義父が子を押し倒す話*
「ホラ、これで文句は無いですね」
「ひぇ……」
父・水木は困惑していた。
自ら手塩にかけて育てた愛くるしい化け物が、やはり化け物だったのである。ほんの数日前まで小学生ほどのちまこい少年であったのに。どうしたことか、今や立派な青年に育っていた。比喩ではなく。
柳のように何とも不可思議な色香を持った男である。薄く、血色のない瞼に長い前髪がかかり、ツイと耳にかける仕草さえ匂立ちそうな。その流し目で、女の一人二人射抜き殺しそうな艶っぽい男。
ソレに跨られ、壁際に追いやられ、ずずいと迫られている。
「好い加減、腹を決めてください。水木さん」
心中も厭わないとでも宣うように吐息まじりに色っぽく囁かれ、水木は父として、断固として絶叫した。
「俺はお義父さんだぞッッッッッ!!」
鄙びた六畳一間に偉丈夫の悲鳴が轟いた。
*
鬼太郎は因果あってこの水木青年に育てられ、人間社会の中で生活してきた。だが、複雑怪奇で奇々怪界な人間たちの世の中に馴染むのは全く容易ではない。目玉のみになった実父に、夜な夜な連れ出される化け物社会の方が、よっぽど面白く感じたものである。
そんな鬱屈とした葛藤を抱えた中、目をかけ情をかけ、愛い子よ我が子よと育てあげてくれた水木に淡い恋心を抱くのも無理はない話である。
しかし悲しいかな、稚児の時分からオシメを替えていた男にとって、鬼太郎はいつまで経っても可愛い子どもでしかなかった。鬼太郎の見た目が、いつまでも子どものままだったことも大きいのであろう。
子どもを子どもと見なすところが、水木の美点であり、恋する男にとっては歯痒いところだった。それで、いよいよ辛抱できなくなって、鬼太郎は行動に移すことにした。積極的なところは母譲りである。
「お義父さん」
「ん〜、どうした。小遣いの前借りはしない約束……」
「好きです」
「へぁ」
「抱いてください」
「ブッッッッッッ」
直球すぎた。なんせ恋愛乳幼児である。夕飯後のまったりとした時間に出すにはあんまりな話題であった。案の定水木家のちゃぶ台は、お茶でびしゃびしゃになってしまった。当の鬼太郎は、大したことは言っていませんが?みたいな顔をして、ちゃぶ台を台拭きで拭いている。
しかし鬼太郎、自分なりにこの時間を持てるよう尽力した。大好きな義父と関係を持つため、大好きな父を妖怪たちの宴会に送り出せるよう、大事な大事なお小遣いを叩いてちょっと上等な酒を買い、土産に持たせてやったのである。(なにだか酷い文面だな。気が狂いそう)
満を持してぶん投げた告白。しかし結果は玉砕であった。
水木は父親らしく、こめかみにちょっと力を入れて、咳払いをした。
「よく聞きなさい。お前、身近な大人に憧れているだけだ。唯の気の迷いだよ」
「そんなんじゃありません。僕は本当に、」
「お前はまだまだ子どもなんだ。屹度これから、好きな子の一人や二人」
「ぼくが子どもの姿だからそう言うんですか。じゃ、大人なら良いんですか!」
「そ、そういう話じゃ、落ち着きなさい!おい、何処行くんだ!」
もうお父さんなんか知らない!とばかりに家を飛び出した鬼太郎。それから数日後。
母譲りの積極性を遺憾なく発揮した結果、話は冒頭に戻る。
*
「いやいや、幾ら身体が成長しようと…それにお前、その姿だってまだ高校生くらいだろう。お前を墓場から取り上げて、大事に育ててきたんだ。初めて抱いたお前はこんなに小さくて、お前は俺の息子で、可愛い鬼太郎、」
「ゲタ吉って呼んでください」
「話聞いてくれるか?」
「貴方に躾けられた、貴方好みの男ですよ」
「言い方!」
壁と両腕で逃げられぬよう囲われ、さらりと枝垂れて降り注ぐ色素の薄い髪。襟元から覗く鎖骨の白いこと。冷えた表情のクセ、此方をジッと見つめる瞳の熱いこと。
確かにグラリときそうな程、倒錯的な光景である。
(いかんいかん。此処は俺が、この子を正しい道に導いてやらねば……)
真人間として決意した水木は、この可愛い化け物を必死に諭そうと口を開いた。が。
「……駄目ですか。ぼくが人間では無いからですか。それで、袖にするのですか」
短い睫毛が影を作るほど瞼を伏せ、切なそうな声でそう言う男。ギリギリ力が篭っていた右手が、なよやかに水木の左肩に触れる。
「そんな、こと」
「一時の思い出で良いのに……。貴方は、僕より早く逝って仕舞うでしょう。その苦しみが……、一度だけで、それだけでぼくは。いつ来るとも知れない貴方との別れに、慰めを得られるのに……」
「……」
「もしも貴方に触れて貰えたら、どんなにか……。どんなに仕合わせか……」
そんなことを言うのである。よよよと胸に擦りつくのである。
殺し文句だった。
漢・水木は、此処まで言わせては男が廃ると、憎いことを言うゲタ吉を押し倒した。
切れかかって、ジジ、と明滅する電灯を眺めながら、男はうっそり微笑む。
「お義父さん……♡」
後のことは、六畳一間のみぞ知る。
人間臭いことを覚えた、可愛い化け物の勝ちということは確かである。