執務室にて 机の端に置かれている水の入った紙コップと錠剤が入っているらしい薬袋を横目に、斎藤は書類仕事をしている最中の高杉へと封筒を差し出した。
「ほい、頼まれてたもん持ってきたぜ」
「ああ、助かる」
高杉は書類から顔を上げないまま封筒を受け取った。
「なあ」
「何だ」
「それ、飲む時間なんじゃないの?秘書ちゃんが用意してくれたんだろその水」
顎をしゃくり薬を示す斎藤。それを一瞥し、高杉は再び手元へと目線を戻した。
「後で飲む」
「後って言って飲む気ないだろ」
斎藤が薬袋を手に取る。
「おい、勝手に触るんじゃない」
高杉の言葉を無視して、ガサガサと紙袋の中のPTPシートを手のひらに出す。輪ゴムで束ねられたまま一つも錠剤が開けられた形跡の無いそれは、袋に書かれた処方の内容と残量からして一度も飲まれていないらしい。調剤日は一週間前の日付だった。
「全然減ってないな?」
「……」
「なんで飲まないんだ」
「飲まなくても問題無、っ、ケホッ」
「説得力無えなあ」
言葉の途中で咳き込んだ高杉は、しまったと眉を顰めた。
「ほら」
コップと錠剤のシートを差し出す斎藤。高杉はそっぽを向く。
「置いておけ。後で飲むって言ってるだろお節介だな君」
「後でも今でも変わらんだろ。今飲めよ」
「しつこいぞ……っ!ゴホッゲホッ」
苛立って声を荒げたのが刺激になったようで、高杉が再び咳をする。
「はぁ……ま、言って素直に聞くあんたじゃないよな」
溜息をついた斎藤が、錠剤を1つシートから手の中へ押し出すと、高杉の頬を強く掴んで口を開けさせる。舌の上へ錠剤を放り込み、続けてそこへ紙コップの中の水を注ぐと無理矢理高杉の鼻と口を手で塞いだ。
「んぅ!?っ―――!!」
「飲んだら離す」
息が出来なくなり高杉が抗議の呻きを上げる。手を離させようと試みるも、筋力の差でびくともしない。高杉の喉が、数秒の後にゴクリと動き口の中のものを飲み込んだ。それを確認して、斎藤が高杉から手を離す。解放された高杉の喉が、ヒュ、という音を立てて息を吸った。
「っ、ゲホッカハッ……!馬鹿、殺す気か!気管に入ったらどうする!」
「おーおー、そんだけ言い返す元気があんなら大丈夫そうだな」
椅子から立ち上がり咳き込みながら掴み掛かってくる高杉にされるがまま、斎藤はいつもの調子のゆるい笑みを浮かべる。
「殺す気か、とはね。あんたいっつも無茶ばかりするし病院から出された薬も飲んでねえみたいだし、死にたがりなのかと思ってたよ。違ったか」
「はあ?僕が死にたがりだなんて、どんな勘違いだ君。そんなわけないだろ」
肩で息をしながら高杉が半目で斎藤を睨む。
「生き急いでるように見える、って言った方がいいか?」
言葉を変えた斎藤の返答に、高杉は先程までの勢いを失った。斎藤のシャツの胸元を捻り上げていた手を下ろし、しばし黙り込む。
「……別に、そういうわけじゃない。そう見えるだろうことは否定しないが」
「だったら医者の言う事ちゃんと聞いて休んどきな?本来ならまだ安静にしてなきゃいけないのに、無理言って退院早めたって聞いたぞ」
「おい誰だ余計なこと言ったのは」
乱暴に椅子に座り直した高杉は舌打ちをしてぼやいた。シャツの首元の留具と眼鏡を外し眉間を揉む。遮るものが無くなったその目許には、よく見ると薄っすら隈ができていた。高杉は書きかけていた書類を雑に横にどけ、机の上へと突っ伏した。
「……誰が早死になんてしたいものか……まだまだやるべきことが残ってるんだからな……」
「おい、高杉?……ちょっとやり過ぎたか」
「そう思うならやるなよ……。……君がさっき、無理矢理飲ませた薬だが……副作用で、眠くなる……だから飲むのが嫌だったんだ……くそ……」
「具合が悪化したわけじゃあ」
「無い……」
斎藤が見守る前で、うとうととし始めた高杉の身体から徐々に力が抜けていく。
「副作用っつっても、むしろ眠って休めって意味で好都合なんじゃないの」
「僕にとっては……不都合だ……自分の身体のことを気にして、のんびり寝てる暇なんて……」
「それを生き急いでるって言うんだろ……難儀なこった。……なあ、ところでその薬そんな即効性あるもんなの?」
斎藤の疑問に高杉からの返事は無く、寝息だけが返ってきた。