キャスぐだ書くといつも下世話な話になるな たっぷりの日差しを反射する白い砂浜に、目の下に手のひらを添えて眩しさをかわしながら辺りを見回す。ここでは海水浴シーズンということもあって人は多いけど、ごった返して見通せないというほどではない。目的の人影も、マシュとアルトリアと遊びに出る前に立てたビーチパラソルからどうせ移動していないだろうから、難点と言えば同じような景色が続くので、どの辺りだったかわたし自身が思い出せるかどうかだ。
まだあちこちの特異点に行くようになって間もなくの頃は、こんな風にわたしの知ってる夏の海の景色と変わらない光景に少し寂しく感じたこともあったけど、そういえばちゃんと楽しめるようになったのはいつからだろう。カルデアのみんなや、サーヴァントのみんなもそれとなく気にかけてくれたからだろうけど。
ビーチサンダルで砂浜を踏みしめると、サラサラとした熱く乾いた砂が少し裸足にも触れる。そうやってうろうろしているのは、小さな、本当に子どもの頃両親に手を引かれて遊んだ日を思い出した。
それにしても、これだけキョロキョロしているのだから、パラソルで荷物番をしていると言った方が先に見つけてくれてもいいものなのに。そうして見つけたパラソルのところへ近づいてから、向こうから呼びかけてくれなかった理由がわかった。
もー、と自然と唇がとんがってしまう。
「ちょっとキャスター、自分が荷物番してるって言ったくせに」
パラソルの下の日陰で、スポーツキャップを顔に被せて寝転がっているクー・フーリンに向かって腰に手を当て覗き込む。
「別に眠っちゃいねえよ」
すぐに声は返ってきたけど、いかにもあくびを噛み殺していた。傍らには、遊びに行くというわたしたちへやる気なさげに手を振りつつ、一方はいそいそと持ち込みのクーラーボックスから取り出していた缶ビールの空き缶が、ビニル袋の中にすでに何本も放り込まれている。
「荷物番じゃなくて、こんな昼間から呑んだくれてるじゃん」
「酔ってもいねえって」
どうだか。
そんな言葉は飲み込んで、わたしは自分のバッグを漁る。そもそもマシュたちと別れて戻ってきたのも、お財布を取りにきたんだし。
──と、なにやら背中に……というか、ポニーテールにしている首元、うなじあたりから背中に向かって、ジロジロ見られている気配を感じる。
小さなお財布を手に振り返ると、顔に被せていたキャップは持ち上げて、キャスターは寝そべったまま横目でやっぱりこっちを見ていた。
「なに?」
「なんにも。見てるだけだろ」
「視線がすけべ」
じっとり睨む目つきになるように意識しながらそう言うと、キャスターもひょいと軽く肩をすくめてみせる。そうして体を起こすと、その時になって初めておや、とでもいうようにわたしの背後や近くを見回した。
「そういやマスターだけか、マシュとアルトリアはどうした?」
「ふたりともお腹空いたって、あっちにある海の家で先にご飯食べてるよ。わたしはお金取りに来ただけ」
お財布を振って示してから、水着の上に着ているパーカーのポケットに押し込んだ。お金は、レイシフトする前に新所長に「あっちでなにか買いなさいよ」と持たされたお金だ。
「海でずっと泳いでるのも疲れるし、マシュもアルトリアも、バナナボートに乗ったことないって言うからちょっと借りて乗ってこようかなって」
「へえ、流されて遠くまで行かないように気をつけろよ」
「わかってますー、子ども扱いしないでくださいー」
わざとらしく不貞腐れたフリをしてみたものの、ふと思い直す。
「……キャスターさ、別にヒマならわたしたちについてなくてもいいよ、どうせ昼間は危なくないんだしさ。万が一なにかあったら二人もいるし、すぐに呼ぶから……」
今回のレイシフト先の特異点はカルデアの中では多分わたしが一番馴染み深い、現代日本の、海水浴場だ。一応何か異変が起こっている──というのは確定しているものの、それは真夜中にも近い夜の海で起こるらしい、というのが一通りの調査の結果だった。
それならちょうどいいから息抜きしなよ〜とは、管制室でモニターしていたダ・ヴィンチちゃんの言葉だけど、そもそもこの特異点も放っておいてもいいところだけど、わたしやマシュの夏休みになるんじゃないか、とそんな思惑もあるらしい。だから新所長もわざわざお小遣いまでくれたのだろうし。
実際のところわたしたちは今はもう好きに遊んでいるんだし、キャスターにわざわざ付き合わせる理由もない。
そう言うと、目の前であぐらをかくキャスターははあ、と呆れたような声を出した。
「あのなあ、別にイヤイヤ付き合ってるわけじゃねえって。そりゃ、保護者役にとは言われてはいるけどよ」
「……そうなんだ?」
こんなことでウソをつくタイプじゃないし、なんなら余計なことでからかってくる方だから、本当のことなのだろう。イヤイヤとまではいかなくても、かったるいな〜くらいは思っていそうだったから、ちょっとだけ目が丸くなる。
「信用ねえなあ、そうじゃなけりゃわざわざこんな格好するわけねえだろ」
キャスターが示したのは、今の彼の姿だ。スポーツキャップだけじゃなく、着ているのも普段のローブではなくて現代風のスポーツパーカーに、サーフパンツで、髪も軽く後ろでまとめてある。少なくとも、海辺にいて浮いたりしない。
改めて見てもなんだか落ち着かなくて、無駄に自分のパーカーの裾をもじもじといじってしまう。ちら、も目に入ってしまうのは、ランサーのクー・フーリンにはなくて、キャスターのクー・フーリンにはある脇腹にある古傷だ。
「……なんとなく、水着っていうか、こういう格好イヤなのかなって思ってた」
無言になりそうで、無理やり言葉を捻り出したけど、キャスターは特に気にした様子もない。んん、と少し考えるように唇を閉じてから、後ろ頭をかいた。
「別に理由もねえが……。まあ拵えてくれるって話だし、保護者役っつーならさすがにアンタらに付いてるのにローブってのもおかしいだろ」
「ふうん……」
「──ああ」
そこでキャスターは顎を撫でてニヤリと笑う。う、とちょっと後ずさったわたしの顔を下から覗き込んで、意地悪そうな笑みのまま続けた。
「なんだ、妬いてんのか」
「……う、」
そんなんじゃないもん、といつもの調子で咄嗟に言い返しかけて──飲み込んでしまう。ヤキモチって、それは、この特異点に着いてからキャスターがローブじゃなくてこの姿でやる気なさげに歩いてきたのを見てから、ずっとわたしの中でチラチラ見えていたものだった。
これまでもあんまり人前で脱いだりなんだりしないし、脱いでもせいぜいフードくらいだし、お腹のキズを見られるのはわたしだけかなっていう、勝手で子どもじみた独占欲だ。
それを認めないのも更に子どもっぽくて、なんだか呆れられそうな気がしてしまう。
「……そうだよ、悪いの」
言われた通りだと頷いたものの、応えた声は恥ずかしさのせいか、自分でも思ったよりかなり小さい声になってしまった。おまけに拗ねた言い方になってしまって、こんなの全然かわいくない。
キャスターの顔を見られずに、自分のサンダルの足元に視線を落とすと、はあ、と大きなため息が聞こえた。
「…………あのなあ、オレはこのままアンタを物陰に連れ込んで、しこたま舐めまわしてからぶち込んだって良いんだぜ」
「…………ん、……え!? な、なに!?」
聞こえた言葉を飲み込むのに一瞬頭が止まってしまった。突然絶対そんな流れじゃなかったスケベな発言をぶっ込まれて、ギョッとして身を引こうとしたところを、手首を掴んで止められる。
キャスターは苦虫を噛み潰したような顔をして、ほとんど睨むような目つきでわたしを見ていた。つまり、大真面目だということだ。人にセクハラするのに大真面目とは?
「なにじゃねえよ、なにじゃ。どうせ見られるのはイヤとか、そういうこと言って怒ってベソかくんだろうなあってやらずに我慢してんだ、こっちは」
「当たり前じゃん何の話!?」
「急に可愛いこと言うな判ってんのかって話だよ」
真っ昼間に、しかも会話は聞こえないにしろ周りに人がいるところでする話じゃない。けど、大真面目に真剣な声でかわいいなんて言われて、自分でも嫌になるくらい単純だけど、ぼぼぼぼぼっと顔が一気に熱くなる。絶対顔や耳どころか全身茹でられたのかって思うくらい。
「キ、キャスターこそ、急に変なこと言わないでよバカ!! マシュたちに変に思われるじゃん!」
「おーおー、同じセリフを返してやらぁ。どうせバレてんだって、どうせなら今チューしてやろうか」
「バレてないもんやだやだ! ふたりに変なこと言わないでよ!?」
「言わねえって、お行儀よくしてるさ。ホテルも部屋分けたろ。マシュの横で忍び込んでおっ始めるつもりもねえし」
うっすら怖いことを言ったキャスターはわたしの反応で満足したのか、やれやれとでも言う様子で手を離す。そしてまたごろんと横になってしまった。
いかにもやる気のない荷物番に、もう一度自分のサンダルに視線を落として、なんだか落ち着かずにもじもじ着ているパーカーの裾をいじる。
「……部屋はさ、多分三人で寝るんだけど」
部屋を分けることも考えたけど、ここでは夜中にかけて行動することになるから部屋をまとめちゃおう、と言ったのはわたしだ。男性陣はどうやらそれぞれ部屋を分けたみたいだけど、マスターとしてそこまでは関知してない。
そもそもやらしーことしようとか、そういうことはまったく考えていなかったので、キャスターも部屋はひとつ下の階なんだなあ、と思っただけだったのに。えっちな気分になったとかそういう言い方だと自分がすごくいやらしい人間になったみたいで居たたまれないけど、でも、キャスターがわざとらしいいやらしい発言をしたせいでなんだか『マスターじゃないわたし』がいるんだ、ってことを思い出してしまった。
「明日の夜とか、夜ご飯の後も調査まで時間あるだろうし……そっちの部屋、行くけど」
「は……」
ぽそぽそ小さい声で呟いた言葉は、しっかりキャスターの耳に届いたようだった。寝転がったままぽかんとした顔で見上げてくる。
「じゃあご飯食べてもっかい遊んでくる! そっちも飲みすぎないでよね!」
わたしはわたしで、どかんと赤くなった顔を隠すみたいに慌てて振り返り、マシュとアルトリアのいる海の家に向かって走って向かう。背中の方から「おい戻って来い」だの「生殺しだろうが」だのの声が聞こえたけど、追いかけては来ないようだった。
もりもり焼きそばを食べていた二人のところに戻ったら、ひどく心配されてしまうくらいわたしも顔が真っ赤になっていたので、夜には泳ぎ疲れて眠ってしまうほど、しこたま海で泳ぐ羽目になってしまったけど。