盗賊「腹減ったな…」
気づいたら15時。昼飯を食べ損ねて、もう鳴らなくなった腹を撫でながら廊下を歩いて居たら、見たことのある頭が談話室のソファに隠れて、ゆらゆら揺れている。
「何してんだ?」
「なんだ、コーチか」
七瀬は一瞬ビクッとしつつも、すぐに普段と変わらない様子で俺を見上げる。
「なんだってなんだよ……まぁいい何見てんだ?」
「イワトビちゃん体操だ」
「なんだそれ」
差し出されたスマホの画面には、七瀬がお気に入りのゆるキャラが音楽に合わせてゆらゆら踊っている。
そんな動画をみて、七瀬も無意識なのか、嬉しそうに揺れていた。
「コーチも見るか?」
「いや、いいわ。それどころじゃねぇから」
腹が減って確実に夕飯まで持たない。いつもなら1食抜いてもこんなに腹が減ることがないのに、何故か今日一日、いつもより身体を動かしているようで、腹が減って仕方がないのだ。
ヤバイくらくらする。
そんな時、なんだか甘い香りがした。
「七瀬、今何か食べてるか?」
「飴、食べてる、それがどうした?」
飴か…すげぇ甘くて美味そう。普段なら全然触手が動かないのに、空腹で限界なのだろう。
「コーチも食べるか?」
ポケットから飴を取り出して差し出す七瀬に「貰う」と返答し手を伸ばす。
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お腹が減って力が出ないというコーチがなんとも可哀想に思って、カバンに入っていた飴を差し出すと、コーチは手を伸ばして、俺の手を握りしめた。不思議におもっていたら、コーチの顔が近くにあって、コーチの柔らかな唇に自分のそれが重なっていた。
「??!?!?」
飴が欲しいんじゃなかったのか!!?!?
状況がわからずに驚いている俺を他所に、コーチの舌がゆっくりと入ってくる。コーチは、甘くコーティングされた口内に舌を滑り込ませ、堪能するかのように口吸いをする。
コーチの分厚く熱い舌が口内をなぞり、痺れるくらいにゾクゾクしながら、クラクラするほど舐め上げられ、甘い苺の香りが広がった。
コーチのコーヒー味の舌は、いつの間にか口の中で半分溶けた苺味の飴味に変わっていて、辿々しく呼吸しながら、2人の舌の上で転がる飴。
しばらくして、小さくなった飴は、コーチの唇が離れると同時に奪い去られた。
そして、コーチの口の中でガリっと音がする。
あぁ、俺の飴。
呼吸を整えて、何か言ってやろうと思ったが、再び顔が寄せられて、コーチが俺の口の端に溢れた唾液を吸って、舐めとったあと、手に握られて居た飴も取られてしまった。
「ご馳走サン…今日の夕飯はなんだろな」
と舌なめずりをして立ち去るコーチ。
一体今のは、なんだったんだ?
飴が全部奪われて、まるで盗賊のようだな。と思いながら、今夜の夕飯を考えつつ、口寂しくなった唇をもごもごさせた。
その夜、残っていた苺の飴を口に含んだ七瀬くんが、コーチのお部屋を訪ねて行ったのはまた別の話。