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    sakura_mekuru

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    sakura_mekuru

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    水の中で見つめ合う若トマ

    泡沫に杭を打つ 鶴見の北側には秘境がある。そこには異界からやって来た獣がひしめいていた。旅人に連れられて秘境を攻略した帰り、それは起こった。秘境から漏れ出した獣が一行を襲ってきたのだ。
     一行は当然武器を取り応戦する。綾人はその剣戟を獣に食らわせ、トーマが守りを固める。しかし獣たちはシールドを貫通して痛みを与えてくる。回復が得意な者を連れて来たが、動きにくい船上での戦いだ。苦戦しつつも敵の数を減らしていく。
     獣をあらかた掃討したときだった。海上に一際大きい獣の叫びが響き渡る。虚空から現れたのは他の獣より大柄の、親玉らしき獣だった。突然のことに旅人が一瞬怯む。その隙をついて獣が爪を閃かせた。爪はぎらりと黒く不気味に輝いている。旅人は反射で目をつむり、痛みに備えた。しかし痛みはやってこない。旅人が目を開くと目の前にはトーマがいた。
    「トーマ!」
    「大丈、夫」
     その腹には爪が食い込んでいる。獣が爪を引き抜くとトーマの身体はぱったりと倒れ、ボートから落ちていく。旅人が手を伸ばすも、トーマは海に沈んでいった。

     トーマはぶくぶくと湧いた泡の間を逆流するように沈んでいく。明るい水面が遠ざかる。それを薄目で見て、口から空気をこぼす。呼吸の感覚もないし、あったはずの痛みも麻痺してしまって感じない。かと言って身体は思い通りにならず、水中に投げ込まれた石のようにただただ沈んでいく。
     もう死ぬかもしれないというのに、不思議と後悔はなかった。死ぬ時というのはもっと後悔に苛まれみじめなものだと思っていたが、そうではないらしい。トーマは自分の生を思い返す。自分なりに忠義は尽くしたし、旅人を守ることも出来た。ひどく安らかな気持ちだ。トーマは目を閉じようとした。そのとき海が揺れた。
     暗い視界に綾人の姿が映った。綾人は水に沈むトーマを追って泡の間から手を伸ばしている。袖をヒレのようにゆらめかせ、海上から射す光を背負う姿は神秘的だ。トーマは目を見開いて、走馬灯でも見ているのかと目を凝らす。やはり綾人はそこにいた。ふたりの指と指が触れ合った。
    「トーマ」
     綾人の口が名前をなぞる。それと同時に腰に提げられた神の目が光を放つ。水中がゆらゆらと揺れ、たくさんの泡が浮かび上がっていく。身体は沈むのをやめていて、ふたりを覆ってあまりあるほど大きな泡に包まれて浮かんでいた。手を繋いだまま徐々に海面に近づいていく。トーマは呼吸を急に思い出して、少し咳き込んだ。
    「トーマ」
     今度は声に出して名前を呼ばれた。綾人は何とも言えない表情をしている。怒っているとも違うし、悲しんでいるとも違う。どれかと言えば悋気に近い表情だった。珍しく口をへの字に曲げてから、開く。
    「どうしておまえは」
     その言葉は疑問の形をしていたが答えは求められていなかった。綾人自身トーマがそういう人間だと知っている。お人好しで他人のために自分を投げ出せる、綾人にはない気性に輝きを見出したのだから。それを否定することはトーマという人間を否定することに他ならない。でも、輝きが自分の炎で燃え尽きてしまわないように呪いをひとつかける。
    「私より先に死ぬなんて赦さない」
     トーマは眉を下げて笑った。謝るのも違う気がするし、死なないと約束も出来ない。だからトーマは何も言わなかった。綾人もそれを理解した上でそれ以上は知らない振りをする。言葉の代わりに繋いだ手を強く握り返す。綾人はぽつりと言った。
    「傷が深い、今は眠りなさい……」
     ゆらゆらとふたり手を取り合って揺れている。痛みも苦しみもそこにある。けれどそれがあるからこそ生きているのだ。海面は近い。綾人は空いている手でトーマの目を塞いだ。トーマは囁く声に従ってゆっくりと目を閉じた。
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