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    頂いたお題で『めぐの運転でドライブ』のめぐゆじです。夜のお話にしてみました。ありがとうございます🌙

     車に乗り込むと暖かい空気に包まれて、一気に気が抜けた。車内にはうっすら音楽が流れている。伏黒の好きなイギリスのバンドだった。どうも伏黒の中で冬はこれ、夜だとこれ、と決まっているアルバムがあるらしく、俺はそれらを大体覚え切るくらいには、こうして助手席に座っている気がする。

     コンビニで買ったホットコーヒーを手渡すと、伏黒は礼を言って口をつけた。自分にも買ったカフェオレを同じように飲もうとして、まだ熱くて諦める。行くか、と伏黒が言うのに頷いた。車が滑り出す。コンビニの、明るすぎるくらいの光が遠ざかっていく。終電はもうとっくに終わっている時間だった。人気が少なくなった街並みはそれでも都会らしく、まだ眠ることなくかがやいている。

     新宿での任務だった。どの街でも、繁華街で発生する呪いというのは他と比べてもどこかグロテスクで、自分のコンディションが悪いと消化しきれないことがある。場所で呪いの種類が変わるというわけではなく、そこが学校だろうが山だろうが最悪なものは最悪だけど、人が多すぎるのがだめだった。老若男女、昼間でも深夜でも大勢の人間が生きて歩いている。そのことが、どうしても耐え難いときがある。

     そういう時、最初は頭を冷やすために一人歩いたりしていた。でもいつだったか、なんとなく何かを吐き出したいような気持ちになって伏黒に電話をかけた日があった。今日と同じ、もうとっくに寝ているような時間だったと思う。しばらく呼び出し音を鳴らし、さすがに迷惑だったかと切ろうとしたところで、「今何時だと思ってんだ」という掠れた声が聞こえた。
     通話越しでもわかるくらいにはキレてて、でもその声の奥はなんとなく優しかったのを覚えている。俺は悟られないようにふざけた声で、眠れないから相手が欲しくて、なんて言っていたのに伏黒はすぐに何かに気づき、「今どこだ」とたずねた。北池袋の住宅街を歩いていると白状したら、数秒の沈黙ののち「迎えにいく」と言われた。俺が戸惑っている間に物音がして、車のキーを、あの玄関先に置いてある小物入れから持ち上げる音がかすかに聞こえた。
     ああ、もう終電ないもんな、と思って、こんな真夜中に車出すのか、それってどういう意味なんだろう、とそんなことを考えているうちに通話は切れて、そうして伏黒は俺の元までやってきたのだった。

     その日から、伏黒はときどき俺を助手席に乗せて目的もなく車を走らせるようになった。あてどない、ただ俺を落ち着かせるためだけの。

    ✳︎

     運転には性格が出るらしい。伏黒の運転は無駄がなく、静かだった。もともと電車より車の方が好きだという。人がいないから、と言っていた。

    「歌舞伎町にさあ、夜中から朝までやってるカウンターだけのイタリアンがあるらしい」
    「珍しいな」
    「べろんべろんに酔っ払ったキャバクラのお姉さんに教えてもらった。地下にあって、隠れ家的な。おいしいんだよって」
    「誰だよ」
    「なんか任務終わって帰ろうとしたらそのお姉さん道でタクシー支えにして逆立ちしようとしてて。ヤベーと思って見てたら絡まれた」
    「……状況すごいぞ」
    「どこのキャッチ? 一緒にアフター行こ! て言われて、いや違います〜つって逃げてきた。こえーな東京は……」
    「お前のその変な絡まれ方するやつ、なんとかならねえのか」

     運転席で伏黒が呆れた顔をするのがわかる。俺も知りたいよそれは。底抜けに楽しそうだったお姉さんを思い出して、ちょっと笑ってしまう。残念ながら逆立ちは達成されず、それでも華麗に側転をキメていた。みんないろんな場所で、いろんなやり方で働いている。たまには側転をしたりして。

     車は西新宿に出て、高層ビルやマンションが立ち並ぶ道を走っていた。肩の力を抜いてシートに沈み、伏黒となんでもない話をする。そうしながら、ここが世界で一番落ち着く場所かもしれない、と思う。
     
     会話は途切れて、ふたりともまっすぐ前を見ていた。車一台分空けた先を走るタクシーのナンバープレートを、意味もなく頭の中で読み上げてみる。そういえば前、タクシーにガンガン煽られて伏黒めっちゃキレてたな、とかそういうことを思い出す。
     一度、思い立って芸人の深夜ラジオを流してみたことがあった。それが結構おもしろくて二人とも笑ってしまって、普段バラエティ番組も真顔で見ている伏黒のツボをそのとき知った。
     どうしてもファミチキが食べたくなって、コンビニに寄ってもらったこともある。伏黒に「絶対にこぼすなよ」と真横から脅されながら食べたら、緊張感で味がしなかった。
     いつもコーヒーを買って献上するのに、趣向を変えてドンキで買ったキムチサイダーなるものを渡してみたところ、ちょっとした事件になった時もあった。盛大に咽せる伏黒に死ぬほど笑って、というか一応飲んでみるんだ、と思った。
     窓の外を流れる景色はどこも似たり寄ったりだななんて思うのに、こんなくだらないことは何故か思い出せる。

     明らかにさっきまで寝てたんだろうなあという感じの髪と服装で迎えにきてくれた、あの眠そうな顔。出発するときの、エンジンをかける手つき。いつも変わらない「行くか」の言い方。俺が疲れて寝てしまったら、途端に優しくなる運転。信号が変わるのを頬杖をついて待っている横顔。俺を元の形に戻してくれた、すべての夜。会話。匂い。笑い声。それから普段伏黒が決して言葉にはしない、愛みたいなもの。

     そういうものを、俺はすべて大事に覚えている。

    「……愛してるよふしぐろー」
    「なんだ急に」
    「別にー」

     笑って、カーステレオに手を伸ばす。音楽を止め、ラジオに切り替えた。忘れられない夜が、またひとつ増える。
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