伏黒が任務で死にかけたらしい、という連絡が回って来たのが昨日の夕方。一瞬目の前が真っ暗になって、血の気が引いた。それで、死んではないんですよね、と固い声で聞き返したところ、死んではないです、それよりアドレナリンが出て目が物凄いことになっていますね、と電話の向こうで伊地知さんが怯えたような声を出した。たしかに、あいつ限界超えるとマジで顔怖いもんな……と思って、そしたらなんだか気が抜けて、変な笑い声が出た。
特級が一体。最初の報告だと悪くて一級だという話だったのが向かってみればエラいことになっていたという。とにかくかなりお疲れのようですので、高専に寄らずお家まで直接送り届けますねと伊地知さんは言って電話を切った。伏黒ではなく伊地知さんが電話をかけてきたのは、暴れ回る呪いのせいで伏黒のスマホと家の鍵が吹っ飛んで行方不明になったからだ(財布はかろうじて生存)。伏黒ん家の合鍵を持ってる俺に連絡するのが一番手っ取り早かったんだろう。あいつ、厄日なんかな。
送り届けられた伏黒は、伊地知さんが怯えるのも納得のおそろしい顔をしていて、目とかもうホラー映画みたいだった。 お、お疲れ……と労りの声をかければ、無言で頷いて靴を脱いで上がってくる。なんか三歳くらい老けてない? とは思うが、見た目にはそれほど大怪我を負った訳ではなさそうだった。ちらちら切り傷や打撲はあるものの、さすが伏黒さんである。
「とりあえず湯を溜めてみましたけども」
「失くした」
「ん?」
「キーリング。前にくれたろ」
「あー! あー。だよな、鍵吹っ飛んだもんな」
伏黒ははあ、とため息を吐いて、それが予想以上にへこんでいるというか落ち込んでいるというか、そんな感じなのがなんだかむしろ意外だった。失くしたキーリングも随分前、たしか付き合い始めた頃に贈ったやつだ。けっこう傷もいってて、見るたびにまだ使ってくれてるんだなあだとか、物持ちいいなあ、なんて思っていた。
「しゃーない、むしろそれくらいで済んでよかった! 明日、スマホ買い直すついでに新しいの買おーぜ」
脱衣所で服を脱ぐ伏黒の背中を叩く。大怪我を負わなかったとしても、真新しい傷を見るのはつらい。本当に、物を失くしたくらいで済んでよかったのだ。お守りの役目を果たしたと思えばいい。そういって励ますと、伏黒は大人しく頷いた。
***
「アクネかわいいですよね」
伏黒が渋い顔をしている。棒立ちであれこれと服を合わせられながら、めちゃくちゃ帰りたそうな目を向けてくる。お目当てのキーリングは某ストアでスマホを買い直したあと新しいものを俺が選んで購入済みだった。ここは払う、いや俺が、と恒例のやりとりをした結果俺が負け、そうなるとなんだか意地になって「じゃあなんか別のもん買ってやる!」と伏黒いわく意味不明な展開になり、結果こう。俺も大概だけど伏黒も似たような色形の服ばかり着るので、新しい服を見繕うことにした。セレクトショップで、これは? これは? と色々手に取っていると店員さんがスーッと寄ってきて、会話に参加してくる。かわいいっすよねこれ、と頷き合いながらコットン素材(らしい)のニットをかざすと「色しんどい」とだけ言われた。はっきりした青色で似合いそうだけど。明るすぎるのはやめてほしい、とつらそうな顔をするのでかわいそうになり、シンプルめで……と店員さんにお願いする。
「結局白Tかもしれん」
「……」
この辺りおすすめですねーと教えてもらったシャツを合わせてみたところ、目新しさはないけどしっくりきた。さっきと同じブランドらしく、胸元に小さくロゴが入っている。なんだろう、形なのか素材なのか、俺が着ると若干運動部になりそうな気がするけど伏黒だとさらっとしてて良い。
「顔っすか?」
思わず店員さんの方を見る。え? あ、はい、あの、たしかにお顔立ち整ってらっしゃるので……。言わせたみたいになってしまい、伏黒に小声で「バカ」と怒られた。や、でも顔じゃないこれ? ハアーッと思わず顎を引いて眺めていると「母親か」と突っ込まれる。こいつあれだな、シャツとかカーディガンとか、そういうのも似合うし。カーディガンが似合う男は貴重、と前に釘崎が言っていた。なんかわかった気がする。
「伏黒お前、顔かっこいいわ……」
「何年も見てんだろ」
ぶっきらぼうに言う伏黒に「おっ照れてますね〜」とニヤニヤすれば、ム、という顔をされた。かわいいやつめ。
***
小洒落た店を回ってなんだか疲れ切った俺たちは、何かを取り戻すべく小汚い焼肉屋に飛び込んだ。買ったばかりの服に匂いがつくかもしれないけど、まあ、洗濯しよう。伏黒にあれこれと服を選ぶのも楽しかったけど、こういう方がふたりとも性に合う。
レモンサワーを煽りながら、伏黒を眺める。キレーな顔だ。目つきはまあ良くないけど、鼻と口がツンとしているのがいい。色が白くて、背丈もそれなりにある。テレビで見かける若手俳優は大体こんな感じだし、流行りの顔といってもいいかもしれない。
「で、俺はふと、なんでこんなカワイイ男にいつも襲われてるのかと……」
「は?」
じゅう、とタン塩を網に押し付けていた伏黒が怪訝な顔をして目線を上げる。いつもより顔がハッキリしているような。俺がそう見えてるだけかもしれない。ピカピカだ。昨日三歳くらい老けてたけど元に戻っている。だって焼肉食ってるしな。そりゃ元気も出る。いい具合に酒が回って、思考がふわふわしている自覚はあった。いやー、俺の彼氏は格好いいな。うんうん頷いていると、伏黒にじ、と見つめられて、それから「はやく食え」と取り皿に肉が投げ込まれた。