沈清秋の下山 2 悲しみに暮れる清静峰は、責任者不在の状態で予算や物資を受け渡すことを拒否され、一月もせず彼らの物資は尽き始めました。
最後まで清静峰から出ることを渋った明帆でしたが、心細げに涙ぐむ弟弟子たちを前についに折れました。師尊が気にかけた子供たち。大師兄として彼らを損なうわけにはいきません。
岳清源が彼らを引き受けました。これは小九が帰ってくるまでの短期のことです。小九はすぐに帰るでしょう…。
そして半年に渡る清静峰主の捜索の後、清静峰は封鎖されました。
屋台の並ぶ混雑した通りで懐かしい声を聞き、柳清歌は咄嗟に動く体を止められませんでした。
「おい!あなた…!」
怒りにも似た感情が湧き起こり、彼は振り向かせようと力任せに肩に手をかけます。しかしすぐに自分が掴んだ男の肩の薄さに怯みました。
振り返った男は彼の探していた男とは全体の印象があまりにも違いました。
彼はこんなに華奢ではなかったはずですね…?
「この恥ずべき者はお詫び申し上げます。尊敬される仙師様は何をお望みでしょうか」
その男は理不尽な主人の命に従うことに慣れた態度で、すぐに頭を下げます。
目を合わせることもありません。
これは違います…。あまりにも違います。
「仙師様、どうか彼をお見逃し下さい」
横から声が入ります。どうやら彼らはサンザシ飴の店の前にいたようです。店主の老婆がうろたえながら視線を二人の間で泳がせる。
「彼は宿の下男です。飴を買いに来ただけなのです」
下男、と柳清歌は口の中で繰り返します。
ようやく男の肩から手を放し恐れるように一歩下がると、下げた頭の艶のない短い髪が目に入ります。そして彼が拱手していることに気づきます。
貧しい身なり。袖や裾の丈が足りず、彼の痩せた手足が大きく出てしまっています。
それらは繰り返し拷問を受けたかのような惨い傷跡で覆われています。なぜか手首から指先にはそのような傷はありません。水仕事で荒れた指先が薄く赤みを帯びています。
どのような主人が下僕をこのように虐待するのでしょうか。
しかしそれらの傷はかなり古いもののようです。今はもう虐待を受けていない。
これは彼ではありません。
彼は怠惰で傲慢な若旦那だったはずです。
これは彼ではありません…。
「この者は人違いをした」
柳清歌は自身が不当な目にあったかのように眉を寄せると、わずかに頭を下げ立ち去りました。
背後から老婆が男を気遣う声が聞こえ、彼は少し気まずくなります。
【更にひどい死ネタ】にゃんじぅさんは9度死ぬ
(猫は9個の魂を持つというステキネタを拝見して)
七哥とにゃんじぅさんは幸運にも二人揃って蒼穹山に弟子入りを果たしました。
数年後岳七は霊剣を手に入れました。
強力なその剣を屈服させるのに半年かかりました。
これでようやく小九に会えます。
「小九!この剣を見て下さい!七哥はやりました!」
小九はお気に入りの七哥の服の上で丸くなっています。
「小九?寝てますか?」
彼の姿は憶えているより小さく見え、毛並みは妙に艶がありません。
そっと触れた体は、すでに冷たく硬直していました。
霊犀洞の前に峰主たちが集まっています。
宗主は肩を落とし小さく首を横に振ります。
彼の筆頭弟子は重度の気の逸脱により心身を破壊し、霊犀洞に封じられました。
半年ほどがすぎたころ、霊犀洞から解放を望む悲痛な叫び声がするようになりました。
「私は行かなければなりません!」
七穴から血を流しながら剣で壁を切り裂き続けます。
「小九が待っています!!」
猫の小九は幼少期の栄養失調のせいで体が弱く、長く生きることができませんでした。
彼は次の小九が再びそうならないよう、早く保護しなければなりません。
結局彼は遅れます。
全身の裂けた霊脈が癒えたことが確認されるまで、彼は解放を許されません。
岳七は霊犀洞から出ると同時に蒼穹山を飛び出して行きます。
彼の師尊は彼を筆頭弟子にしたのを後悔すべきか悩んでいます。
五日後彼は飛び出したときのままの姿で戻ってきました。
腕には死んだはずの彼の小九と似た白猫が見えます。
彼の師尊は弟子がすでに黒く見えるほど劣化した血まみれの服で、どのように徘徊してきたのかを考えたくありません。どれだけ市井の人々を恐怖に落とし入れて来ましたか?
それでも彼の破壊にまみれた狂気は失せ、以前のような穏やかさが彼に戻ってきました。
宗主は彼の弟子の腕の中でくつろぐ白猫から目を逸らしました。
その毛玉が弟子の正気のカギだとは信じたくありません。
後日妓楼から蒼穹山の弟子が猫を強奪していったと訴えられます。
宗主は頭を抱えます。