【ヴィク勇】短髪オジフォロフのフクースナー!「よし」
僕はエプロンの紐をきゅっと締めると、冷蔵庫から食材を取り出した。
今夜はナスとピーマンと鶏ひき肉のオイスターソース炒めと、豆腐と野沢菜の白和えに、中華風スープを作る予定だ。
まずナスとピーマンを食べやすいサイズにカットし、さっと素揚げしておく。素揚げは急いでご飯の支度をしなければならない時にはやらないけど、この方が野菜の色が鮮やかになるだけでなく、ナスはとろとろ感が増すしピーマンも甘味が増すので、時間にゆとりがある時にはやるようにしている。
肉は合い挽き肉の方がこってりとして美味しいんだけど、素揚げで油を使っているため、カロリーを少しでも抑えるために鶏ひき肉を使う。
素揚げが済んだらフライパンにごま油を引いて、挽肉をよく炒める。そこに素揚げしたナスとピーマンを加えてざっと炒めたら、軽く塩こしょうをしてほんのちょこっとだけ鶏ガラスープを水で溶いたものを掛けて炒めたら、仕上げにオイスターソースを一回しして、食材全体にほどよく絡ませたら完成。オイスターソースの芳ばしい香りに早くも白米が恋しくなる。
次は事前にキッチンペーパーに包んで、まな板を重し代わりにして水を切った木綿豆腐をボウルに入れて、手で揉みながら細かく解していく。そこに汁を切って細かく刻んでおいた野沢菜を加えて混ぜる。野沢菜に塩味があるので特に他の調味料は加えず、レモン汁を掛けて軽く混ぜれば出来上がり。
あとは中華風スープだね。これは沸かしたお湯に顆粒の鶏ガラスープを入れて、片栗粉を加えてとろみを付け、仕上げに溶き卵を回しながら入れて、卵がふわりとなるように軽くまぜて一煮立ちさせたら終わり。お好みで胡椒を足したり、ラー油をひと垂らし出来るように味付けは極めてシンプルだ。
よし、出来た。ナスとピーマンは素揚げしたおかげでつやつやして彩りが良く、そこにオイスターソース味のひき肉がとろりと絡んでいて、見た目だけでも食欲がそそられる。豆腐の白和えは野沢菜のシャキシャキとした味わいとレモン汁が、口の中のオイスターソース味をさっぱりとリセットしてくれるだろう。とろみをつけた中華風スープは溶き卵がいい具合にふわふわしてて、いい感じだ。あ、そうだ。とろみのあるスープはなかなか冷めにくいから、早めに器によそっておこう。空腹の勢いのままがぶ飲みして舌を火傷したら大変だもんね。
うん、どれもこれもシンプルな料理だけど、美味しいそうだ。
デトロイトに行ってから始めた自炊歴も、十四年を越えればそれなりに手際もよくなる。
料理は僕がデトロイトに行く前に、お母さんとゆーとぴあかつきの食事処の板さんが僕でも作れるような簡単なメニューを教えてくれたんだけど。きっと僕一人だけだったなら、カロリー重視で見た目なんて気にしない、料理と呼んでいいものかわからない味気ないものしか作ることはなかっただろう。
けど、今の僕には毎回顔を綻ばせながら美味しいと言ってくれる、大切な人がいる。そんなわけで、仕事もあるので毎食とはいかないけれど、カロリーだけでなく見た目の彩りや味わいなどを考えながら、楽しく料理をして過ごしている。
出来上がった料理を盛り付けてダイニングテーブルに並べ、お茶碗と箸を用意すると、僕はリビングを出て書斎へと向かい、家族といえど一応は礼儀として開いていたドアをノックする。
すると、誰かと仕事の電話していたらしいヴィクトルがこちらをパッと振り向いて笑顔を見せる。
はあ。ヴィクトル、相変わらずカッコよかあ……と、僕はうっとりする。
目の前にいる僕の素敵な旦那さまは、彼にしては珍しい短髪スタイルで、デスクワークをする時に掛けるようになった細いフレームの眼鏡も合わさって、THE 仕事がデキる男! って感じでめちゃくちゃカッコいい。
なんでヴィクトルが髪の毛を短くしたのかというと……先週ユリオの振り付けの件でサンクトに行った際に、今では男子シングルの長老枠となったユリオが、今季のプログラムでより一層大人としての色気を表現するために、若者らしく伸ばしていた髪の毛を短めにカットすることにしたそうで。その時振付のイメージを崩さない範囲でカットしてもらうために──なんでもユリオは、せっかく短くするのなら親友のオタベックと同じようなスタイルにしたかったらしいけど、流石にそれはヴィクトルが阻止したとのこと──ユリオがヘアサロンに行く際に付き添ったヴィクトルも、たまにはイメチェンでもして僕を驚かせようかと思い、一緒にカットして貰ったのだという。
髪の毛をカットしたことを事前に知らされていなかった僕は、ヴィクトルが帰国して空港まで迎えに行った時に初めてその短い髪の毛の姿を目撃し、周囲に人がいるにも関わらず悲鳴を上げる羽目になってしまったことは言うまでもない。
だってだって、めちゃくちゃカッコいいんだもん! その驚きと興奮は、ヴィクトルがシニアに上がって長かった髪をバッサリと短くした姿をテレビで見た時と同じぐらいの衝撃だった。
勿論、短いのもよく似合ってるよ! 長い銀髪をたなびかせながら氷上を舞う姿は妖精のように儚げで美しくて好きだったし、お馴染みの前髪だけ長いスタイルの髪型も好きだけど! 年を重ねて目元にほんのりと出始めた笑い皺──俺もすっかりとオジサンだな……なんて気にしてるけどそんな笑い皺も魅力的だよ! と力説しておいた──も、しっかりと見えるこの短いスタイルもめちゃめちゃイイ!!
そんな風に僕が目をハートにしながらはわはわしてると、サプライズ成功だね! ってウインクなんて寄越してくるもので、僕は衆人環視の中で鼻血を出して倒れないように堪えるのに必死にだった。
その時のことを思い出しつつ、年を重ねて美丈夫っぷりに磨きの掛かったヴィクトルを前に両頬に手を当ててうっとりしていると、電話相手に「Bye」と挨拶をして通話を切ったヴィクトルが苦笑を零した。
「もう、勇利ってば。何年経ってもそういうところは変わらないよね」
「当たり前でしょ。僕が何年ヴィクトルのファンやってると思うの」
「はいはい、聞くだけ愚問だったね。ところで、さっきからすごく良い匂いがして今にもお腹が鳴りそうなんだけど」
「あ、そうだ。ご飯出来たよって呼びに来たんだっけ」
僕が思い出したようにそう言うと、ヴィクトルは苦笑しながら眼鏡を外し、僕の頬にチュッとキスをする。
「いつもご飯を作ってくれてありがとう」
「ふふ。こちらこそいつも美味しそうに食べてくれてありがとう」
そうして僕たちは微笑み合い、ヴィクトルにさりげなく腰を抱かれてエスコートされながらダイニングテーブルのところまでやって来ると、ヴィクトルがお茶を入れてくれたので、僕はご飯をよそってから向かい合って席に着く。
「ワオ! 今日も美味しそうだ」
ヴィクトルが口をハートにさせてながら喜ぶ姿に、僕はほっとする。
「よかった。それじゃあ食べようか」
「うん」
「「イタダキマス!」」
そうして今夜も、僕の人生においてもう何度目になるかわからない「フクースナー!」を聞くことが出来て、僕は満足げに頷くのだった。
※尻切れトンボ気味に終わる