「ルールを決める。まず誰が潰れたとしてもお互いに介抱すること」
「うん」
「次に、死ぬほどは飲まない。私は駅前で潰れてるダサい大学生みたいにはなりたくないから」
「捻くれてんなあ」
「最後に、楽しい酒にすること。痴情とかは持ち出すな、絶対」
「釘崎はこの面子で痴情がもつれかねないと……?」
「三人のうち二人が付き合ってんのよ、 世間一般だったら間違いなくもつれてるわよ。あと成人の祝いという名目で集まった場で何かが起こらないなんてことはまずない」
「なんかの見過ぎだって」
「とにかく以上のことは守りなさい」
「えー、小難しいこと考えずに適当にいこーぜ」
「うるさい。一筆書くか?」
「こわい」
飲み会の始まりがこんなことある? 俺が釘崎に脅されている横で伏黒は黙々と注文用のタブレットを操作している。途中、うまくパネルが反応しなくなったのか(伏黒は手が乾燥しがちなのでたまにこうなる)無言で渡されたのを受け取り、何飲みますかーとアンケートを取る。
「ビール」
「ビール」
「じゃあ俺もビール」
ついでにいくつか食べ物も頼んで、あとは待つだけ。釘崎が「花粉で鼻かみすぎて化粧ボロボロ、最悪」と言ってスマホの内カメラで顔を確認している。俺にはその差異はよくわからない。
そういえば、と釘崎が口を開く。
「成人式行った人」
「……」
「……」
「ゼロかよ」
そういうやつらの集まりよね、忘れてたわ、と釘崎が言うのでそっちこそ行ったのかと聞いたところ、行ってないらしい。なんだそれ。
意味のない会話だな、と伏黒がぼそっとこぼし、間髪入れず脚を蹴られていた。喧嘩すな。
「まあまあ、これが俺らの成人式ってことで」
よくわからない音頭とともに、やってきたばかりのジョッキを持ち上げる。
ふたりは「はいはい」とか「おー」とかあまりやる気のない声を上げて、ジョッキを合わせた。がち、と音がする。
うーん、この気負わなさ、祝い感のなさよ。と思うものの、でも俺ららしくて、悪くない。
「あ、五条先生にお祝いもらった?」
「もらった」
「伏黒も?」
「ああ」
「お、じゃあ何もらったかせーので言おうぜ。せーの」
「現ナマ」「現金」「金」
先生……。いや、めちゃくちゃありがたいけども。
伏黒が「祝儀みたいなもんだろ」と言いながら枝豆に手を伸ばす。
「ただそもそもいち生徒の俺らにさ。金くれるってだけで気にかけてもらってんのはわかる」
「……そうね」
「今日は先生のお金で酒飲みますって連絡入れよっかな」
「僕も混ぜてとか言って来るぞ」
「来るか? こういうチェーン店」
とりあえず成人でも祝うか、という釘崎の雑な提案のもとひとまずデカい駅に集合した俺たちは、さらに「あんたらだからあんま気合い入れてない」とやや失礼なことを言う釘崎に合わせて高そうな店は外し、結局よくあるチェーンの海鮮居酒屋に落ち着いていた。
「ビールおいしくない……」
ジョッキを置いた釘崎が苦い顔をする。
たしかに、最近二十歳になったばかりの俺らにとっては馴染みのある味ではなかった。
「俺飲もうか? 別のもん頼む?」
「大丈夫。世の大人がこぞって言う『とりあえず生で』に打ち勝ちたい」
「何と闘ってんの?」
「逆に俺が飲んで欲しい」
「まさかの伏黒」
「ちょっと甘えてんじゃないわよ」
伏黒的に食事中の炭酸があまり……ということらしい。二口くらいでいいな、と言いつつなんだかんだ飲み進めているので、代わりに飲むほどではないみたいだった。
このふたり、意外と世話が焼けるんだったということを思い出す。
ビールくらい飲みなさいよ。お前もな。やいやい言い合っているところに「蟹味噌甲羅焼き食べる人〜」と呼びかけると、すぐさま二本の腕が上がる。……ほんとかわいいよこいつら。
「で、あんたらヤッたの?」
思いきり吹いた。俺がビールを。伏黒が枝豆を。そういえばこいつさっきから枝豆しか食ってねえな。そんな現実逃避をしそうになる。
「野薔薇さん……?」
「もう成人したからいいかと思って」
おしぼりで口許を押さえる。猥談に入るにしても早くない?
伏黒は「何も聞かなかったです」みたいな顔でまた枝豆を食べ始めていた。だから枝豆以外も食えって。
「……ノーコメントでお願いします」
「あっそ。なんかもうわかるけど。距離感的に」
「え!? やっぱわかるもん!?」
「虎杖それほぼ答えてるぞ」
へらへらしていたら「順調みたいで」と適当に片付けられる。話振っておいてこの仕打ち。
でもそれから、「ズカズカ踏み込むことじゃなかったわ、ごめん」と謝られた。ビールを煽るその姿が、なんだか大人に見える。その後すぐに「にが」と言って顔をしかめていたけど。
全然いいよ、なんなら事細かく話してもいいくらい、と言ったら「俺が死ぬ」と伏黒からストップがかかった。
*
「伏黒ー寝るなー」
「釘崎カバンそこ置かない!忘れるから!」
自動精算機に一万円札を吸い込ませながら、うつらうつら船をこぐ伏黒の首根っこを掴み、なんか全身痛い、といってカバンを放り投げようとする釘崎を止める。全身痛いのは歌いながら全力で踊ってたからだよ釘崎。
終電ギリギリまで飲み続けた俺たちは「カラオケ行くぞカラオケ!」と完全に酒が回った釘崎に引っ張られて、居酒屋から一本通りを挟んだ先にあるカラ館に飛び込んだ。
懐かしの、高専時代の俺たちの遊び場。あの頃はまだ、コーラばかり飲んでいたのに。
それでもやっぱり釘崎の一曲目は陽水だったし、伏黒は半分寝てるのにめちゃくちゃしっかりした口調で「30分前に10分前の連絡ください」と店員さんにお願いしていて、その変わらなさに意味わからんくらい笑った。
俺ら、二十歳だって! 途中、熱唱する釘崎に負けず劣らず声を張ったら「二十歳がなに? 酒が飲めるくらいでしょ」と返ってきた。俺はその言葉にすげえ痺れて、伏黒は俺にもたれかかって完全に寝ていた。
「外の空気吸ったら急に冷静になってきた」
学生時代と違って肩につくまで伸ばした髪を手櫛でまとめながら、釘崎が言う。
「伏黒起きてる?」
「……起きてる」
カラ館を出て駅までの道を歩く。外は明るくなり始めていた。そろそろ始発が動き出す頃だろう。
「こういうの、ずっとやりてえなー」
なんとなくそうつぶやくと、数歩先を歩いていた釘崎が振り向いて「やればいいじゃない」と言った。生き延びたんだから。
そうか。俺ら。
「そっか!!!!!!」
「うるさ」「うるせえ」
双方から声が飛んでくる。肩組んで良い!?肩!と聞いたら普通に断られた。
「次、何会にする? 俺は浅草のホッピー通りとか行きたい」
「今酒の話やめて。吐く」
「……」
「伏黒寝てる!」