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    MondLicht_725

    こちらはじゅじゅの夏五のみです

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    MondLicht_725

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    シリアスな夏五です
    ⚠️なんでも大丈夫な方向け

    #夏五
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    【夏五】狭間「悟。悟、起きて。時間だよ」

     頬を撫でる手も、耳元で囁く声も、優しくて温かくて、このまま寝ていてほしいのか起こしたいのかいまいちわからない。それでも、起きなきゃいけないことはボケた頭でも理解しているので、重い瞼を持ち上げる。
     首を擽る、真っ黒な帳に覆われている。その真ん中にある、苦笑いした男の顔。

    「ほら起きて、顔洗って。ご飯できてるよ」

     おそらく世界中で唯一居心地のいい帳は、あっという間に消えてなくなる。代わりにカーテンが開けられた窓から入り込む光が容赦なく両目を突き刺し、顔を顰めた。
     嫌になるくらいに晴天である。雨よりは晴れている方が好きだ。けれど折角の青空なのに、暗いジメジメとした場所に居なければならないとき、ひどく損した気分になる。
     残念ながら、今日は丸一日その予定だった。どうせなら山奥にある寺院とか、海沿いの寂れた漁村とか、せめて外での任務ならよかったのに、よりによって鉱山の跡地である。穴の中に潜るのである。出発前から、やる気が8割ほど削られた。

    「んー、食欲ない」
    「ダメだよ。昨日の夜もそう言って結局なにも食べなかったじゃないか。せめて食パンの1枚でも齧ってって」

     ぐずぐずとベッドの上に留まっていると、腕を引っ張られて強制的に起こされる。
     同時に頬に触れた柔らかな感触。

    「言い忘れてた。おはよう、悟」
    「…はよ」

     挨拶は、人としての基本。呪術師に出戻った後輩の持論である。こいつはそこまで拘ってはいないのだろうが、それでもごく当たり前のように口にする。
     高専にいたときからそうだった。だから自然と五条も返すようになった。
     おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみ――悪くはない。むしろ好きだ。パソコンの起動スイッチのように、悟の体を目覚めさせてくれる。
     自力でベッドから降りて、洗面台へ向かう。キッチンから、パンが焼けるいい匂いがした。







    「昨日はよく眠れたか?」

     機械的な質問に、感情は籠っていない。めんどくさい、を隠そうともしないしかめっ面に思わず笑ってしまう。

    「答えろ」
    「うーん、そうだね。いつもよりは寝たんじゃないかな」

     いつもが1とするなら、昨日は3くらい。しかし時間まで聞かれてはいないので答える必要はない。

    「つーかさ、なんで硝子なわけ?専門外だろ」
    「それはな、君がことごとく逃げまくるからだろう。だから私にお鉢が回ってきた。自覚しろ」
    「だって必要ないじゃん」

     日帰りなら少し寄っていけ、渡したいものがある。同級生、家入硝子からメールが届いたのは昨日の夕方のことだった。
     そういえば前に連絡したときに、生徒たちからのお土産を預かってると言っていたからそれだろうか。本当は真っ直ぐ都内の自宅に戻る予定だったが、他ならぬ家入からの呼び出しなので急遽進路を高専に変更した。
     結果、罠だったわけである。
     罠とは人聞きが悪いと家入は言うが、嵌められたと五条自身が感じているのだから間違いない。
     首謀者はわかっている。渋々ながらも家入を味方にできて、五条の思考も手に取るように理解しているのは高専内ではひとりしかいない。
     ため息をひとつついて、立ち上がる。これ以上は、時間の無駄だ。
     結局お土産は受け取っていないが、次の機会でもいい。邪魔なら、勝手に処分してくれても構わない。
     今はとにかく、早く家に帰りたかった。

    「おい、まだ終わってないぞ」
    「もういいって。学長に伝えといてよ。五条悟は元気いーっぱい、絶好調!なんの問題もないってね。お仕事だってちゃーんとしてるでしょ」

     ひらひら手を振って、出口に向かう。わざとらしいため息が聞こえたが、引き留められることはなかった。









    「おかえり。――機嫌が悪そうだね」

     玄関に入るとすぐに、出迎えてくれる。いつもそうだ。両手を広げて、疲れ切った体を受け止めてくれる。
     だから遠慮なく抱きつく。肩に額を擦り付けて甘える。
     ここだけが、肩の力を抜くことを許される。本来の自分でいられる。
     玄関を一歩でも出たら、五条にとってはすべて戦場に等しい。気が抜ける瞬間など、ほとんどない。

    「聞いてよ、ひどいんだよ、学長ったらさぁ。硝子まで使って」
    「君のことが心配なんだよ」

     大きな手のひらが、頭を撫でてくれる。君自身のことを心配してくれる存在なんて、数えられるほどしかいないだろう?柔らかい声が、全身に染みてくる。
     ちゃんとわかってる。わかってるけど、さぁ。

    「でも僕は元気だよ?どこも悪いところなんてない」

     そもそもどんな攻撃も、五条には届かない。億が一にでも怪我をしたとしても、反転術式で治せてしまう。脳みそだって常に新鮮だ。
     常にちゃんと立っていられる。
     最強でいられる。

    「僕は、正常だ」

     正常だ。
     なぜなら。
     なぜならば。










     久しぶりに、喫煙エリアに足を踏み入れる。とはいえ、ポケットの中にはライターすら入っていない。
     先客は、ひとり。欲しいと言えばあっさり渡してくれるだろうが、やめておく。
     まだ、我慢できる。

    「やはりダメだったか」
    「わかってるなら、諦めてください」

     久しぶりのにおいを吸い込みながら、横に並ぶ。気を使ったのか、まだ大して短くもなっていないのに、タバコを灰皿に押し付けた。

    「放っておいても、大丈夫だと思いますよ」

     今は、まだ。

    「しかしなぁ」

     何度健康状態を確認しても、結果は同じ。異常はない。高専生時代に取得した反転術式が、本来ならば壊れていてもおかしくない体を正常値に戻してしまう。
     唯一反転が効かないメンタルの方は、当の本人がのらりくらりと逃げてしまうのでわからない。隣で唸る元担任兼現学長がどれだけ口を酸っぱくして言っても無駄なのだ。何人ものカウンセラーが待ちぼうけを喰らった挙句に結局会えずに帰っていく。任務が、授業が――残念ながら使える言い訳は山ほどある男だ。多忙なのは事実でもある。

    「あいつはまだ、正気です。わかった上で――自分で整理をつけようとしている。もう少しだけ、そっとしときましょ」
    「――お前が言うなら、そうなんだろうな」

     促されて、喫煙エリアを出る。入れ違いに、数人の術師がまるでトイレでも見つけたかのように駆け込んでいった。気持ちはわかる。今はどこも、喫煙者には厳しい時代である。
     缶コーヒーを奢ってくれるというので、お言葉に甘えて自動販売機へと付き合った。扉を潜ればすぐそこのベンチに、今でもたまに幻影を見る。
     後輩たちのためにコーラを買う笑顔。
     じゃんけんで負けたヤツが全員分奢るというルールに勝手に巻き込まれたこと。
     相方が不在のとき、誰も寄せ付けない雰囲気でひとり項垂れていた姿。

    「一度失敗しているせいか、どうにも過保護でいかんな」

     何も言わなくても、生きるぬいぐるみを作り出す無骨な指がいつも好んで買っている缶コーヒーのボタンを押す。
     思えばあいつも、そうだった。

    「――あいつも、ちゃんとわかってますよ」

     そうかな。そうだといいな。
     苦笑いとともに差し出された缶コーヒーは、持つのが大変なくらい熱かった。










    「悟、ちゃんとご飯食べないと」

     シャワーを浴びてそのままベッドにダイブした五条の、ろくに乾かしていない髪を撫でる手はやっぱり優しい。
     あれしなさい、これしなさいと口うるさく言うけれど、声は常に柔らかく、そこに強制力はない。
     昔はもっと強引だったのに――年を取って丸くなったということか。それとも、どうせ聞き入れられないからという諦念だろうか。
     仕方ないな、なんて笑いながら、隣に入ってくる。寝室の半分を埋めている、五条の身長に合わせて作られた特注品は、2人が寝ころんでもまだ余裕がある。
     どうせ眠れないとわかっていながら、目を閉じる。後頭部を、背中を、優しい感触が通り過ぎていく。


     僕は、正常だ。
     なぜならば――――これがすべて幻だと理解している。
     あいつはもういないのだと、受け入れている。
     僕が、殺したんだから。この手で。



     けれど、もう少しだけ。



    「おやすみ、悟」
    「―――おやすみ、傑」








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