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    みなも

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    序盤の序盤の序盤だけど自分の尻叩き用にあげます…
    よその子がいっぱい出てくるよ!うちの子もなんか一人増えたよ!

    #うちよそ
    atHome
    #続きもの
    aSerialStory
    #1話読みたいひとがいたら上げるよ!

    うちよそ第2話【第1幕】 ジリリリ、と、何だか懐かしい音が店内に響いて玖朗は目を上げた。音を立てているのは、今ではなかなか見かけないダイヤル式の電話である。黒地で、受話口と通話口の金枠が洒落たアンティーク品のようなそれも例によって先代よりそのまま引き継いでいるもので、見た目に反し今でもきちんと機能する。
    「お電話ありがとうございます〜、同源茶店で御座います」
    『やぁ医生センセイ
    「おや。アンタが電話だなんて逆に珍しいね」
    『ん、今日はちょっと立て込んでいて出向けないんだ……それでな、例の件、情報が入ったんだ。彼も一緒に連れて来てくれるか? 「宝来」まで』
    「えっ、いや待って……何でよりにもよってあそこなの……?」
     玖朗の声に嫌悪感が滲み出ていたのか、電話の向こうの声が宥めるような声色になる。
    『いや、もちろんオレのところでも構わないんだが、そうすると彼が来ないんだろう?』
    「まぁ……来ないだろうね」
    『そうすると医生のところか、あいつのところかになるが……その、奴のところに居候が増えてな、二人揃うと……ちょっと、医生の店のものなどがいろいろと壊される恐れがあって……』
    「ハァ? また拾い物したの、あのガラクタ屋。人間なんてぽんぽん拾ってくるもんじゃないと思うけどね」
     深い溜息をついた後、仕方なく玖朗は告げる。
    「……分かったよ、今回だけ行ってあげるよ」
    『謝謝! では、日時は——』

     チン、と受話器を置いてから、玖朗はまた溜息をついた。それからポケットに手を突っ込んで触れたつるりとした感触にそれを摘んで、目の前に翳す。指先に摘まれた小さな緑の宝石は、薄暗い店の中でも僅かな光を受けてきらきらと輝く。そう、まるであの子の瞳のように。

     時は少し遡り。
     春の大乱闘、スラム街での激闘及び玖朗の診療所での長い長い入院期間を経て復活した風猫は、街に繰り出した数日後、また気ままにふらりとやってきた。
    「これ嵌めてもいいか、入り口に」
     来るなりそう言って風猫が掲げたのは、二匹の龍が悠々と泳ぐ見事な透かし彫りの彫刻だった。直径20センチほどで、木の縁は綺麗な真円を描いている。
    「どうしたのそれ」
    「古物市で見つけたやつを友達に綺麗にしてもらった」
     この場合の「綺麗にする」には、単に掃除だけでなく恐らく修復も含まれている。壊れたものを安く買って、人に依頼して直したということだろう。風猫はほとほと顔が広い。
    「別にこだわりないし構わないけど、どうして急に?」
    「急っていうか……専属なんだろ?」
     風猫が首を傾げる。きらりと輝く緑の眼と目が合うと、なぜだか玖朗の心臓が飛び跳ねた。妙にきまり悪くて目を逸らす。
    「……そうね」
     玖朗の了解を受けると、風猫はさっさと玄関口へ向かってしまった。おかげで玖朗は「でも、専属契約とそれになんの関係があるの?」という当然の疑問について、うっかり訊き損ねた。
     まぁ、猫のことだから何かしら考えがあるんだろうけど。
     独りごちてカウンターの裏側の椅子に腰掛けると、表の扉の向こうに回った風猫がぱっと顔を覗かせた。
    「ここでそのまま作業して大丈夫か?」
    「お客さんが来たときに通してくれるなら構わないよ」
    「りょーかい」
     それだけ尋ねると、風猫は顔をすぐに引っ込めた。表の店の扉には大きな硝子が嵌っていて、店内の様子を窺えるようになっている。風猫は、硝子を一度外し上から龍の飾りを綺麗に貼り付けるつもりのようだ。いつもならそれなりにぱらぱらと続く客足がぴたりと止んでしまったため、玖朗はカウンターで本を読むフリをしつつ硝子戸の向こうにたまに現れる風猫の姿を眺めていた。
     1時間ほど経った頃、外れていた窓ガラスの向こうに風猫が現れて、硝子を嵌めなおした。見ると、透明な硝子の上に龍が浮かび上がっている。店内に回り込んだ風猫は内側からも嵌りを確かめ調整を行った後、玖朗のもとへ戻ってきた。
    「終わった?」
    「おー、ばっちし」
    「綺麗に嵌ってる。器用だねェ、猫は」
    「仕事としてもよくこういうのやってっから。慣れてる」
     言ってから、風猫はきょろきょろと周囲を見回す。
    「客誰も来ねェじゃん」
    「たまたまね」
    「繁盛してんの? ちゃんと」
    「潰れない程度には上手くやってるよ」
    「ふーん」
     首を傾げた風猫は、ポケットに手を突っ込んだ。
    「……ん」
     握りしめた何かを玖朗に示すように、風猫は手のひらを広げた。白い手の中で、きらりと鮮やかな緑の光が反射する。
    「『クロムダイオプサイド』」
     風猫が囁いた。
    「市場価値はまだそんなに高くないけど、気に入ってる。綺麗だから」
     ふわりと微笑んで、人差し指と親指で摘んだそれを玖朗に差し出してくる。
    「アンタに預ける」
    「えっ?」
    「ほら」
     差し出されて両手で受け取る。すると風猫が玖朗の背後に回ってぐいぐいと押し始めた。
    「な、なに?」
    「いいから」
     促されるまま立ち上がり、そのままさきほど風猫がはめ直した扉の前まで追い立てられる。
    「ほら、あそこに。嵌めてみ」
     指し示されてよく見ると、龍の彫り物の裏側に店内側からのみ見えるとても小さな金具があって、開閉できるようになっている。金具を外すと、中からころころとした木の球が出てきた。これと入れ替えで宝石を嵌めろということらしい。あの短時間でよくも、ここまで精緻な仕掛けが作れたものだ。
    「一体どういうことなのかな」
     首を傾げつつも人差し指でそっと押すと、宝石はぴったりと嵌まる。こうなると、冒険映画ばりになにか扉でも現れそうなものだが。
    「表に回ってみてくれ」という風猫の言葉に従って、二人で店の外に出る。玖朗は眼を見張った。
    「なるほどねェ」
     龍の手の中で、宝石が輝いていた。
    「龍の宝玉に見立ててるわけか」
    「そう」
     風猫が少し得意げに笑った。それから、再び店の中に戻りつつ、振り返った風猫が言う。
    「アンタに提案がある」

     カウンターの椅子に戻った玖朗に、店の中を闊歩しながら風猫は言う。
    「専属っていうけど、ほんとにアンタの仕事だけにするわけにはいかねェ。それだと食ってけないし、困るやつが出てくるから」
    「なるほど?」
     風猫の主な収入源はギャンブルのようだが、それ以外にもいろいろなことをしているらしい。探し物、探し人、家具の修理、家の修復、電化製品の修理、エトセトラエトセトラ。確かに、この中華街にはなにかと彼頼みである人間もいることだろう。
    「ただし、これから基本的にはアンタの依頼を優先するようにする。それから、アンタと敵対するような奴の依頼や、アンタに害なす内容の仕事は請けない……まぁ、そんなことは滅多にないと思うけど。あとはそれ」
     カウンターまでやってきた風猫が、玖朗が覗き込んでいた宝石を指差す。
    「俺を呼び出す権利をやる。それをさっきみたいに嵌め込むのが合図。1日以内に来てやるよ。これでどうだ」
    「あぁ、それであの仕掛けか。面白いこと考えるね」
     あれは単なる飾りではなく、連絡手段を持たない風猫への秘密の合図ということなのだ。
    「いいよ、契約成立」
    「おっけ。じゃあそういうわけで、今後ともよろしく」
     さっさと踵を返そうとする風猫を、玖朗は慌てて引き留めた。
    「ちょっと待って」
    「なんだよ。早速依頼か?」
    「いや、そうじゃなくて」
     玖朗はカウンターの上に置いていた猫の置物を引き寄せた。手のひらに乗る小さなサイズのもので所謂招き猫のポーズをしているが、白磁に金色で描かれた顔はかわいらしく上品で、洒落た雰囲気がある。
    「正直"専属"なんて冗談じゃないかと思ってたんだけど」
    「冗談のがよかったか?」
     風猫が片眉を上げる。
    「いいや? 光栄だよ、柳追眠。だから俺からも誠意の証として、猫に預け物をしようと思って」
     玖朗は招き猫の身体を捻った。そうすると、真ん中で置物はかぱりと綺麗に割れる。金の模様で綺麗に隠されているが、これは小さな物であれば中に物をしまうことのできる容れ物なのだった。そうして中にあったものを、今度は玖朗が差し出す。
    「なんだこれ」
    「うちの鍵」
     差し出された銀色の小さな鍵を前に、風猫は不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせるばかりで受け取ろうとしなかった。玖朗は続ける。
    「うちを宿として使っていいってこと。猫だって、吹きさらしの廃ビルで適当に寝て高熱で何日も苦しむより、布団にくるまって一日休んで復活できる方がいいでしょ」
     そう説明してもなお、風猫は未だ差し出されたそれを受け取ろうとはせずに首を傾げた。
    「……アンタ、他人に対してもっと潔癖なんだと思ってた」
    「潔癖だよ? 他人と私物を共有するなんて真っ平だ。でも、猫だからね。特別」
     ほら、と再度鍵を示すと、未だぴんとこない顔ながらも風猫は鍵を受け取った。
    「なくさないでね」
    「おー。んー……ありがと」
    「どういたしまして」
     そんなやりとりの後、今度こそ風猫は去っていった。
     ともあれこうして玖朗は、あの日のうっかりした軽率な発言と稀有な瞳のおかけで、中華街の野良猫の王を呼び出す権利を得たのだった。



     弥玖朗。金さえ出せるならヤクザでも一般人でも善人でも悪人でも治療する闇医者。昼間の顔は漢方薬店の店主。ヤクザでこそないが、立派な裏社会の人間である。胡散臭いあの笑顔の裏側、一見柔和な態度の奥には、他人のことなどどうでもいいという本性が透けて見える。常だったら追眠はまず近づかないタイプの人間なのだが、そんなことも言っていられない状況でお互い九死に一生を得て、善人ではないかもしれないが悪人でもないのかもしれない、とは思った。
     それからさらにいろいろあって——あの瞳に惹かれ、気がついたら「対価に眼を見せろ」なんて条件をつけて、よく分からない契約を了承してしまっていた。
    『風猫』を使える駒だと思っているのは本当だろう。そうでなければ専属契約なんて提案しない。そして玖朗の性格からして対等に契約を交わした以上、追眠を陥れるようなことはしない、はずだ。多分。
     それに何より、玖朗の瞳は追眠が所有しているどの宝石よりも美しい。最上級品の紫水晶より色濃く濁りなく、きらきらぴかぴかと瞬くあの瞳を、もっと見たい。もっと長い時間、もっと近くで。対価を支払う価値は十分にあると思うのだ。
     そういうわけで、追眠は労働力を、玖朗は隠したいらしいその瞳を見せる権利を。互いが求めるものを提供し合う、割り切った契約関係ギブアンドテイクだと思っていたのに、玖朗は何故か追眠に自宅の鍵を預けた。追眠には、あの玖朗がそんな行動に出た理由もわからなければ、説明された理由も釈然としなかった。あれほど警戒心の強く潔癖な男がなぜ、追眠をわざわざ家に引き入れるような真似をしたのだろう? 正直、追眠が風邪を引こうが体調を崩そうがやらかして死のうが、あぁ使える駒が減った代わりを探さなきゃ困るなぁ、と薄く笑う姿すら思い浮かぶのに。
    「俺は猫に、なにを提供できる?」
     なんとも言えない苦い表情で呟いた玖朗を思い出す。あの夜は高熱で朦朧としていたのもあって、なんだかすべてに現実味がなく夢のようで。
     いや、それを言うならあのときスラムにいた理由も、戻ってきて俺を助けようとした理由も、あの後タダで治療した理由も結局よく分かんねェな。
     なくさないようにチェーンを通し首から下げている鍵が服の下でちゃらちゃらと鳴る度に、追眠はそんなことを考える。けれど考えても答えは出ないし、いつもまぁいいかと考えるのを止める。そうして、鍵だけでは味気ないから今度気に入った小さい宝石いしでも一緒に括りつけようか、なんて頭の中で候補の宝石を並べてみるのだった。

     どんな素っ頓狂な、あるいは意地の悪い依頼がやってくるのかと思いきや、玖朗はさして厄介な依頼は寄越さなかった。というかむしろ、簡単なおつかいとか買い出しとか、あとは麻雀の相手とか。そんな他愛もないものばかりで追眠は拍子抜けした。何を考えているのか。まさかあの男に限って、親睦を深めようなんて考えているわけでもないだろう。
     けれど宝玉に呼び出されるうちに、追眠はそれについてもやがて考えるのを放棄した。というのも考えるのが馬鹿らしくなるくらい、平和な時間しか続かなかったからだ。そうしていつしか季節は春から初夏へと移り変わり、胡散臭い店主と顔を合わせるのにも、預かった鍵で他人の家へ出入りするのにも慣れてきた頃。
    「……今からちょっと付き合ってほしいところがあるんだよね」
     そう言った玖朗は、随分とげんなりした表情を浮かべている。怪しげな店に行くための用心棒として呼び出されたのかと思いきや、どうもそういうわけではないらしい。
    「おい、アンタが呼び出したくせになんでそんななんだよ」
    「あー……うん、そうね、ちょっとね……」
     歯切れ悪く呟く玖朗は、縮こまってもなお追眠より背丈があるというのに追眠の後ろに纏わりついてきて、正直鬱陶しい。
    「歩きにくいわ」
    「うん……」
     同じやりとりを何回も繰り返して、通常の数倍時間をかけたにも関わらず、すぐに目的地へと到着した。というのもそこは、出発地である玖朗の店からほんの一区画しか離れていなかったからだ。
    「あー…………ここだよ」
    「ん? あれ、ここって」
    「そう、猫も知ってる店だよ……」
     げんなりしながらぼそぼそと呟く玖朗は、未だに追眠の後ろについている。先導するつもりはないらしい。
    「猫開けて……で、あのクソが出てきたらぶちのめしていいから」
    「いやほんとになんなんだよさっきから」
     ぶつぶつ呟く玖朗を他所に、追眠はさっさと扉に手をかけた。ギイイッ、と、草臥れた音を立てて扉が開くと。
    「いけーっ!」
    「いだだだだだだッ」
    「あはははははははっ!!」
     扉を開けた瞬間から、とにかく喧しい。赤いチャイナ服を纏った大柄な男の肩に肩車された和服の子どもが、男の黒い長髪を手綱よろしく力いっぱい引っ張っていた。白髪の子どもの目には、よく見ると真っ黒な布がぐるぐると巻き付いている。
    「な、なんなんだ一体……おい」
     後ろに張り付いていたはずの玖朗を振り返ると、姿がない。……いや。
    「ざまァないね、フハハハハハハッ……」
     膝から崩れ落ちて、床を叩きながら爆笑している。
    「アンタもかよ……」
    「アーハハハハハ……あッ、ぐぅ」
     子どもを引き摺り下ろそうと、店内の棚や商品にがしゃんがたんとぶつかりながら男が動き回っていたところ、けらけらと笑っていた子どもの頭が天井の梁に激突した。
    「いたぁい……」
    「おい……いい加減下りろゴラァ、マツリぃ」
    「キャー!!」
    「痛ってーよおい、髪をッ……掴むなコラガキンチョ!!」
     よく見ると、男の方は見たことがある……というか、この店の店主だ。名前は知らないが。
     首を傾げる追眠と笑い転げる玖朗をよそに、両手で引きはがそうと奮闘する店主と頭に張り付いて下ろされまいとする子どもの攻防戦は続く。謎の二人組も玖朗も、話している言語はどうやら日本語のようだ。日本語が理解できない追眠にはいよいよもってこのわけの分からない状況が全く飲み込めない。
     不意に子どもが店主の顔を覗き込む。
    『だぁめ♡』
     きぃん、と耳鳴りがした。
    「なんだ……?」
     店主の肩に乗る子どもの声だった、が。
     おかしい。なんの言語だったか分かんねェのに、なんて言ったかは分かったぞ……?
     追眠がちらと視線をやると、あれだけ大暴れしていた店主の男の抵抗がぱたりと止んでいた。
    「うふふー」
    「なんだ、あの子ども……」
    「へぇ? なるほどね、あのクソが側に子どもを置くなんて、とうとう人身売買でも始めたのかと思ったけど。訳ありみたいだねェ、やっぱり」
     やっと我に返ったらしい玖朗が面白そうに言う。
    「は……? 訳ありって」
     追眠が呟いた直後、店主もまた我に返ったらしく、再び日本語でぎゃんぎゃんと喚き始めた。
    「あ? ……だッから、こういうときばっかそれ使うなってーの!!」
    「やーだー!」
    「やだじゃねーよ!?」
    「なんだ、来てたのか医生」
     やっと追眠にも分かる言葉が聞こえてきて顔を上げる。店の奥から真っ黒なスーツ姿の「いかにも」な男が出てきた。追眠を見て一瞬目を留めた後、床に這いつくばる玖朗に怪訝な視線を向け、それから未だぎゃーぎゃーとうるさい二人を一喝する。
    「おいお前たち、いつまで遊んでるんだ!?」


    「さて、まずはお互いの顔と名前を一致させるか」
     売り物らしいテーブルセットの六脚の椅子のうち、一つを空かして五人が机を囲む。こちら側に椅子1つを挟んで玖朗と追眠、向こう側に追眠の向かいから店主、謎の子ども、それから場を仕切っている——おそらくヤクザの男。
     商品に座っていいのか? と追眠は首を傾げたが、他でもない店主が何も言わないので構わないのだろう。
    「すまん、茶の一つも淹れられず……今、リサが買いに行ってくれているから、少し待ってほしい」
     リサというのは、よく店番をしている女性のことだ。追眠も何度かこの店に来ているが、毎回まじまじと見つめてしまうくらい美しい容姿をしている。あそこまで綺麗だと却って生きにくそうだと思う。そんな綺麗な年頃の女性が、なんだっておどろおどろしい品を扱うこの店にいるのかは永遠の謎だが。
     申し訳なさそうに男が言う横で、
    「ふあああああぁ……」
     と肩車役の店主が大欠伸をする。
    「おい」
    「……んあ?」
    「あ・く・び・を・す・る・な!」
    「だぁーって昨日帰りが遅かったんだもんよ……なーマツリ」
    「おそかった!」
    「ちょっと待て……お前の仕事にマツリを同行させるなと言ったろう!」
     どうやら、この場で中国語が話せるのは先ほどから仕切ってくれているスーツの男と玖朗だけらしい。肩車コンビは日本語を話しているし、彼らと話すときは中国語が話せる他の二人も日本語になる。これは意思疎通が面倒そうだと追眠は独りごちた。
    「ちょっとさぁ、いつものテンプレート漫才は後にしてよ。そのまま続けるんだったら帰るよ俺たち」
    「す、すまない医生センセイ。おい、お前のせいだぞ、店主なんだから先に名乗れ」
    「あ、オレ? つっても知ってるよな?」
     店主は追眠に向き直ると続けた。
    「オレはこの店『宝来』の店主、霊霊。今後ともご贔屓に〜」
    「れーれー、通じてない!!」
    「あ、そうだったわー、おいお前ら、どっちでもいいから訳せよ」
     既に青筋を立てているがスーツの男が風猫に通訳してくれる。店主の名前は霊霊と言うらしい。中国名のようだが、中国語は話せない辺り生まれは日本なのだろうか。まぁ、この街において「本名」なんてさしたる意味もないが。
    「やー、お前が風猫ね! 顔と名前が一致したわ〜、たまに来るやつが有名人だったとはな」
    「はぁ、どうも」
     通じないだろうと思いつつも言ってみる。ここ「古物商 宝来」は骨董屋だ。よく分からないがメインに扱っているのはオカルトめいた代物らしい。が、それ以外の商品もあって、たまに掘り出し物の宝石が見つかるため追眠は時々覗きに来ることがあった。
    「あのね、あのね!」
     子どもが立ち上がった。目に当たる部分に真っ黒の布が何重にも巻かれているため表情が分かりにくいが、今は唇がにぱっと笑みの形を作っているため、満面の笑みであることが窺い知れる。
    「僕の名前は九楡羅くゆらマツリ。まおまおよろしくね!」
    「……前見えてんの?」
    「見えてるよ! なんでも、見えるよ!」
     マツリはなぜか追眠の言うことを理解しているようだが、追眠の方は理解できない。
    「悪い、俺日本語分かんねェんだよ」
     追眠が中国語で言うと、真っ黒な布の下、どういう原理で見えているのか知らないがマツリは追眠に目を向けて首を傾げた。
    「んん〜、ははおや、さつじんき、ほうせき……」
    「なんッ……」
     隣で玖朗が勢いよく立ち上がった。
    「こいつ、今なんて言ったんだ?」
    「いや……」
     追眠の問いに答えた玖朗は、椅子に座りなおしつつ不審そうにマツリを見つめている。訳が分からない。霊霊がにやっと笑った。
    「マツリの呪いはすげーだろ?」
    「……なんで知ってる」
    「アッハ、知ってんじゃねーの。こいつが自分で言ったろ、"見えて"んの」
    「ハァ……?」
    「呪いなんてものの話はいい」
     スーツの男が溜息をついてから割って入った。そのまま追眠を見遣る。おぉ、と追眠は一瞬目を瞠った。金に近い薄茶の髪に、いくらか距離があれどその輝きと美しさが分かる澄み切った空色の瞳。
    オレは王劉仁。お前が噂に名高い風猫……柳追眠か」
    「アンタほど名は知れてない」
     やっと分かる言語で話しかけられ、追眠は答える。
    「アンタが件の『虎仁帮フゥレェンバン』、人殺しをしないっていう、変わったマフィアの頭領か」
    「知ってもらえているとは光栄だ。正確に言うと現当主は中国本部にいる父で、我は日本支部を統括している」
     劉仁が礼儀正しく頭を下げたため、追眠もぺこりと会釈を返した。劉仁の中国語は流暢だが、その礼儀正しさと実直さはむしろ日本人らしさを感じさせた。なんとなく二つの国が混ざっているような印象を受ける。そこまで考えて、追眠は首を傾げた。なにか忘れている気がする。
    「どうしたの?」
    「いや……なんでもない」
     玖朗に尋ねられるがどうしてもその場でなにかを思い出すことはできず、追眠は肩をすくめてから椅子に深く座り直した。劉仁が続ける。
    「では、早速本題に入ろう。こっちの二人には既に事情を通してるから、医生と柳に俺から説明する」
    「追眠でいい」
     追眠が断りを入れると、劉仁ははたと動きを止めてからにこりと微笑んだ。
    「そうか。我も劉仁でいい。堅苦しいのは好きじゃないからな。さて……我は医生センセイに頼まれて、ある男について探っていた。羅甚仁ルオシェンレンという男についてだ」
    「……は?」
     追眠が玖朗の方を見ると、目を逸らされる。劉仁が片眉を上げた。
    「医生、話してないのか?」
    「あぁ、まぁ、わざわざ言う必要もないかなって。情報が入るかどうかも分からなかったしね」
    「……玖朗」
     追眠が視線で問いかけると、玖朗は仕方なしと言った様子で肩をすくめた。
    「劉仁は顔が広いからね。小耳に入れておいてもののついでに、何か尻尾が掴めればと思っただけ。あくまでついでだから、金を取るとか小賢しいことは言い出さないし」
    「アッハ! 守銭奴のお前とは違うもんな」
    「黙れガラクタ屋が」
     けたけた笑う霊霊は日本語しか喋れないようだが、玖朗とのやりとりを見ている限り中国語の聞き取りはある程度できるらしい。
    「ガラクタぁ? あー、まぁ当たらずとも遠からずだな。マジのお宝は店には出してねーし……つってもこのテーブルセットだってなぁ、ハズレだったとはいえ、カルトにハマった貴族の屋敷で見つかったやつで、見つけたときは供物にされた人間のハラワタが——」
    「ああもう! オカルト話はいい! というかそんなものに客人を座らせるんじゃない!」
    「えー? けど奥はこないだ雪崩起きて、今は足の踏み場もねーしさ〜」
    「ハァ!? だから!! あれほど片付けろと言ったろうが!」
    「え〜〜メンドいそんな綺麗にしたいんならワンワンやって〜〜」
    「お前という奴は本当に……!」
    「話が進まないんだけど」
     玖朗の眉が吊り上がっている。霊霊はへらへらと面白そうな笑みを浮かべるばかりだったが、劉仁がごほんと咳払いをして襟を正した。
    「失礼した。あぁ、どこまで話したんだったか……医生からは、追眠も奴のことを知っているとだけ聞いている。当時我はまだこの街にいなかったが、例の事件と奴の名は知っている。奴が一連の殺人事件の犯人であることもな」
     心がざわつく。どうにもあの殺人鬼の話になると気が昂っていけない。追眠は深く息を吐いた。劉仁の説明が続く。
    「医生が今になってその名を出すということは、何かが動いているということだろう。だから部下も使ってここのところ、少し精力的に情報収集をしていた」
     ふぁ〜、と霊霊がまた欠伸をした。劉仁は今にも怒鳴り出さんという剣幕だったが再び話が脱線する可能性を考慮してか、だいぶ我慢して怒鳴り声を飲み込んだようだった。
    「それで……どこから説明するか……あぁ、我は仕事で美術品を扱っているんだが」
    「美術品って響き、ホント劉仁に似合わないよねェ」
     玖朗がへらりと笑う。
    「医生は毎回そう言うなぁ。こう見えても結構詳しいんだぞ? それで、最近少しきな臭いオークションがあってな、要するに……どこの組も介入していないのに、羽振りがよすぎるんだ」
     ヤクザ界隈のオークションなんてどこもきな臭いだろうと思うのだが、本職がその表現をするというのなら余程怪しさ満載なのだろう。追眠は黙って腕を組んだ。
    「基本的にオークションの主催というのは売り手と買い手の仲介役であって、マージンを幾許か貰うだけ、その割に金が入りすぎている。だから、美術品の売り買いを隠れ蓑にして余計な商売をやってるようだったら、うちのシノギを汚される前に叩こうと思っていたんだが」
     そこで言葉を切った劉仁が、一枚の紙をテーブルに載せた。全体として紫色、各所に金文字を使った豪華な装飾。造形の複雑な飾り文字のアルファベットが踊っている。横文字がまるで読めない風猫からすると、サーカスかなにかの案内文のように見えた。
    「うちからもこのオークションにいくつか品を出して、売り手として参加を取り付けたうえで探ってみたんだ。そしたらこれが出てきた。これは次回開催されるオークションのフライヤーだ。場所は横浜、約一月後」
     日時を指で示した劉仁は、さらに別の箇所を指差した。
    「ここだ。出資してるVIP客の中に、奴の名前が」
     横文字なので追眠には分からない。分からないが、隣で玖朗が囁いた。
    「ルオ・シェンレン……」
    「医生、たまたまだと思うか? ただの同姓同名だと……」
    「いや? よりにもよってこの街で、しかも裏の商売でこの名前を出すことの意味を知らない奴なんかいないでしょ。いくら時間が経ってるとはいえ、烈幇リィエバンに八つ裂きにされるよ」
    「同感だ。罠かもしれないが、そのうえでも調べてみる価値はあると、我も思う」
    「アッハ! たまにはやるじゃん? お前も」
     追眠が顔を上げると、いつのまにか霊霊が身を乗り出してフライヤーを食い入るように見つめていた。
    「やっと捕まえた……星読盤の、最後の一つの手がかり」
    星読盤シンドゥシュェン?」
     何と言っているか分からない日本語の羅列の中に聞き覚えのある単語が混じっていて、追眠は呟いてみる。
    「猫、こんなオカルト馬鹿の話はきかなくていいから」
     玖朗が止めるが、気になって追眠は霊霊に尋ねる。
    「星読盤って、あの星読盤か? 呪われた宝石、集めれば命と引き換えに願いが叶うっていう」
    「……知ってんの? ヤベー、知ってるやつに初めて会った、さっすが宝石コレクター!」
     霊霊が椅子から立ち上がって追眠を覗き込んでくる。もともと上背があるのもあって、こちらが座っていると余計にデカい。薄茶の瞳が爛々と輝いていた。
    「な、オレの調べでは、このルオシェンレンって奴が星読盤最後の宝石の、一番最後の所有者なんだ。風猫、お前こいつのこと知ってるんだろ? あいつが、宝石持ってるの見なかったか? 砂利玉みてーなちっせぇやつ。宝石の種類は……まだ分かんねーけど。おいお前ら、どっちでもいいからオレの言葉訳せよ」
     不承不承と言った様子で劉仁が訳す。
    「羅甚仁が、星読盤?の宝石を持っていなかったか? だそうだが……いや、そもそも追眠は奴に会ったことがあるのか? 目撃者はもれなく殺された連続殺人鬼だぞ……第一、あれは十五年前の出来事だ。追眠は当時まだ年端も行かない子どもだろう」
     そうだ。追眠はあの時まだ五歳の子どもだったし、殺されるはずだった。目撃者は生まれないはずだったのだ。けれど追眠は殺されず、代わりに呪いめいた宣告が下された。
    「宝石……」
     思考が過去へ飛んでいく。凄惨なあの日まで。血飛沫が散った壁。血溜まりに沈んだ母の身体。恐怖と苦痛に歪んだ死に顔。心臓がどくん、どくんと脈を打つ心地がした。
    「あの時……」
     目の前が揺らぐ。耳鳴りがする。眼前に迫った殺人鬼が追眠に向かって、血に濡れた手を伸ばしてくる。
    「あの、とき……」
     喉元に突きつけられた刃の感触。笑った口元。昏く冷たい瞳。あの時あの男は、追眠の瞳の色を見て何と言った?
    「俺の、目……が……」
    「もういい」
     肩が揺らされる。深海の底から引き摺り出されるように、記憶がぱちんと弾けた。三つ編みの長髪に色が薄くついたサングラス。玖朗だった。いつの間にか空いていた隣の椅子に座り直していたらしい。
    「猫、真っ青だよ」
    「は……?」
     一言だけ答えた自分の声が妙に小さかった。玖朗は追眠の向かいに座る霊霊に、憎々しげな視線を向ける。
    「馬鹿のオカルト話に猫が付き合う必要なんてないでしょ。突き止めたいなら自分で探せばいい」
    「ハァ? 邪魔すんな玖朗」
     劉仁が腕組みをして言った。
    「医生、悪い。この馬鹿の問いかけなんて訳すべきじゃなかった」
    「ハァ!? お前までなに言ってんの? オレが!何年も探し続けてた幻の宝石の!手がかりかもしんねーんだぞ!?」
     声を上げる霊霊を「喧しい」と劉仁が一刀両断する。
    「どう見ても訳ありだろう、子どもを追い詰めるな。お前だって思い出したくない記憶の一つや二つあるだろうが」
    「はぁー……」
     興が失せたとテーブルに突っ伏した霊霊はすぐにばっと起き上がり、隣に座る小さな子どもに話しかけた。
    「なら奥の手だ。マツリ、なにか見えたか?」
    「うーん、とぉ……」
     追眠が声変わり前の柔らかな声に目をやると、巻き付いた真っ黒な布で見えないはずのマツリの視線とかち合った気がして、ぞわりと鳥肌が立った。途端、マツリがふるふると首を振る。
    「だめ。……さわると壊れる記憶」
    「壊れる? なにがだよ」
    「まおまお」
     マツリと霊霊のやりとりに、玖朗と劉仁が同時に眉を顰めた。
    「なにそれ」
    「マツリ、一体何を言ってるんだ……?」
    「あのね、ひとを壊してまで干渉するのはよくないって、前にセンセーが言ってた。だからダメ」
     マツリが霊霊に向かって囁いた。ちえっ、と霊霊は唇を尖らせる。
    「ダメか。まぁいいわ、ここまで分かってんなら、あとはマツリがいたら何とかなんだろ」
    「んん〜?」
     マツリはきょとんと首を傾げてから、唇だけでにっこり笑った。
    「さがしもの! ほうせき! なんとか! なるね! 役に立つ! うん!!」
     これに対し、 はー、と溜息を漏らしたのは劉仁である。
    「前から訊きたかったんだが……マツリ、お前はなぜ、こいつに協力してるんだ?」
    「きょうりょく?」
    「アッハ、ちげーよ。オレとマツリは目的が似てんの。だから一緒に行動してるだけ」
     不思議そうに呟いたマツリの隣で、霊霊は両手を頭の後ろで組んだ。
    「目的だと? オカルトだ、呪いだを追いかけることがマツリの目的だっていうのか?」
     眉を顰めた劉仁は、椅子に座るマツリの前でしゃがんで目線を合わせた。
    「……なぁマツリ、言いたくないなら構わないが、お前、家族はどうした?」
    「かぞく……かぞく?」
     マツリが不思議そうに首を傾げる横で、げらげらと霊霊が笑い出した。
    「霊霊……何がおかしい」
    「いやっ、笑うだろ! なにお前、一丁前にマツリのこと心配してんの? マフィアなのに?」
    「言わせておけば……」
    「アッハ! これだからいい子チャンはよ。いいか? 誰しもが身内に大事にされてるとは限らねーの。身内が一番の敵になることだってあんの。ハッ、血の繋がりだけで追いかけまわされてさ、なーマツリぃ」
     霊霊は椅子の背に行儀悪くもたれかかりながら、マツリの肩を叩いた。
    「こいつにおまじないかけてくれよ。あ〜、ワンワンだけに犬の真似とかどう? 最ッ高〜」
    「この人渣クズ……」
     勢いよく立ち上がった劉仁の表情は凶悪に歪んでいる。マツリを間に挟んで、今にも大喧嘩が始まりそうな険悪な雰囲気を前に、やりとりが日本語であるせいで内容をさっぱり把握できなかった追眠は様子を窺うしかない。
    「止めた方がいいのか?」
    「いいよいいよ、いつものことだから」
     言いながら、玖朗は我関せずとばかりに立ち上がった。
    「アンタらは揃うといつもそうだね。喧嘩するなら勝手にしなよ、俺たちはもう帰るから」
     玖朗が何と言ったかも追眠にはわからなかったが、肩を叩かれて帰る合図だとわかる。
    「ほんとにいいのか、ほっといて」
    「いいよ。顔を合わせるとあの調子だから、付き合ってたらキリがない。心配しなくて大丈夫」
    「ほんとかよ……」
     にやにやする霊霊と怒りに染まり爆発直前の劉仁、大柄な二人の間に挟まれた小さなマツリは、おろおろと二人を順に見遣っている。
    「け、けんか? けんか?」
    「おいアンタら……せめて子どもは巻き込むなよ」
     追眠が言いかけると、霊霊がこちらを見て言った。
    「あ〜風猫! 星読盤のこと、なんか思い出したら教えてくれよ。もし教えてくれたら、うちにある宝石、どれでもすきなのやるからさ〜……ってアッハ、通じてねぇじゃーん〜おい玖朗、訳せよ」
    「は? いやだね」
    「ケチくせーな」
    「……だから、その話はするなと先程言ったろう」
     入り込んできた劉仁の声は地を這うように低い。
    「すげーキレてるけど」
     追眠が玖朗に囁くと、玖朗ははぁぁ、と盛大なため息を溢してから、中国語で言う。
    「劉仁、店に顔出すって言ってたでしょ? そんなのの相手してる場合じゃないんじゃない?」
    「医生……だが……」
    「俺はどうでもいいんだけど、猫が気を遣うから。第一、そのガラクタ屋のために時間と感情と労力割いたってしょうがないでしょ? 死んでもその人の神経を逆撫でするふざけた性格は治んないよ、医者の俺が言うんだから間違いない。なんなら今度そいつがうちに担ぎ込まれた時、試してやろうか? どのくらいの服毒量で死んだか報告してあげる」
    「アッハ! 目の前でオレの殺しの算段立てられてんだけど〜〜?」
     なおもへらへらしている霊霊の笑い声をよそに、追眠の頭の中で何かが繋がった。
    「店……?」
     待て、王劉仁——仁の文字を看板に背負う店。そうだ。
    「思い出した、アンタ……仁華楼の楼主か」
     追眠の問いかけに、一瞬怒りを忘れて劉仁はこちらに視線を向けた。
    「ん? あぁ、仁華楼はたしかにうちの店だが」
    「あっ……あのね猫、劉仁はそういうのだけじゃなくて、もっと手広くやってるんだよ。ほら、えーっと、キャバクラとか」
     まるで宥めるように、玖朗が言う。けれど追眠はもう聞いていなかった。
    「王劉仁。情報はありがたいが、アンタとは協力できない」
    「は……いや、い、いきなり、一体、なぜ……」
     霊霊への怒りは何処へやら、ぽかんと開いた口と見開かれた空色の瞳を、追眠は真っ向から見つめ返す。
    「とにかく、俺は一人でやる。じゃあな」
     さしたる理由も告げぬまま、追眠はその場を後にした。
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    みなも

    DONEとんでもない書き間違いとかなければ!これにて!完結!
    7か月もかかってしまった……!
    長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!
    ウルトラバカップルになってしまいましたが、今の私が書けるウルトラスーパーハッピーエンドにしたつもりです!
    ものすごく悩みながら書いた一連の3日間ですが、ラストは自分でも割かし納得いく形になりました
    2024.3.24 追記
    2024.4.30 最終稿
    玖朗さんお誕生日SS・2023【後編・3日目】 ゆっくりと瞼を開けたその瞬間から、身体が鉛のように重く、熱を持っていることが分かった。たまにある現象だ。体温計で測るまでもなく、発熱していることを悟る。
    「ん……」
     起き上がろうとした身体は上手く動かず、喉から出た唸り声で、声がガラガラになっていることに追眠は気づいた。そういえば、引き攣るように喉も痛む。ようやっとのことで寝返りを打って横向きに上半身を起こすと、びりりと走った腰の鈍痛に追眠は顔を顰めた。ベッドサイドテーブルには、この状況を予期していたかのように蓋の開いたミネラルウォーターのペットボトルが置かれている。空咳をしてから水を含むと、睡眠を経てもなお疲れ切った身体に、水分が染みていった。
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