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    suzuro_0506

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    suzuro_0506

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    カルデア重工物語、最終決戦後からカルデアに戻るまでの一幕if
    高杉さんとヘクトール

    夜語り 深夜。窓の曇りガラス越しに差し込む月明かりが、書類が積まれた机や、雑多な物が押し込まれた段ボール箱を淡く照らしている。机の横に置かれた衝立の裏のソファでは、横になった黒髪の青年、藤丸が静かに寝息を立てていた。阿国やヘクトール、小次郎、そして高杉が、同じく事務所のソファや壁際でそれぞれに身体を休めている。
     カルデア重工の事務所である。吉田松陰と共にクロフネを倒した後、奇神に魔力を集めるため利用したサイタマ各地の魔力炉が軽い暴走を起こした影響で通信が不安定となり、レイシフトから安全に帰還できる状態が整うまでの間サイタマで待機するよう、藤丸たちにダ・ヴィンチらからの指示があったのだった。昨夜の事件もなんのその、存外逞しくいつもと変わらぬ日常を見せるサイタマの街で、藤丸たちは日中を思い思いに過ごした。明日の朝には用意が整う見込みとの知らせをカルデアから受け、最後の夜は拠点である事務所で休息を取ることにしたのだった。吉法師は自分の会社の方でやる事があるとかで、別行動をしている。

     藤丸の向かいのソファで仰向けに寝転がり、目を閉じているのは高杉だ。と、高杉が苦しげに眉を寄せる。それまで規則正しく上下していた胸の動きが不意に止まる。胸元を押さえて吐こうとした細い息が詰まり、ひくり、と肩が震えた。高杉は口を押さえて身を起こすと、静かに部屋を出ていった。
     高杉が去った直後、部屋の奥、ヘクトールと小次郎が閉じていた目を開け互いに目配せをする。数秒の無言のやり取りの後、ヘクトールが立ち上がり部屋を後にした。


     階段を最上階まで上った先、屋上へと出る扉の向こうから、くぐもった咳が聞こえた。ヘクトールがドアノブに手をかけ、そっと捻る。小さく軋む音を立てながら、ゆっくりと扉が開いた。
    「けほっ、ごほ、げほげほ、ッ」
     開けた扉のすぐ横、ヘクトールが目線を落とした先に高杉は居た。壁に片方の肩を預けて座り込んでいる。俯いた状態でひとしきり咳き込んだ後、何とか息ができるようになった高杉が、のそりと顔を上げた。半眼で見上げる高杉に、ヘクトールが声を掛ける。
    「よ、社長。随分としんどそうじゃない」
    「ヘク、トール。何しに来たんだ、こんなとこ。……ああ、煙草か?」
    「いやあ、アンタが一人で出てったもんだから。オジサン気になってね。煙草はちょっと禁煙中」
    「僕はまだ、信用できないって?まあ、前回は敵対、今回も一度、裏切ってるからな。警戒するのも、尤も、か」
     途切れ途切れに言葉を発したあと、高杉は数度小さく咳をした。
    「っ、心配しなくても、生憎と、すぐに新しく事を起こせる程、魔力が残ってなくて、ね」
    「心配はしてたけどね、そこじゃないんだな。お前さん自身の方。つーか、魔力があったらまた何か仕出かす気だったのかい?懲りないねえ」
     高杉の言葉にヘクトールが苦笑する。
    「事と言っても、君達を裏切るとか、そういうんじゃあないから、そこは、安心したまえ。…………僕自身?」
    「そ。アンタ先の戦いで相当消耗してたろ?また無理でもしてどっかで倒れられたらマスターが気にするから、ちょいと様子を見に来たわけですよ」
    「そいつはご苦労だな、っ」
     再び発作が起きた高杉が、口元を押さえて激しく咳き込んだ。高杉の前に膝をついてしゃがみその背をさするヘクトールの手に、着物越しのじわりとした熱が伝わってくる。咳だけでなく、発熱もしているらしい。血こそ吐いていないものの、やはり霊基の状態は芳しくないようだった。
    「ソファで休んでた方が楽だったんじゃない?」
    「マスター君が、起きるだろ」
     高杉が身体を少しずらして壁に背をつけた。脱力して肩で浅い呼吸をしながら、茫洋とした目が遠くを見る。
    「ここなら、多少煩くしても問題無い。……それに、ここからの眺めを、見たくなってね」
     ヘクトールが床に腰を下ろして同じ方を見れば、維新都市最大のタワーが宵闇の中で煌々と青白い光を放っていた。元高杉重工本社ビルである。現在は吉田コンツェルンのものであり、松陰の家紋と吉の字を組合せた企業ロゴがタワー正面に大きく飾られている。松陰が居なくなった今、タワーは再び高杉重工の物へと戻るのだろうか、とヘクトールは考えた。
    「なあ、何か話してくれよ。面白いやつ」
     何をするでも無く座ったままでいるヘクトールに、高杉が話しかける。
    「ぇえ?突然だね」
    「下に戻る気が無いなら、ちょっと僕に付き合えよ。眺めは良いが、黙って考え事するのにも飽きて、気が滅入ってきてたんだ。ほら、あるだろ、武勇伝とか」
     咳が止まってからも、時折高杉の顔は苦しげに歪んでいた。雑音混じりの呼吸音、病んだ肺が齎す息苦しさから気を紛らわせたいのだと察して、ヘクトールは希望に応えてやることにした。
    「……そうさなあ、じゃ、一つオジサンの昔話でもしますか」
     本人の口から語られる異国の英雄譚に、高杉が楽しげに聞き入る。あまり自身の人生をわざわざ誰かに語って聞かせるものでもない、と考えるヘクトールだったが、高杉から向けられる純粋な興味と感嘆は、存外心地よいものだった。

     ヘクトールの話が終わり、屋上に静寂が訪れる。
    「……また、先生と会えるとは思わなかった」
     どこかふわふわとした声色で、高杉が呟く。返答を求めるものではないその言葉を、ヘクトールは黙って聞いていた。
    「見ていて、ください、先生……今度こそ、僕は……」
     高杉の瞼が重たげに瞬く。意識が混濁してきているようで、隣にヘクトールがいる事も、今の高杉には認識できていないのかもしれなかった。後に二言三言何か続いた小さな声は夜風に攫われ、ヘクトールには聞き取れなかった。
     不規則な喘鳴が小さくなり、ゆったりとした呼吸音へと変わる。完全に意識が落ちたらしい高杉の表情は、寝息と同じく穏やかなものになっていた。
     夜が明けて藤丸達が二人を呼びに来るまで、ヘクトールはこの若者のしばしの休息を見守ったのだった。
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