レコード用の歯車見て何か思いついたクロムが、カセキごと消えたまんま夜になろうがちっとも戻ってこない。のでメンタリストを科学倉庫に泊まらせている。正確には「泊まらせて」んのは今回からで、初日は二人して寝落ちたっつーアレだがな。普段は村のやつらの家を転々としてるらしいコイツは、何の遠慮か倉庫にあんま寄りつこうとしない。「ここで寝りゃ良いだろ」つったら、「いや〜〜」とか「俺は」とかなんとか言って口籠もるので、いい機会だと半ば強引に引っ張り込んだ。したら、ゲンは寝支度をする素振りもなく、現在進行形でその場に行儀よく正座したままいつものように袖口を合わせ、今までに見た中でいちばん所在なさげな顔をしている。仕方なしに身体を半分起こして尋ねた。
「ったく、何か不満でもあんのかよ」
「え~~俺が聞き分けないみたいな感じ!?」
はぁ、と困った顔のメンタリストはひとつ嘆息した。
「まぁご存じの通り俺ふだんは村のみんなのとこテキトーに泊まらせてもらってるからさ」
「ん」
「寝床もらえんのは結構助かるよ?でもここ元は、っていうかここ今でもクロムちゃんの倉庫でしょ。千空ちゃんがもらったらしいけど」
「あー、ありがたくいただいたわ」
で?と目線で続きを促すと、深い青を宿した双眸が室内をつぶさに見渡した後、きゅっと細められる。
「つまりさ、こ〜んないかにも少年たちの夢の秘密基地!って感じの場所、俺みたいな蝙蝠男にはちょ~っと居心地悪いっつーか」
「あ〜〜〜?」
「うん。伝わってないねこれ」
蝙蝠男のなんたるかを分かってない、みたいな顔でゲンが肩をすくめるのが少し腹立たしい。アホか。こちとらテメーの性分なんざ百も承知だわ。
(──要は、誰かの大事な場所にずけずけと入れねえっつーわけだろ。)
だがクロムと俺に限って有り得ない話だ。本当に何の遠慮だか、そこだけは分からない。
余所者は俺もこいつも同じだ。だから、だからこそ近くにいるのだと、そう思っていたのだが、違うのだろうか。
「ゲン」
「ん?うん。何」
名前を呼ばれて少し居住まいを正す男に毛布を投げつける。
「俺は寝る。アホなことほざいてないでテメーも寝やがれ」
「うわっぷ」
え、この話終わり……?と困惑する声を無視して俺は目を閉じる。しばらくすると灯明皿の火をフッと吹き消す音、ごそごそと衣擦れの音がして、そのうち二人分の呼吸だけが響くようになった。
メンタリストの眠りは浅い。
藁葺きの屋根を吹き抜ける風。秋虫に混じって時たま届く野生動物の声。長いサバイバル生活の結果、気にならなくなったそれらの音とは対照的に、耳に馴染まない寝息に何処かざわつく。寝ると言ったのは自分。だのに、非合理性の極みだと分かりながらもゲンの方へと身体を転がしてそっと目を開いた。開け放した丸扉が唯一の光源となって暗がりを照らす。
冷たく、どこか遠く、年上を感じさせる横顔だ。
大樹は見てたかもしんねえが、俺はコイツと司の共演とやらも本人に聞いて初めて知ったし、それどころか動いている姿なんざ一回も見たことがなかった。「ゴミみてえな」心理本の表紙で一度顔を見たきりだ。
それが、いつのまにやら外せない戦力であり、不思議なくらい噛み合う相手へと様変わりしている。
妙な話だ。
あまりよくは知らない男と、本当の意味では自分のものではない場所で、成り行き上寝床を共にしている。
妙な話だ、と今度は口に出して呟いて、一人で低く笑った。