「さすがにこれだけ人が多いと暑いな」
そう言って司は暑さで汗ばんだ首筋をパタパタと手で仰いだ。
日が暮れたとはいえ、夏の真っ最中、それも夏祭りの人混みに加えて通気性としてはだいぶイマイチな浴衣を着ている司とえむは暑い暑いと言いながら、半袖のTシャツと短パンを着て涼し気な格好の寧々の持っている手持ち扇風機にまとわりついた。
「ちょっと、あんまり近寄らないでよ。暑い」
「ふふ、そんなに暑いならかき氷でも買ってこようか?」
同じく浴衣ではなく、普通に私服で来た類が遠くの方にかき氷屋の屋台を見つけて指さす。
「そうだな、アタシも行こう。えむ、寧々何がいい?」
「私イチゴ味がいい!!」
「私ブルーハワイ」
「いちごとブルーハワイだな。わかった。ここで待っていてくれ」
2人を腰掛けられる段のあるところで待たせて、司は類の腕と体の間にするりと手を入れてきた。
腕を組んできた司の意図が分からなくて、ぎょっとして司を見ると、なんだ?と問いかけるような上目遣いの視線を送ってきた。
その表情に類の心臓はドキリ大きくと跳ねた。
類は自分で自覚しているほど司にベタ惚れであった。
好きになった理由は単純で、ずっと自分のやりたいことを受け入れてくれる人なんていないと思っていたのに、類のやりたい演出をなんでも受け入れてくれ、それに加えて顔も可愛い、体も綺麗で優しい性格の女の子を好きにならない方がおかしいと最近開き直り始めた。もはや類にとって司が最近天使に見えてきてしまっているが。
類は今まで誕生日パーティーに来てくれる友人さえほとんどいなかった男である。
たまに司はこういう風に無自覚に思わせぶりな態度をとってくるのだが、いくら天才的な頭脳をもってしても対処方法がまったく思い浮かばず、なんと顔に出さないようにするのが精一杯で、いつもの実験の時とは反対に類の方が司に翻弄されている。
「司くん、どうしたの?」
「ん?あぁ、はぐれたらいかんからな!」
あくまでも平然を装って聞いてみても何かおかしいか?とでも言うような顔で司は笑う。
恋人ならまだしも類たちはただの変人ワンツーである。この距離感はさすがにおかしいのではと思いつつ、類はこの棚ぼたを心ゆくまで堪能しておこうと決意した。
数分歩くとかき氷屋の屋台についた。
着くまでにたまに他の人を避けるためとか、類側の屋台を見るために近寄ってきて胸が腕に押し当てられたりしてなんとか表面上は平静を保っていたが、心臓の音が太鼓の連打のように鳴っていた。
暑いからか客もそこそこ居てここでも数分並ばなければならなかった。並ぶために止まった状態であればはぐれる心配もないため、ここでこのボーナスタイムは終わりだなと類は少し残念に思った。
しかし離れると思った司の腕は列の最後尾に並んでもそのままであった。その状態で普通に話すものだから、類は内心ドキドキパニックを起こしていたが、司は無自覚でやっているのだろうなと思い、ボーナスタイム延長に密かに感謝するのであった。
そしてその腕はかき氷を2つずつ手渡されるまで離れることはなかった。
シロップを自分でかけて、スプーン型のストロー刺して寧々とえむの元に戻ると、えむが待ってましたとはしゃいで、いちご味のかき氷を受け取り、それを見て思わず微笑ましい気持ちになる。
4人で並んで腰掛けて、かき氷を食べはじめた。
「寧々ちゃん、色はわっへる?」
「うん、えむの舌真っ赤になってる」
「寧々ちゃんは真っ青になってる!」
食べ終わったあと、えむが寧々にかき氷のシロップで真っ赤になった舌を見せる。
楽しそうにきゃっきゃっと笑うえむと寧々を微笑ましく見つめていた類に、隣の端に座っていた司がくいくいと服の裾を引っ張ってきた。
「私の舌、何色になってる?」
「・・・紫に、なってるよ」
同じく食べ終わっていた司が、べと舌を突き出して見せてくる。
なんかエロいなとか一瞬浮かんだ考えを直ぐに打ち消して、またドキドキ高鳴る鼓動を抑えて何とか普通に答えた。司が食べていたのはグレープ味だったのでくっきりと舌の色が紫に染っていた。
「ふふ、お前の色だな」
少し頬に朱をさして、無邪気に笑った司と破壊力満点のセリフに類の心臓は瞬く間に撃ち抜かれる。そもそも今まで射抜かれすぎて穴だらけの心臓にまだ射抜かれる部分があったことに驚いた。
今までの攻撃が全てジャブであったのかと錯覚するほどの破壊力。クリーンヒットである。
思わず手に持っていたラムネ味のかき氷が入っていた紙カップをぐしゃりと握りつぶした。
「・・・僕、ゴミ捨てて来るね」
もはや今は平静に見せかけることすら難しそうで、顔を見せないように足早にみんなの食べ終わったゴミを回収すると、そのまま人混みに隠れるように紛れた。
「・・・危な、キスするところだった」
天使のような甘い顔で、類の気も知らないで無垢に心を引っ掻き回したセリフを言った想い人を思い出して、耳まで赤く染った顔を抑えて言ったその呟きも人混みに吸い込まれていった。
「なんか、類が哀れになってきた・・・」
取り残された3人の中で消えていった類の背中を憐れみながら寧々がぽつりと零した。
「ん?何がだ?」
「いや、あんたが・・・」
「類くん、ドッキンドッキンキュンキューーーンって感じだったね!」
「ドッキン・・・?」
元凶の司はいつものようにカラッと笑って、寧々の言葉の意味を分かっていないみたいだった。
類の隣に座っていたため、何となく一部始終を聞いていた寧々が人混みに紛れて消えていった憐れな幼なじみの背中に向かって心の中で合掌した。
寧々の隣にいたえむもいまいち分かっていないようだったが、人の感情の機微に敏いえむは類の状況だけは分かっていたみたいだった。やはり司はよく分からないといった表情を見せたが。
しばらくすると類が戻ってきて、まだ少し赤い顔をして、落ち着かない様子の類を見て司はイタズラが成功した子供みたいにこっそりと笑った。
そうだ、もっともっと掻き乱されればいい。
「もし、わざとだって言ったらお前はどうする?」
「え?司くん何か言った?」
その小さな呟きは祭囃子にかき消されて隣にいた類が聞き返してくるが、なんでもないと天使のような笑顔を纏った小悪魔は舌を出して笑った。