水底へ沈む与えられた自室の椅子で眠りこけている探偵は彫刻のように美しい。霊体化してこの部屋に潜り込んだとはいえ、私を感知する素振りを見せない姿には落胆を覚える。
こんな男に私は敗北することになるのか。
霊体化を解いて、深く椅子に沈みこんで寝入っている探偵に近付く。
老齢の私曰く「超絶イケメン」らしいが、納得の造形だ。美しいものは美しいのだ。
そっと彼の頬に手を伸ばす。知りたい。衝動的な抑えられない欲求。何もかもを知り尽くしたい。老齢の私よりも深く深く彼の何もかもを暴いてしまいたい。
「やめたまえ」
灰がかった緑の瞳が私をハッキリと捕らえる。その瞳はぼんやりとしている。
「私に触れない方がいい。今のキミには些か刺激が強すぎる」
言葉の意味が理解出来ず、理知が宿った瞳を真っ直ぐと見据える。沈めていた体を起こし、ホームはふぅ……と小さく息を零す。
「経験した方が早いか……」
そう独り言のように零された言葉の真意を汲み取る前に、私の後頭部に何かが回された。ぐいっと強く体が引かれて、バランスを崩す。理知を宿したグリーンアイズが霞むほど近い。ああ、なるほど。己の状況を理解すると、やられっぱなしというのも腹が立つ。バランスをとるために背もたれに着いた手を彼へと伸ばそうとした。
「……ッ!?」
爆声と滝へと落下する映像が頭の中でリフレインする。違う。滝へと落ちたのは今の私ではない。私のものでは無い。この記憶は、恐怖は、私は知らない。
混乱のあまり彼から離れると、彼はふむと小さく零す。
「キミの魔力はよく馴染むよ。同郷だからかな。それはあちらのキミにも言えることだけど」
気分はどうだい? と世間話でもするような気軽さで話し掛けられる。ガンガンと痛む頭を抑えて、通常通りに振る舞う。だか、一つの疑念が気に掛かり、思わず尋ねてしまった。
「……貴方はいつも彼といる時、こんなものが再生されているのか」
きょとりと瞳を丸くして、彼は小首を傾げた。
「正しくは私と彼、だね。我々にとってあの滝は切っても切り離せないものだ。彼が傍にいる時、いつだって水の気配は消えない」
条件さえ揃えば、どこだってライヘンバッハへとなるのだからと当然のように紡がれる言葉。その瞳には水面のような揺らめきが映されていた。
「はっ……」
それが無性に腹立たしく、妬ましい気持ちを抱かせた。
耳鳴りも頭痛も治まらないのに、私は彼へと手を伸ばした。強引に頬を掴み、噛み尽くすようにその唇へと自身のそれを重ねる。爆声が酷く鳴り響く。ホームズが愉快そうに目を細める。ああ、全てが腹立たしい。