしまった。 元から保健委員という枠組みで活躍していたトニー屋と違い、麦わら屋の仲間たち健康的で保健室とは無縁という感じのやつらしかいない。麦わら屋が保健室に世話にならなければ保健室にも、保健室の教員であるおれとも、面識が生まれなかった縁だと思う。
それは麦わら屋も同じで"ナルコレプシー"なんて難病に人生を呪われなければ、俺とこうやって出会ったとしても長い時間時を過ごすこともなければ、麦わら屋からして「あー、あの先生誰だ?」レベルだったんだと思う。
それが悲しい事か、いや、もしもの事を考えたとて現実は無情に麦わら屋を病で苦しめている。
ナルコレプシーから始まったこの縁を喜べばいいのか、それは分からない。
そうこう考えているうちに来た放課後
「おい、起きろ麦わら屋」
トントンとおでこを軽くノックするように叩くと
「……、ぅ……、ん〜……。おれまた寝てたのか……」
麦わら屋は眠くて気だるそうな顔をあげた。
「さっさと起きろ」と眠そうな頭を柔らかく撫でてやると麦わら屋は
「トラ男の手って、なんか安心すんだよなぁ……」
なんていいながら大きな欠伸をかいていた。
「そうか、ならもっと撫でてやるから起きろ」
と急に恥ずかしくなって荒く撫でると「わ、わ! 分かった、起きるから! 髪の毛グチャグチャになんだろ! 」とキャッキャと笑いながら麦わら屋は起き上がった。
「おい、プール行くぞ」
その一言をきいて麦わら屋な目を丸くした。
「昨日お前がプール入りたいって言ったんだろ?体育祭準備期間の放課後なら、プール貸してくれるらしいから」
そう言うと一瞬声を詰まらせて固まった麦わら屋が急に「トラ男ーーーーっ!! 」と抱きついてきた。
「お、おい!離せ」
「ありがとうな、トラ男」
嬉しそうな声とは裏腹に、ギュッと背中に回された手は喜びかその心の中にある恐怖からか震えていた。
「俺が隣にいてやるって約束したんだ、安心しろ」
そう言って麦わら屋の背中をトントンっと撫でると安心したのか少し震えが止まる。
不意に俺の胸元から顔を上げた麦わら屋は
「トラ男って、ほーんとに優しいよな」
と言って俺に笑いかけてきたが「別に、気まぐれだ」と一言言って小っ恥ずかしくなり顔を背ける。「しししっ!」と独特的な笑い方をした麦わら屋は、そんな恥ずかしがっている俺の顔を容赦なく掴んだと思うと自分に向け
「じゃあ、トラ男は俺だけに優しくしとけよ」
と笑い「教室から水着取ってくるー!」と忙しく出ていった。
「……別に俺は、優しくなんかねぇんだよ……」
ただ、あいつの笑顔が見たいだけのエゴに過ぎないから。
でもだからって「俺だけに優しくしろ……ってなんだよっ! 」とだんだんあいつの爆弾発言がジワジワきて頭を抱えた。
あいつの考えなんて考えても分からないし実際そこまで考えても深い意味なんてないはずだ、なのにドキドキするのはなんなんだ……。
俺は「あ〜〜〜……」と情けない声を出しながら、麦わら屋とプールにはいる為だけに昨日買った新品の水着を手に取った。
◇
「え!? トラ男水着新品なのか!? 」
麦わら屋は俺のピッカピカでタグ付きの新品の水着を見て嘘だろ……ありえねぇだろみたいな顔で見てくる。
「うるせぇ、泳げねぇから持ってる意味ねぇだろ」
と返すと
「じゃあ、トラ男は俺の為に水着買ってくれたんだな〜! 」
と嬉しそうな顔で笑うからまた小っ恥ずかしくなった。
「うるせぇ! 早く着替えやがれ! 放課後貸して貰えるって言っても、5時までには出なきゃならねぇんだよ。あと40分もねぇからな」
そう言うと麦わら屋は「えええ!!? 」とあまりの時間の短さに驚き
「なんで早く俺の事起こさねぇんだよ!! 」
と膨れっ面で俺を睨んだ。
「早く起こしたところでお前があほ面かましてうんともすんとも言わなかったからだ」
「う゛ぅ〜ッ!! 制限あるなら無理やりにでも起こせよ! 」
「んな事して、水入った途端麦わら屋が寝られたらおれが水着買った意味がねぇだろ! 」
「おれとプールで遊ぶよりも水着の心配してたのかよトラ男のアホ!! 俺、部室に隠してたウソップとフランキーが作ってくれたクソかっけぇー水鉄砲で遊ぼうと思ってたのに! 」
そういうとガサガサっと麦わら屋は水泳部の収納庫を勝手に漁り出すと大量の水鉄砲が出てきた。
「お前は、なんでそんなもんを部室の収納庫に入れてんだ……」
「え?カッケェから」
「馬鹿すぎるだろ……」
麦わら屋はそんなおれの罵倒を耳にも入れずに「これもこれもこれも試したかったのに時間足りねぇ〜、どれにしよ……」と何かと出来がいいゴツイ水鉄砲を漁り出した。
「おい、そんなの持ち込んでるのバレたら怒られんの俺なんだぞ……」
「大丈夫、大丈夫バレねぇって! はい、これトラ男のやつ! 」
そう言って麦わら屋は水鉄砲を投げてきた。
「おい、なんでおれまで巻き込まれてんだ」
「だって、トラ男遊んでくれるって言っただろ!早く着替えて来いって! 俺は準備運動するから! 」
と人の話も聞かずに麦わら屋は駆け抜けてった。昨日の震えはなんとやら、あの調子なら大丈夫か……。
「おい、着替えたぞ麦わら屋」
「遅いぞトラ〜……え!? お前そんな刺青してたのか!? 」
教師として年中タートルネックを着て刺青を隠しているおれの刺青なんて見たのはお前くらいだぞ。
「まぁな」
と告げると「やっぱ筋肉も割れてるし、かっけぇ〜!触っていいか!?」とキラキラした目でおれを見つめてきた。だが、おれは「やめろ、触るな」と即答した。
んなことされたら洒落になんねぇんだよ……! なんかわかんねぇけど……。
「ちぇ〜、でもすげぇ刺青だなこれ、カッケー!! 俺絶対痛いから刺青なんて無理だ! お前すんげぇな……」
「おれは他人に裸をジロジロ見られる趣味は無ェぞ 」
恥ずかしくなって近くでまじまじと見る麦わら屋の顔を押しのけると「ちょっとくらい見たっていいだろケチ!! 」と不貞腐れた。
「うるせぇ、早く遊ぶんなら早くしろ! 時間ねぇぞ」
俺の言葉を聞いて思い出したかの様に背後にある時計を見て慌てる麦わら屋は
「あと30分くらいしか無いじゃねぇか!! 」
と俺の腕を掴んみプールへ向かい走り出した。
「ここに来るのも5ヶ月ぶりくれぇだ……」
そう言いながら麦わら屋は俺の腕を掴んだまま、プールを見つめるもプールサイドで立ち竦んだ。掴んでいる手が微かに震えている。
「もしお前があほ面で水ん中に寝こけても、隣にはおれが居るんだから安心しろ」と言って麦わら屋の頭を撫でると「なんだよそれ……?そんなおれの寝顔ってあほ面かよ……」と少し笑った声がした。
「どうした、まだ怖いか? 」
「そりゃ、ま、ちょっと……」
そりゃ、おれこん中で何回か死にかけたし……。と水の前で足がすくむ姿は、昔の彼であったなとても想像できないような光景だ。あんなに体の一部のような存在だった水への恐怖を痛いほど刻まれたプールの前を前にして、恐怖ともにそれでも焦がれてるような瞳で見つめる麦わら屋の顔はどうしようもなく見てられなくない。暫くして、そのままいつまでも立ち竦んだまま動かない麦わら屋は俺の方を振り返ると「やっぱ、入りたくても怖くて足が動かねぇ……」と情けないと漏らした。
「じゃあ、いっそ俺がお前を抱っこしてプールに入れてやる」
そう言うと麦わら屋は、数秒フリーズし、ほら来いよと腕を広げたところ「お、おまえ何、恥ずかしいこと言ってんだ!? 」とポッポッと珍しく赤面していた。そんな珍しい表情をした麦わら屋を自分だけが知ってるのか? そう思うと何かたまらないくらい止まらなくなった。
「なんだ、お前普段距離感おかしい癖に何恥ずかしがってやがる。それともお前そんなにおれに抱っこされたかったのか? 」とわざとらしく問うと「なんでそうなるんだよ!! 」と麦わら屋はたまらないという感じで声を荒らげた。それでも微動だにプールへ進もうとしない 麦わら屋の足を見て、ヒョイッと抱き抱えると麦わら屋から「……え?」と間抜けな声が漏れた。
「ちょ、トラ男おろせ……!! な、なんでお姫様抱っこなんだよ!? 」
「うるせぇ、この方が運びやすいだけだ。お前が普段寝こけた時はこうやって運んでるから、癖だ」
そう言ってプールへ向かい始めた。
「はぁ!? トラ男、いつもおれをお姫様抱っこしてたのか……ッ!? 」
余程恥ずかしい事実を知ったのか茹でダコのような顔で「嘘だろ……」と麦わら屋は水への恐怖所ではなくなっていた。そんなを見ていると何故か無性に湧いてくるものがあった。
"麦わら屋……可愛いな……"
…………………………………………………………。
…………………………可愛い?
か……、可愛いって? ……麦わら屋が可愛いって何だ……!?
急に湧き上がってきた感情に頭を抱えそうになりながら立ち止まり麦わら屋を見ると、上目遣いに「なんだよぉ……。じっと見んなよ、恥ずかしいから早く降ろせ……!! 」と真っ赤になりながらむくれていた。
……ッッッッッ!! 可愛いじゃねぇか………………ッ!!
自覚した途端、急に小っ恥ずかしい。 そう、もしかしなくてもおれは、麦わら屋の事が好…………。ああああああああぁぁぁ!!
「ぅわ!? ちょ、トラ男? なになに!? なんで急に黙って早歩きするんだ?? おい、トラ男、まてまてまてッ!! 本当にこのまま飛び込むのか!? え、あ、うわぁあああ!? 」
勢いよくジャンプし豪快に飛び込んだプールはザプーンッ!! と水しぶきを上げた。
「わ、訳がわかんねぉよトラ男……!! 」
「おれもおれが訳わかんねぇ……」
「は??? 」いやおれのセリフでしかないだろ? と睨んでくる麦わら屋は俺に必死にしがみついていた。
「まぁ、どうだ、久しぶりのプールは、麦わら屋 」
「だから、訳わかんねぇよ!! トラ男急に変になるし! 」
「うるせぇ、ちょっとおれの中で大変なことが起きただけだ……!! 」
「いや、どう見ても変なことが起きてるのおれだろ!? も、もう大丈夫だから降ろせ……! 」
「…………仕方ねぇな……」
「なんだその間は」
何だか名残惜しくなりながら麦わら屋を降ろすと目を輝かせながら
「トラ男のおかげでプールに入れたな! なんか訳わかんなかったけどあんがとな! 」と満面の笑みで笑っていた。