10年醸造 #9・
10年以上初恋を引きずっている、なんて人が聞いたら笑うだろうか。笑うんだろうな。
けれどオレは、もう10年以上、煮詰めすぎた恋心を捨てきれずに生きている。
オレが知る他の誰より高潔で、清く、美しい女への片恋を。
あれは確か、17の年の初春のことであったと思っている。彼女と一緒に、クラスメイトの女友達へのプレゼントを買いに行っていたのだから間違いない。
女友達……ディノへ何を買うか、いつまでも考えあぐねていたオレとは違って既に何を購入するのか見当をつけていたらしい彼女は、さっさとショッピングモールのなかにあるアクセサリーショップへと進んでいった。
アクセサリーショップ、なんていっても高級店じゃない。店の左手にはショーケースに入ったそれなりに高そうな品も売られていたが、彼女が用があったのは、その手前、比較的入りやすいエリアにあるコーナーのようだった。
それでも男には少々入りづらい店の前で足踏みする俺を振り返って、彼女は不思議そうな顔したものだ。「キース、そんなところで何をしてるんだ」なんて、オレの気も知らずに。
一方的にとは言え好きな女とふたりで買い物に来ているこの状況に少し浮き足立っているというのに、こんな、アクセサリーショップなんて初めて入る。ソワソワしているオレになんて気付きもしないで、彼女はディノに贈るのであろうネックレスをあれこれ吟味していた。
「……それ、指輪じゃねぇの?」
「あぁ。私もひとつ何か買おうかと思ってな。知っているか? 指輪はつける指によって意味が変わるんだそうだ」
もしかしたらある程度は目星をつけていたのかもしれない。ディノへのプレゼントを早々に選び終わった彼女が今度は少し離れた別の売り場を眺めていたので、気まずさが最高潮に達しそうだったオレは、少し急かすつもりで後ろからそう声をかけた。
ほら、と彼女が指差す方を見てみれば、そこには一枚のポップが掲示されていて、確かに彼女の言う通り指輪をつける指によって様々な意味があることが紹介されていた。
「へぇ。指輪っていえば左の薬指だっけ? それしかしらなかったけど」
「そうだな。……何か、お守り代わりに買おうかと思って悩んでいた」
「お守りィ? お前が? 珍しいな」
「どういう意味だ」
そう言ってこちらを睨みつけてくる彼女に、深い意味はないと慌ててオレは首を振った。何事も努力、実力を地でいく彼女だ。お守りに頼るのは少し意外だな、なんてそんなことを考えていた気がする。
「自分の指のサイズ知ってんの?」
「まさか。ただここの指輪は試着できるようだし、嵌めてみれば分かるだろう」
案外大雑把だ、とは思ったが、他の客もあれこれ指輪を指に嵌めてはあぁではないこうではないと話している。そんなものなのかもしれない。
「右手か左手の中指につける指輪が欲しいんだが……」
「中指?」
言われて先ほどのポップを確かめる。左の中指は「判断力を高める」右の中指は「行動力を高める」。なるほど、確かにどちらも彼女らしい。
育ちがいいのだからアクセサリーなんて数えきれないくらい持っているだろうに、彼女はうんうん悩みながらゴールド、シルバー、ピンクゴールド、色々な色の、色々な石がついた指輪を試しては小首を傾げていた。オレからしてみればどれもよく似合っていると思うのだが、どうやらピンと来ないらしい。
「彼女さんへのプレゼントですか?」
「へっ!?」
突然後ろから声をかけられて振り返る。そこにはにこやかな店員が立っていて、オレはあまりの気まずさに思わず一歩後ずさった。
「いや、彼は友人だ。私が自分で買おうかと思っているんだが、なかなか気にいるものが見つからなくて」
そしてオレが何かを言う前にさっさとそう答えた彼女に、一方的な恋心を改めて突きつけられた気分になる。好きだと言ったこともないくせに、勝手なものだ。
「大変失礼しました。お客様は手もとてもお綺麗ですし、どの指輪もよくお似合いかと思いますよ」
「だってよ。なんか気になるのねぇの?」
「ないというか……どれも素敵で目移りしてしまう」
苦笑する彼女に、案外そういうところがあるんだなと思った。何でもかんでも即決しそうなタイプなのに。
あれこれと店員と話し始めてしまった彼女を横目に見ながら、初めて棚の上に綺麗に並べられている指輪の数々を眺める。照明の光を受けてキラキラ輝くそれに目を細めたオレは、その中のひとつにふと視線が止まって彼女の肩を叩いた。
「それとか、似合うんじゃねぇの?」
「え?」
それ、と指差した方を彼女が目で追う。そこには赤紫色の小さな石がついたシルバーの指輪が飾られていた。
「そちらはガーネットの指輪ですね。シルバーですがステンレスの指輪を塗装したものですので、普段使いもしやすくおすすめです」
ガーネット、と言われてもピンと来ないが彼女の目によく似た色だと思った。指輪を手に取った彼女が中指に嵌めてみる。左の中指にピッタリだった。
「じゃあこれにする」
「はぁ!? いや、お前悩んでたんだろ。もうちょっと考えろよ」
「もう考えた。自分で考えてもキリがないし、私も気に入ったからこれにする」
「えぇ……」
そんな適当に決めていいのかよ。お守りなんじゃないのか。……それに、オレが選んだ指輪だぞ。
複雑な顔をしていただろうオレを微笑ましそうな顔でみた店員は、持っていたネックレス━━これはディノへのプレゼント━━と一緒にその指輪を預かると彼女を伴ってカウンターの方へ行ってしまった。「先に出ていていいぞ」とオレに言いおいて彼女もついていく。
結局その年の誕生日にディノに何をあげたのか、よく覚えていない。彼女はあれから何度かあの指輪をつけていたようだが、いつの間にかアクセサリーの類は身につけなくなっていた。金属を操る力、インペリアル・ジャッジに選ばれてからは、特に。
もう10年以上昔の、淡い記憶だ。あの時の指輪はもう捨ててしまっただろうか。学生の小遣いでも買える、大して高価でもない指輪だった。
こんなことを未だに未練がましく覚えていて何になるというのだろう。
未だに彼女との関係は続いているが、恋なんてものとは程遠い、ねじれて歪んだものに成り果ててしまった。
彼女は、ブラッドは、今でも変わらず美しいけれど。
ディノが死んだとブラッドに告げられた時、今になって思えばオレは彼女を抱き締めるべきだったのかもしれないと思う。友人として、同僚として、そして彼女と同じくかけがえのない友を失ったひとりの人間として。
けれど実際にオレがしたことと言えば、彼女を詰り、疑い、言葉を荒げてその場を立ち去ることだった。ブラッドがあの時どんな顔をしていたのかさえ思い出せない。見なかったのかも知れない。
ずっと避けていた酒に溺れ、迷惑をかけた自覚はある。目の前で吐いたこともあるし、それだけではなく彼女の服や車を汚したことも、真冬の夜中に呼び出したことすら覚えている。それ以外にも記憶がないだけでありとあらゆる情けない姿を見せてきただろう。
こんな男に惚れる女がどこにいるって言うんだ? 見捨てず、オレを叱咤して腕を掴み上げながら手をひいてくれた、それ以上を求めるのは身の程知らずっていうものだ。
と、そう思っていたのだが、友人はそうは思わなかったらしい。
ブラッドとふたりがかりで━━そこにたどり着くまでありとあらゆる諍いを起こしながらも最後はふたりで━━掴んだディノの手。彼女は今ウエストセクターのオレと同じ部屋で寝起きしている。女の寝起きに戸惑うような可愛らしさはもうとうの昔に失ったが、それでも古い付き合いの女が自分と同じ部屋で過ごしているというのは僅かな気恥ずかしさと戸惑いと、あとは気まずさを呼び起こすものだ。
「なぁ、この部屋割り、ブラッドが考えたんだろ? いいの? これ」
そんなことを聞かれたのはオレがカジノへの潜入捜査から戻り、彼女が復帰してしばらく経った頃だ。
「いいって、何がだよ」
「だから、ブラッドが。そりゃ私とキースだし何にもないけど、彼氏が他の女と一緒に寝起きしてるって流石に……なんかほかの人にも誤解されてるみたいだし」
「は? いや、おい、待て。誰がなんのなにだって?」
ディノは聡明だし、明るいし人好きもするしとりあえず間違いなくいいやつだ。いい女とも言える。ただ惜しむらくは少しばかり突っ走り気味なところがある点だろうか。これはディノだけではなくブラッドにも言える欠点だ。……あるいは、美点なのか。
ともかくディノは思い込んだら一直線、みたいなところがあるのだが、この瞬間もそれは遺憾なく発揮されていた。彼氏? とんでもない言葉が聞こえてきた気がする。
「彼氏? 誰が、誰の。っていうか誤解ってなんだよ」
「えっ、キースが、ブラッドの……もしかして、違うのか?」
「むしろなんでそうだと思ったんだよ。有り得ないだろ」
「でもキース、昔からブラッドのこと好きだったんじゃないのか?」
そんな気配があったことなど一度もない。顔を歪めていたオレは、続いた言葉で違う意味で顔を歪めることになった。
「違った?」
「……そんなわけねぇだろ、違う」
「じゃあ違わないな。キースが目を逸らして髪を触るときは嘘をついてるときだ」
なんでそんなこと知ってるんだよ、と言いたいがディノの真剣な眼差しを見ていると茶化すこともできずに目を逸らす。
「散々迷惑かけたし、向こうはそんなつもりねぇだろ」
「そうかな」
「そうだろ。考えてもみろ。10年……15年付き合いのある腐れ縁に実は昔から好きでしたとか言われたら気持ち悪いだろ、普通」
下手したら酔って晒したありとあらゆる醜態すら、下心があったのかと勘繰られ、軽蔑されかねない。考えただけでもゾッとした。
「ブラッドはそんなこと思わないと思うけど」
「昔だったらそうかもな。でもオレは、あいつに迷惑かけすぎてる。知り合いに甘いあいつに漬け込んで、素面じゃいえねぇような事もした。今更だろ」
「じゃあ、そのうちブラッドが私たちの知らない男の人と結婚して式に呼ばれた時おめでとうって言いたいんだ? もしかしたら私たちも知ってる男の人かも知れないけど……例えばオスカーとか。ブラッド、モテるしね。この前も研究部の人に声掛けられてるの見たよ。まぁ、本人はそういう意味だって気付いてなさそうだったけどさ。……それにこの前久しぶりにイクリプス対策部の人と食事に行ったんだけど、なんか誤解されてたんだ、私とキースのこと」
「はぁ?……っていうかさっきから言ってるけど誤解ってなんだよ」
顔をしかめると、ディノは言いにくそうに視線を泳がせたあと、意を決したように唇を引き結んだ。
「彼氏、喜んでたぞって」
「は……?えっ、お前彼氏いたのか?」
「違うよ!そうじゃなくて、そこにいた人、キースと私が付き合ってるって思ってたんだ!もちろん否定したけど……ねぇ、まさかとは思うけど、ブラッドもそう思ってたり……しないよな?」
同じくらいゾッとするようなことを言う。
ブラッドがオスカーと結婚……? いや、ねぇだろと思うのと同じくらい、有り得るかもしれないと思う。知らない男と? 同じくらい有り得ないようで有り得る。あいつはオレが知る中で一番の美人だ。当然、昔から相当モテていた。
いや、それ以前にオレとディノが、なんだって?いろいろな情報を急に頭に突っ込まれて思考が追い付かない。そんなわけないだろうと言いたかったが、そういえばディノがいなくなってしばらくしたころ、やたら女を紹介してくるやつがいたなと思いだしてもう一度別の意味でゾッとした。
「やっぱり、黙っててもいいことないだろ。大丈夫! 当たって砕けたら骨は拾ってあげるから!!」
「……砕ける前提で話すなよ」
混乱している俺を元気づけたいのか、酔ってでもいるのかと言いたいくらい押しの強いディノに今して、今すぐして、今しなきゃずっとしないだろ、と横でエールなのか野次なのか分からないものを送り続けられて急かされて、
『大事な話がある』とだけ送った。
こんな曖昧な連絡、返信なんて一晩来なくていいと思ったのに案外早く返信は届いて、結局次の休みにウエストの喫茶店で待ち合わせることになった。指定された場所を検索してみれば、少し奥まったところにある落ち着いた店らしい。彼女が担当セクターでもないウエストのこんな店を知っていたことすら、オレは知らなかった。
次の休みは、3日後。一生抱えて過ごす覚悟さえ決めていた片恋がついに砕ける日が来るらしい。
深々と溜息をつくとようやく正気に戻りかけているらしいディノが「もしかして、本当に言いたくなかった?」と気まずそうにオレの顔を覗き込んだ。
「別に気にすんなよ。この日の夜、予定空けとけよ。自棄酒に付き合わせるからな」
「予定は空けとくけど……」
「あー……っていうか、悪ぃ。こういう態度が良くねぇのかもな。おまえにも迷惑かけた」
「迷惑だなんて!ただ……びっくりはしたけど、迷惑じゃないよ。キースがたくさん落ち込んでたって話も聞けたし」
誰だよ、余計なことをペラペラ話したやつ。ため息をついて、ベッドに潜り込む。
よくないことばかり考えてしまって、その夜はなかなか眠れなかった。
3日後、部屋にいても落ち着かず、結局予定の時間より3時間も早く部屋を出た。意味もなく街をうろついて、寒さに手近なショッピングモールへ避難する。
時間を潰す目的でエスカレーターで上階へ上がりながら、ふとそういえばあの時ブラッドとふたりで来たのもここだったなと思い出す。10年の間に改装が入ってはいるものの、確かにこのショッピングモールだった。
まさかまだあの店も残っているのかと期待せずにフロアガイドを覗き込む。イエローウエストの一等地に立つショッピングモールの店舗は、移り変わりの激しい激戦区だ。10年以上店を構え続けるのはもしかしたらノースの一等地より難しいかもしれない。と、思っていたのに、フロアガイドにはそれらしい店の名前がまだ残っていた。
流石に店名までは記憶していなかったので試すつもりで足を運んでみる。果たして店は確かにそこにあった。昨日のことのように思い出せる。
無論店のレイアウトは変わっていたが、比較的安価な品と高価な品を両方置いている品揃えは変わらないのか、学生らしい女性グループから、奥の方には妙齢の女性を連れた男まで、さまざまな客層がいた。
ふと、手前のコーナーでアクセサリーを眺めている女性と、その後ろで気だるそうに立っている男が目につく。恋人なのか、それともただの友人なのか。もしかしたらあのときのオレたちもあんなふうに見えていたのかもしれない。
懐かしさと時間を潰すつもりで柄でもないその店に足を踏み入れる。あのときは気が付かなかったが男ひとりの客も全くいないわけではなかった。
流石に学生グループに混じって過去に思いを馳せるわけにはいかなかったので、なんとなく奥の方へと足をすすめる。
桁がひとつ変わる辺りになるとアクセサリーは展示ケースに収められ、照明も心なしが絞られて、洒落た雰囲気を醸し出していた。
ふと視線を落とした先に並べられた指輪をなんとなしに眺める。
あの時の指輪はガーネットだった。ガーネットが一般的には深い赤色をした宝石だったことを知ったのはあれから何年も経った後のことだ。指にはめて、照明にあてるように眺めていたブラッドの横顔も今でもはっきり思い出せる。その瞳が指輪についた小さな宝石よりずっと煌めいていた事も。
「彼女さんへのプレゼントをお探しですか?」
「えっ」
あの時と似たような言葉をかけられて思わず後ろを振り返る。そこにはにこやかな笑みを浮かべる店員が立っていて、そこでようやく「あぁ……」と声を漏らした。そりゃあ、アクセサリーショップで男が1人ショーケースの中身を眺めていたら、一番有り得るのはその路線だろう。メンズアクセサリーのコーナーはここじゃない。防犯上、声をかけないはずもないということだ。
「あ~いや……そういうわけじゃ、ないんすけど……」
「それは大変失礼いたしました。何かお探しの品がございますか?」
「いや……」
ちょっと昔のこと思い出して感傷に浸ってただけです。では。
いや、不自然すぎるだろ。不審者か? 冷や汗をかくオレの言葉を待っている店員に、口籠もりながら視線を泳がせる。
「昔……女友達がここのブランドの指輪買ってたのおもいだして。こっちじゃなくて、あっちの方のやつ」
「それはありがとうございます」
「今から……あー、その、そいつに会うんで、なんとなく、見てたっていうか……」
「そうでしたか。ご友人に?」
「えーあーまぁ……」
告白して、フラれに行くところだ。
視線を泳がせ、落としたその先にふと気になる指輪を見つけて視線を止めると店員は「そちらはガーネットですね」と微笑んだ。
「……ガーネットって、赤いやつじゃないんですか」
「えぇ。これはロードライトガーネットといって、赤の中に紫が混じる石なんです。特にこちらはグレープカラー寄りですので、青みと赤みのバランスが絶妙で。……よろしければショーケースから出してご覧になりますか?」
「え、あぁ、じゃあ、はい……」
話がどんどん変な方向に行っている気がする。押されるままに頷くと、店員は白い手袋を嵌めて鍵を開けると、指輪をベルベット張りのトレーの上に出してくれた。
「こちらは地金がホワイトゴールドになっておりまして、褐色感のないグレープカラーのロードライトガーネットを中央に、左右はダイヤモンドになっております」
「はぁ……」
ちら、と値札を見てみるが、他のアクセサリーと比較しても特段目が飛び出るほど高いわけでもない。キースの視線に気がついたのか、店員は「ダイヤモンドと言いましても様々ですので、こちらは一般的にダイヤモンドをメインに使用したアクセサリーでは選ばれない石を利用して、ガーネットを引き立てつつ華やかさをプラスしたものになります」と付け足した。
ブラッドの目の色に似ているなと思った。それだけ。
よく考えろ、付き合ってもいない、なんなら今から振られにいく女のところに指輪持参って、怖いだろ。流石にあいつもドン引きするわ。
分かっているのにあの時の指輪を眺める横顔が脳裏にチラついて離れない。
店員はそれ以上のセールストークはなしに、黙ってこちらを見ていた。
いや、やっぱいいです。そう言って踵を返せ。
「……あいつの指のサイズ、知らないんで」
知ってたら買ってたみたいな言い方すんな。
でもそれは確かにその通りだった。細くて長い首、あれで警棒や拳銃を振り回すなんて信じられない華奢な手首。白い指。彼氏でもないのにそんなもののサイズなんか知るわけない。いや、彼氏だって知らないだろう、そんなもの。
「でしたらreserve Serviceをご利用にもなれますよ」
「リザーブ……?」
「はい。指輪をプレゼントにする男性は多いのですが、指のサイズをご存じないという方は多くいらっしゃいます。女性本人も自分の指のサイズを把握されていないという方がほとんどです。そんな方向けに、先に指輪を購入していただき、後日ご本人様とご一緒に来店していただいた際に専門のスタッフが指のサイズを改めて測らせていただいてぴったりのサイズをご用意の上お渡しするというサービスになります。こちらは3号から15号までのご用意があります」
世の中にはいろんなサービスがあるもんだ。そんなふうに感心していたつもりのはずが、気が付いた時には「じゃあそれで」と言っていて、いつの間にか支払いも終わり、指輪を入れる四角い箱の中に小さな「reserve」というキラキラした紙が入った紙袋を渡されてオレは「頑張ってくださいね」とエールを送られながら呆然と店を出ていた。
いや、どうすんだよこれ。
誰がどう見てもアクセサリーショップのものだとわかる紙袋をどうするべきか、しばらく悩んで中身だけ取り出して紙袋は駅のゴミ箱に捨てた。小さな小箱はコートのポケットに十分収まる。
まぁ、金は払ったんだから、別に指輪と引き換えに行く必要なんてないんだし。帰りにこの箱も駅のゴミ箱に捨てればいい。
ポケットの中で硬い感触を主張する箱を撫でながら、オレはそんなことを思っていた。
待ち合わせの20分前のことだ。