I want you. 4月28日がエミリオさんとサイラスさんのお誕生日であることは、かなり前から知っていた。だから、準備期間は十分にあった。それなのに、私はギリギリまで準備ができずに煮詰まってしまっている。成人男性へどんな物をプレゼントとして贈れば喜ばれるのか、見当がつかなかったからだ。
サイラスさんは、壺の収集が趣味であることを最近知ったので方向性は決まった。でも、エミリオさんはまだ何も決まっていない。
実は、私はエミリオさんに対して淡い恋心をすでに抱いている。恋は盲目と言うのはちょっと違うかもしれないけれど、彼のこととなると判断力が鈍る。いったい何を、彼にプレゼントしたら良いのだろう……。
「あっ」
包帯などの消耗品の買い出しに街へ出かけた私は、その帰りに、雑貨屋の店頭に置かれていたとあるものにピンときて足を止めた。
「これが良さそう……」
近づいて品物を確認すると、無意識のうちに頷いた。他国から取り寄せた限定品が謳い文句のそれは、とても変わった形をした壺だった。
「ハニワ……」
商品札に書かれた言葉を読み上げる。不思議な響きの言葉だと思う。それは、人間のような不思議な形の生き物が踊っているポーズをしているシュールなデザインだった。でも、どことなく愛嬌がある。壺にするのは本来のハニワの用途とは違うらしいが、敢えてそのように加工したことで、飾るだけでなくお花を生けることも可能らしい。私はそれを手に取ると、すぐさま会計を済ませた。
「贈り物なので、ラッピングをお願いできますか?」
私の申し出を聞いた店員さんは、包装紙とリボンで丁寧に梱包すると可愛らしいショッパーに入れてくれた。男の人への贈り物にするには可愛すぎるかなとも思ったけど、あのやさしい人への贈り物にはこれはこれでありな気がする。
よし! これでサイラスさんへのプレゼントは用意できた。私は足取り軽く、お店を後にしてシュバリエの教会への帰路につく。
「あれ? エマ、今帰りなのかな?」
「エミリオさん」
少し歩いたところで、偶然にもエミリオさんと出会ってしまった。私は何となく、壺の入ったショッパーを手に抱えた荷物の一番下にして見えにくくする。エミリオさんは私の手元をチラリと見ると眉根を寄せた。
「お疲れさま。随分な大荷物だね……。1人で来たの?」
「はい。皆さんお忙しそうですし、私一人で何とかなると思ったので……。買い出しを終えて、これから帰るところです」
「僕も巡回を終えて丁度帰るところだよ。偶然とは言えここで会えて良かった。そのおかげで、貴女に教会までの道筋で重たい思いをさせずに済むのだからね」
そう言いながら、エミリオさんは流れるように私の手から荷物を引き取ってくれる。完璧すぎる紳士だ。
「あ……。それは私が持ちます!」
その流れで、私が持っていた全ての荷物……壺の入ったショッパーもそのまま彼が引き取ってくれようとしたので、私は咄嗟にそれを引っ込めた。私の過剰とも言える反応に、エミリオさんは目をパチクリさせる。
「す、すみません。こちらは、個人的な用事で買ったものなので、エミリオさんに持っていただくのは申し訳ないですから……」
私の言葉に、エミリオさんはすっと目を細めた。私はドギマギしてきた。不自然すぎただろうか?
「分かったよ。こちらこそ、貴女に確かめもせずいきなり荷物を取り上げるような不躾なまねをしてごめんね」
「い、いえ。エミリオさんのおかげで、とても助かります。それに、一緒に帰ることができるのも嬉しいですし!」
これは、偽りのない本当の気持ちだ。でも、さすがにサイラスさんへのプレゼントを持っていただくのは気が引ける。ラッピングしたそれは明らかに誰かへの贈り物だし、正直に誰へのものか伝えた方が良いのかもだけど、まだエミリオさんの分が用意できていない現状ではそうするのが躊躇われる。彼と並んで歩きながらも、私の心臓はバクバクと暴れていた。
それから数日後……。
エミリオさんの留守を狙うしかないと思った私は、夕方の稽古が終わるタイミングを見計らって、騎士団の稽古場へと向かった。そして、エミリオさんとよく稽古をしているのを見かける騎士に声をかける。まだエミリオさんへのお誕生日プレゼントを決めかねている私は、自力でリサーチをすることにしたのだ。リサーチ先は、騎士団の同僚の人。
エミリオさんは、数日前から遠征に出掛けている。隣国から暴徒の鎮圧にあたってシュバリエへ援軍要請があったのだ。大規模な反乱ではないため、少人数の部隊を率いてのもので、ギルドにはそれなりの数の騎士が残っていた。聞くなら、彼が不在の今しかチャンスがない。
「すみません。少しお話ししたいのですがいいですか?」
「え!? エマさんが俺にご用ですか?」
びっくりした様子の彼に、私は真剣な顔で頷いた。行き詰まったプレゼント選びに、何度ももう本人に聞いてしまおうかと思った。けれども、やっぱり当日にサプライズの形でプレゼントをしたい。最近のエミリオさんが興味を持っていることや好きなものに関して、どんな些細な情報でも欲しかった。
「ありがとうございます。またお礼は後日させてください」
「いえいえ。エマさんには、ギルドキーパーとしていつも大変お世話になっておりますし、お気遣いなく」
騎士と話を終えてみて、やはり聞いて良かったと思った。エミリオさんへのプレゼントの方向性が定まった気がする。お礼を告げると、騎士は恐縮した様子で逆に頭を下げられてしまった。
「それでも、お返しはさせてくださいね。あと、重ねてのお願いになっちゃいますが……」
私はそこで言葉を区切り、周囲を見回す。誰の気配もないことを確認すると、小さな声で騎士にお願いを告げた。
「私と話した内容に関して、エミリオさんには秘密にしていただけますか?」
「それはもう、勿論です!」
「ありがとうございます」
私はぺこりとお辞儀をすると踵を返し、自分の部屋へと帰ることにした。
「……エマ」
「っ……!?」
背後から声をかけられて、私はびっくりしてその場で飛び上がりそうになってしまった。想定外の人物の声だったからだ。恐る恐る振り返る。
「エ……エミリオさん……?」
予定よりかなり早く、エミリオさんが帰還したようだった。私が名前を呼ぶと、彼はにっこりと穏やかな微笑みを浮かべる。
「ただいま。ここにいたんだね。貴女の顔を一番に見たくて部屋へ行ったのだけど、留守だったから」
「すみません。ちょっと用事があって……」
まさか、エミリオさんへのプレゼントのリサーチをしていましたなんて言えるはずがない。私は、適当にその場をごまかしてやり過ごすことにした。
「貴女が1人で騎士団の詰所を訪れるだなんて、珍しいね。何かあったの?」
鋭いツッコミをされて、私は内心動揺した。でもこの秘密は、お誕生日までなんとしても守らないといけない。
「いいえ。大したことじゃないです。それより、私に何かご用でしたか? ご足労をお掛けしてしまったようですみません」
「ああ。気にしないで。貴女に渡したいものがあっただけなんだ」
そして、遠征から帰ったばかりのエミリオさんから手渡されたのは……。
「わあ!」
私は、思わず感嘆の声をあげてしまった。レコルドではあまり見かけたことのない可愛らしい花々が束ねられたブーケだった。とても綺麗で心が洗われるようだ。
「喜んでもらえて嬉しいな。貴女が好きそうだなと思って、帰路で手に入れたんだ」
「ありがとうございます。大切に飾りますね!」
私は、ブーケをそっと胸元に抱きしめた。そうしながら、私の心の中でエミリオさんへのお誕生日プレゼントがはっきりと決まった。
──最近のエミリオさんは、花に興味があるようです。
さっき、騎士の言っていた情報は正しかった。お誕生日にはエミリオさんのイメージに合った花を私なりに選んで、こっそりと手に入れよう。密かに決意するのだった。
そして、エミリオさんとサイラスさんのお誕生日当日になった。私は今日まで無事に秘密を守り抜き、エミリオさんの分のプレゼントまで用意することができた。サプライズの準備は万全だ。夕方の騎士団の仕事が落ち着く時間帯に合わせて、私はまずサイラスさんに声をかけることにした。今夜は、お二人とも夜警に出かける当番では無くて本当によかった。教会の礼拝堂にいると聞いてそちらへ向かうと、とてもタイミングが悪いことがそこで発生していた。サイラスさんは、エミリオさんといたのだ。でも、今プレゼントをサイラスさんに渡さないと今日中に渡すことができなくなってしまう。私は思い切って、お二人に声をかける。
「お話中にすみません。サイラスさんに、至急お伺いしたいことがありまして……」
「俺に……か?」
私がわざわざ呼び出しに来たのが意外だったのか、サイラスさんの眉根が微かに寄せられた。そうなりますよねと内心謝りながら、私はエミリオさんに告げる。
「エミリオさん。申し訳ないですが、サイラスさん個人への機密の内容でして……。しばらく別所へお連れしてもよろしいですか?」
「うん。僕は構わないよ」
嘘ではないけど、なかなかに苦しい言い訳な気がする……。だって、私が手に持っているのは明らかに仕事とは関係のなさそうな贈答品だ。サイラスさんにもいつもお世話になっているから、お誕生日プレゼントを渡さないという選択肢は最初からなかった。だから、こっそりと渡そうと思っていたのに、結果としてこんな回りくどいことをしないといけなくなってしまった。詰めが甘かった。
とにかくこの場をどうにか乗り切ることしか考えていなかった私は、エミリオさんがその時どんな顔をしていたのか見えていなかった……。
「ふう……」
無事にサイラスさんへのプレゼントを渡すことができて、私は一人になると安堵のため息を吐き出した。ハニワデザインの壺は、なかなか手に入らない希少なものだったようで喜んでもらえたと思う。いつもより、サイラスさんの目が輝いていた気がする。あれを選んで良かった。
さて、次はエミリオさんだ。私は一度自分の部屋へと戻る。この時間に合わせて届けてもらったブーケを手に取ると、いざエミリオさんの部屋へ……と思ったところで部屋の扉がノックされた。
「エマ。僕だけど、良いかな?」
「は、はい! 今、開けます!」
まさかのご本人からの訪問。心の準備が追いつかない私は、声が裏返ってしまった。私はデスクの上に咄嗟にブーケを置くと扉を開ける。
「こんばんは。突然ごめんね」
「いえ。どうぞ、入ってください」
私の言葉に、エミリオさんは少し逡巡した後で中へと入ってきた。
「あれ? 綺麗なブーケだね?」
「あ……」
デスクの上に置いてある色鮮やかなブーケは、あまりに目立ちすぎたようですぐに指摘されてしまった。エミリオさんのイメージに合わせて選んだ、青い薔薇を束ねたブーケ。鮮やかな青が、彼の瞳の色に似ていたから選んだのだ。私はそれを手にとると、彼にずいっと差し出す。
「エミリオさん、お誕生日おめでとうございます」
渡す時に告げる言葉をきちんとシミュレーションしていたはずなのに全て吹っ飛んで、シンプルな言葉しか出てこなかった。
「え? そのブーケを僕に?」
彼はキョトンとした。あ、あれ? もしかして、私は勘違いというかしくじってしまったかもしれない?
「はい。エミリオさんへのプレゼントは何を贈れば喜んでもらえるのかとても迷ったのですが……。お花に興味を持っているという情報を手に入れたので、イメージして選びました」
私がそう告げると、エミリオさんはくすくすと笑った。
「ああ……。最近、貴女がこっそりと何かを探っている様子だったのはそういうことだったんだね」
「もしかして、気づいていました?」
秘密で進めていたつもりだったのに、バレバレだったことが分かって私は愕然とした。エミリオさんは、微笑みながら頷いた。
「貴女はとても素直な人柄だから、隠し事は向いていないね。それに、プレゼントのリサーチは失敗だよ。僕が興味を持っているのは、花じゃないから……」
「え……」
サプライズのつもりがバレていただけではなく、見当違いのプレゼントをしてしまった事実に、私は重ねてショックを受けた。
「ごめんね。そんなに悲しそうな顔をしないで。僕が花を見て考えていたのは、貴女についてなんだ。貴女の好きそうな花だからプレゼントしたら喜んでくれるかなとか、遠乗りしつつ貴女を花見に連れて来たいなとか……」
「ああ……そういうことだったんですね」
私はがっくりと項垂れそうになってしまった。普通に考えれば分かりそうなことを、まったく分かっていなかった……。すると、エミリオさんはブーケから一輪、薔薇の花を手に取った。茎を指先で撫で、棘がないことを確認すると、私の横髪にその花をそっと飾った。私は彼の行動にドキドキさせられつつも、その意図を探って彼の顔をじっと見つめる。
「可愛い……」
私を見つめて、エミリオさんはそうつぶやいた。青薔薇の花びらに負けないくらい、澄んだ彼のブルーの瞳が熱っぽく私を見つめてくる。
「花自体に興味はないけど、花で美しく飾られた貴女はいつまでも眺めていたいな」
さらりとそんなことを言われて、私はみるみるうちに頰が熱くなってくるのを感じた。恥ずかしさに思わず俯きそうになってしまう。でもそんな私の動きは、エミリオさんによって阻まれる。彼の手が、私の頬を挟んで少し強引に上向かせてきた。真っ赤になった顔は、さぞや滑稽なものに違いない。でも、エミリオさんはそんな私を笑うどころか、蕩けそうなくらい甘い目線を送ってくる。
「僕にとっては、この瞬間が最高のプレゼントになるんだよ。だから、他の男に頼るなんて真似はもうしないで。貴女が僕以外の男とこそこそしているのは、見たくないんだ」
「エミリオさん……」
甘い目線の中に、微かに混じっている感情のスパイスは嫉妬。私は、良かれと思ってやっていたことが違ったことを悟る。彼には、サプライズなんて必要ない。
「このまま、プレゼントを貰っても良い?」
その言葉の意味を分からないほど、私は子供じゃない。顔を捉えられてる私は頷けないから、そっと目を閉じてそれを答えの代わりにする。
「ありがとう。エマ。よく覚えていて、僕が本当に欲しいのは……」
そこまで告げられたところで、頰に触れていた彼の手が私の耳を覆う。これじゃあ、エミリオさんの声が聞こえない。私は一度閉じた目を思わず開けた。
──あ な た の す べ て
彼の唇の動きは、確かにそう告げていた気がする。でもその答え合わせをする前に、彼から施される甘く蕩けるようなキスに私の思考は奪われるのだった。