情感の底ハッキリと分かっていることは、かの名探偵は悪へと成り果てる前の僕には興味が無いということだ。それほど警戒する必要なしと判断されているのか彼からの接触は皆無に等しい。ただ時折、値踏みするような動向を探るような視線を感じる。その視線を一身に受けている時は、高揚を覚える。己の中の何かが満たされるのだ。その視線が欲しくて、悪巧みを企んだり、実行してみたりする。
そういう訳で、僕は今、反省室に放り込まれている。
「やり方がよくない」
我が怨敵はそう一言告げると、パイプ椅子に腰掛けると煙草をふかし始めた。作業の途中だったのか、シャツの袖が捲りあげられている。いつもは晒されることがない腕が露出している。白いナと思わずじっと見詰めてしまう。
「色々と模索しているんだヨ。老齢の私に比べれば可愛いものだろう?」
「悪事に軽いも重いもない。どれほど小さいものでも、実際問題、被害が出てしまっているからね」
だからこうして私が駆り出されている訳だが、と理知を宿した瞳が私を見据えている。ああ、観察されている。ゾクゾクと背筋に何かが走る。
「キミが何かやらかす度に、お前のせいだろ何とかしろ、と言いたげな視線に晒される私の身にもなって欲しいものだ」
やれやれと言いたげにふぅと紫煙を吐き出す。ふわふわと漂った煙は霧散していく。煙草を持つ手で口元を隠してはいるが、その口角は緩くあがっていた。
「この状況を楽しんでいる貴方に言われてもネェ?」
「そうだね。説得力はないと思うよ。楽しんでない、とは断言できないからね」
反省室に備え付けてある灰皿へ吸い終わった煙草を押し付けると、彼はグッと距離を縮めてきた。灰がかった緑の瞳がひどく近い。
「そんなに私の視線が欲しいかい?」
思わずと身を引くと、パイプ椅子がガタリと音を立てただけだ。
「欲しくなったら幾らでも言うといい。キミに、あげるよ」
端正な顔が近付いて来たと思えば、唇に柔らかい感覚がした。薄い唇はやはり冷たかった。緑の瞳がじっと私を見詰めている。ああ、満たされている。衝動のまま、僕は彼の後頭部へと手を伸ばした。彼は目を細めて、僕の行動に身を委ねている。
彼の口内に舌を忍び込ませれば、ぬるりと彼のそれも絡んでくる。好き勝手に口内を貪ると、積極的に彼の舌も動く。ぐちゅぐちゅと馬鹿みたいな水音が反省室に響き渡る。
「はっ……」
チュッと軽いリップ音を立てて、唇を離す。ふ、とホームズが小さく笑い声を漏らす。
白い指が僕の唇を拭う。
「可愛らしい」
うるさい、と言うように彼の胸倉を掴み、引き寄せる。やはりその瞳は楽しそうに弧を描いていた。