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    大晦日な楓遙。

    大晦日〜楓遙編「七瀬はさ、この電車が最終なんだっけ?」
    隣の座席でミカンの皮を剥きながら頷く七瀬は、小さな口にミカンを一房放り込む。
    新幹線に乗った瞬間、俺の座席のテーブルにも置かれたミカン。
    「なんでミカン?」と尋ねたら、「冬だからな。」という独特な回答が返ってきて思わず笑ってしまった。
    なんだかんだで、今日の今日まで練習が入ってしまって一緒に強化練習のメンバーになっていた七瀬と俺は、今からそれぞれの実家へ帰る。
    車窓から見えるのは真っ暗な景色で、たまに遠くに瞬くライトが通りすぎる。大晦日にも関わらず、新幹線はかなりの乗車率である。指定を取っていてよかったと改めて思った。
    「金城は…どこまでだ?」
    「俺は、京都。」
    「そうか」
    「七瀬は、どこで乗り換え?」
    「姫路」
    ミカンを食べ終えた七瀬は満足そうにお茶を飲み、「金城は食べないのか?」という視線をこちらに向けたので、ミカンをそっと手に取る。
    「ふーん、寝過ごしそう」
    「寝過ごさない」
    「今日一日あれだけ泳いで、もう眠そうなのに。俺なら無理だわ」
    確実に疲れているのだろう七瀬の目元はとろんとしていた。俺の言葉に抗うように目を開いて、「大丈夫だ」と言いミカンを向く俺の手元を見る。
    今シーズン初のミカンを一房、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
    「ミカンうまっ」
    「もう一つあるぞ」
    「いや、いいよ。七瀬の方が長い時間電車に乗るんだから、お腹減ったら食べなよ」
    すると、うん。と素直に頷く七瀬が、すげぇ可愛かった。その後も、規則正しい揺れにうとうとしているのだろう、頭が揺れている。
    これで起きれんのかよ。寝過ごすんじゃね?
    心配になりながら、眠る七瀬の頭をそっと抱き寄せる。左側に伝わる温もり。
    車窓から見える、停車駅【名古屋】の文字。
    「あぁ…」
    もうすぐじゃん、京都。
    隣で気持ちよさそうに寝息を立てる七瀬を見ながらスマホで、鳥取までの乗り換えを調べる。その時、七瀬の手に握られているスマホが落ちそうになって、そっと抜き取って座席前のテーブルに置いてやるが、眠る彼は全く気付かない。
    これ、絶対乗り過ごすだろ。どうするかな。
    「なぁ、本当に大丈夫なのかよ…」
    まんまる頭を顔をちょっとだけ覗き見ながら、スマホを抜き取って空いた手の隙間に指をそっと差し込んでちょんちょんと触れ、小声で囁く。
    すると、きゅっと俺の指を握る七瀬の指。
    そこでちょうどよくアナウンスが入る。もう…京都じゃん。
    俺が下りたら、指定だし、こいつの隣にもまた誰か乗るんだろうな。この混み方だからきっと乗ってくる。
    すると、時間差の「だい、じょう、ぶ…」の声が聞こえる。
    ふにゃふにゃの声。全然大丈夫じゃなさそうだし、寄り掛かられた七瀬の温もりが、ゆっくり離れる。そして、俺の指を握っていた手が自由になった。
    一瞬にして、冷たくなった俺の指。
    眠そうにしながら、「じゃぁな金城」と声をかける七瀬、新幹線が停車する。

    あぁ、なんか…無理。まだ、一緒にいたいかも。

    帰したくねぇ…かも。

    そう思ったら、俺は二人分の荷物をもって、七瀬の手をとり新幹線を飛び降りる。
    そして、扉が閉まって、最終の新幹線が通り過ぎていく。
    呆然とする七瀬。
    「金城、ここ、姫路、じゃない」
    「うん」
    「今のが…」
    「わかってる、終電だったんだろ。」
    雑踏のなか、ホームに立ち尽くす2人。東京とはまた違った寒さの京都のキリッとした空気。
    握った手、七瀬の手がぱっと離れると、七瀬は電話をかけ始める。

    「もしもし、俺だけど。今日、帰れなくなったから、また帰る時に連絡する。うん、うん…じゃぁ」

    スマホをポケットに入れて、今度は七瀬が俺の手を取る。
    再び戻ってきた七瀬の手の温もり。

    「七瀬…」
    「行こう、金城。寒い」
    「あぁ」
    俺を責めるわけでもない七瀬の手を引いてホームを歩きだす。
    まだ、一緒に居たいなんて我儘。自分がしてしまったことに後悔しまくりつつ、七瀬の顔が見られずにいると後ろから俺を引っ張る。
    「金城!」
    「何?明日帰る切符は弁償するよ」
    「そうじゃない!」
    「じゃぁなんだよ!」
    振り返ると、少し怒ったように仁王立ちしている七瀬がこちらを睨む。

    「弁償するとか、そういうことじゃないだろ!お前こそ、突然、なんだよ。突然電車から下ろしたと思ったら、理由も言わずにグイグイ引っ張って。」

    ヤバい、確かに。マズイ。七瀬、怒ってんじゃん。
    でも、正直に、言うか…?恥ずい…。

    「…なんか」
    「なんだ」
    怒ってる。でも正直に言わないと、この後が怖い。

    「……まだ、七瀬と‥‥って、思ったって、言うか…」
    精一杯絞り出すけど、七瀬には届いてなかったようで。

    「聞こえない」

    あぁぁ耳が熱くなる。そして、息を吸って今度こそ、届けと言わんばかりに口を開く。

    「七瀬と一緒に年越してぇの!!!!」

    騒がしい年末のホームに一瞬で掻き消されたけど、目の前に立つ七瀬には、届いたようで、目をまんまるくしている。
    やべぇ、かっこわりぃ。こんなはずじゃなかったのに。
    頭を掻くと、七瀬は俺の手を取って微笑む。

    「そうか、初めから素直に言えば良かったのに」
    「え?」
    「じゃぁ一緒に年越し、しよう。京都、案内してくれ金城」

    その瞬間あらためて思う、「あぁ、俺、やっぱり好きだわ。七瀬のこと」って。
    年の瀬の京都の夜に二人降り立つ。

    来年はきっとこの思い、隠しておけないだろうなって思いつつ、残り少ない今年を好きな人と共に過ごせる幸せを繋いだこの手に抱きしめて、除夜の鐘まであと数時間。


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