第1回 ヴィク勇版ワンドロワンライ『ひまわり』※支部に投稿してあるツイログまとめ内の『トイレットペーパーを買う』と同じ時間軸の二人です。
日常ネタがお好きな方は、よかったらそちらもご覧ください!(どさくさに紛れて宣伝)
第1回ヴィク勇ワンドロワンライ『ひまわり』
「タダイマー」
「おかえり! って……わっ、どうしたのそれ?」
帰ってきたヴィクトルの腕の中には、小ぶりなひまわりの花束があった。
「角の花屋の奥さんが、持ってイキナ~ってくれたんだ」
角の花屋とは、僕たちが住んでいるマンションの近くにある交差点の、まさしく角にある個人経営の花屋さんのことだ。ヴィクトルはそこでよく花を買っていて、店長とその奥さんとは世間話も交わす、馴染みだったりする。
ヴィクトルは流石ロシア男という感じで、何かにつけて日常的に花を買ってきては、僕にプレゼントしてくれる。日本の男が花を贈るといったら、母の日や誕生日ぐらいが関の山だけど、ヴィクトルはまるで息をするかのごとく自然に花を買い求め、愛の言葉と共に僕に手渡してくれるのだ。
彼と出会ってからだいぶ経つけど、いつまでも情熱的な愛を捧げてくれるパートナーに恵まれて、流石に自己肯定感が低い僕でも、愛されているなあと実感するひと時だ。
そんなわけで、ヴィクトルはこの部屋に越してきてすぐに花屋さんと顔馴染みになり、僕は僕でヴィクトルから貰うたくさんの花を、どうすれば長持ちさせられるかアドバイスを求めるうちに顔馴染みになり、今では時々奥さんと夕飯のおかずを交換する仲だったりする。
そうしてたまに、花屋の売上貢献に努めているお礼なのか、旦那さんがその日一番だと思った花をヴィクトルにおすそ分けしてくれることがある。そのおすそ分けが、今回は夏の定番の花であるひまわりだったようだ。
僕がひまわりの花束を前に頬を緩めていると、ヴィクトルが僕の肩を抱いてにこにこしながら言う。
「綺麗な黄色だね」
「うん、これぞ夏! って感じのいい色合いだね」
この時期、マッカチンの散歩に出る時に見かける、太陽に向かってすくすくと伸びて咲いている大輪のひまわりと違い、小ぶりなそれは何とも可愛らしい雰囲気だ。
マッカチンも見慣れないそれに興味津々なのか、後ろ足で立ってくんくんと鼻を動かしている。マッカチンが見やすいようにしゃがんで花束を見せてやると、ヴィクトルがスマホを取り出してその光景を写真に撮った。
「それ、ネットにあげないでね」
僕が釘を刺すと、ヴィクトルはこてんと首を傾げる。
「なぜいけない? 夏の象徴と俺の愛する者たち。とてもいい写真じゃないか」
「とにかく、ダメったらダメです」
きっと今の僕は、ヴィクトルからの愛を前に、頬がゆるゆるに緩んでだらしない顔をしているはずだから、ダメです。……なんてことを言ったら、喜んだヴィクトルが抱えきれないほどの薔薇の花束を買って来ちゃいそうだから、心の中だけにとどめておく。
「さ、じゃあ僕は夕飯の支度の続きがあるから、ヴィクトルには花を活けるのをお願いしてもいい?」
「ああ、もちろんさ。今日の夕飯は何かな?」
「それは出来てからのお楽しみ」
別に勿体ぶるほど立派なメニューのご飯を作ったわけじゃないけど、今日はたまたまデザートも作ったので、ちょっとわくわく気分を味わって欲しくてそう言ったら、ヴィクトルが僕のこめかみにキスをしながら、「楽しみにしてるよ」と言って花を持って洗面所へと消えていった。
僕は照れ隠しにキスされた部分を撫でながら、キッチンに戻る。
夕飯は先日たくさん作って冷凍しておいた餃子を焼いただけなんだけど、そこに副菜としてタコときゅうりとワカメの酢の物も付ける。本当はもっと副菜の品数を増やしたいところだけど、お互い仕事をしているのだからあまり無理はしないでねとヴィクトルが言ってくれているので、お言葉に甘えてカロリーオーバーだけはしないように気を付けながら、その時作れるものを作るようにしている。
いつしか二人で作った餃子を、今日もヴィクトルは口をハートにしながら美味しそうに食べてくれた。そして、デザートはというと……。
「ワオ! コーヒーゼリーとこれは……レモンかい?」
「うん、レモンのはちみつ漬けだよ。コーヒーゼリーは昼に作って冷やしてたんだけど、さっきひまわりを貰ったから、それっぽく飾ってみたんだ」
大きな白いお皿の中央には、ゼリーカップで冷やして作った自家製コーヒーゼリーがぷるんと揺れており、その周りには疲労回復時に食べるために常備して作っている、レモンのはちみつ漬けを半円に切ったものを、ひまわりの花びらを模して並べてみた。
コーヒーゼリーはゼラチンではなく、ドリップコーヒーに寒天を入れて作ったものだ。寒天は食物繊維もとれるから僕のオススメだよ。ちなみにコーヒーゼリーはカップからうつ伏せに出して、ひまわりの種の部分を表現するように、浅く包丁で切れ込みを入れてみた。
「まあ、組合せとしてはイマイチだけど……ひまわりもどきにしては悪くないでしょ?」
「うん、素晴らしい発想だよ! 流石俺の勇利!」
ヴィクトルはひまわりもどきが咲いた皿をパシャリと撮影し、今度こそSNSにアップした。
タイトルは、『二つのLとひまわり』瞬く間にいいねが付いて拡散されていく。
僕たちはスマホを置くと、クラッシュさせたコーヒーゼリーを改めてガラスの器に盛って、ローファットのバニラアイスを乗せて食べた。うーん、ほろ苦いゼリーとバニラアイスの絶妙なハーモニーがたまらない!
あ、マッカチンはコーヒーゼリーは食べられないからね。りんごをすりおろしたものに寒天を入れて固めたものをあげたら、よろこんで食べてくれたよ。
レモンのはちみつ漬けは、そのまま食べたり、食後のティータイムのアイスティーにも浮かべて味わった。
というわけで、ヴィクトルと僕とマッカチンの、夏のある日のひと時はこんな風に穏やかに過ぎたのだった。
時間切れにつき終わる