猫は蘇生する自動扉の前で立ち竦む。部屋の惨状とこれから起こるであろう厄介事に、自然と眉間に皺が寄る。溜息を呑み込み、パスコードを解除する。
「入室の許可を出した覚えはないんだがネ? ホームズ君」
紫煙が立ち篭り、紙が散らばる床は整理整頓されたかつての部屋とは様変わりしていた。
「模様替えも頼んだ覚えはないんだケド? 素晴らしい出来栄えではあるが」
「……お褒め頂き光栄の極みだよ。どういたしまして、教授」
「褒めてネーヨ、安楽椅子探偵」
いつもの陰気臭いコートを脱ぎさり、トラウザーにシャツだけの姿は英国紳士の欠片も見当たらない。青少年の教育に悪影響だっての。
床にちらばった書類と共にインテリアの一部と化してる探偵の頭を靴先で軽く突く。
どろりと濁った瞳が私を捕らえる。濁った瞳の中でさえ損なわれない理知の輝き。全くもって気に食わない。
「つまらない」
呟かれた内容は、拗ねた子供の駄々と変わらないものだった。そんなことで私の部屋は荒らされたのかと呆れ返る。
「お前がこの世界に飽き飽きしてるのと私の部屋の惨状にどんな因果関係が存在するのかネ?」
「だってつまらないんだ。僕が退屈してるのにキミは何をしている? 僕を楽しませるためにキミは存在しているんだろう? 役目を放棄するな、ジェームズ・モリアーティ」
いよいよ子供の駄々と変わらなくなってきた。家庭教師の経験を活かし、この大きな子供を宥めるべきか。
そうだな、私が悪かった、今からお前が楽しめる問題でも作ろうか?
「生憎とそんな一面はお前に対して披露する機会は訪れない」
だらりと無防備に投げ出された手首を掴み、乱暴に注射器を突き刺す。抵抗できないように、首も締めておく。サーヴァントの力なら難なく折れてしまうのだろうな、と思いながら抵抗ができない程度の力を込める。
薬液を全て流し込み、乱暴に注射針を引き抜く。
「即効性だヨ。精々バッドトリップを楽しみたまえ。」
退屈だと言うなら、喜んで娯楽を与えようではないか。それはお前のためのものではなく、私のものではあるがね。
苦痛に歪む顔が愉快で堪らない。意識が混濁していく様を静かに観察する。
「私を楽しませてみせたまえ、名探偵くん」