Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    みなも

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 44

    みなも

    ☆quiet follow

    (一応)全員勢揃いの回~
    今回はちょっと短めです!

    うちよそ第2話【第9幕】「それで一体、何の用なの」
     その場で追い返すどころか、その場で殺人騒ぎにすらしそうだった玖朗を、やっとのことで追眠が宥めた後。分かりやすく舌打ちしながら、ゴミクズを見るような目で部屋に入り込んできた二人を見つめる玖朗が言った。
    「あー」
     勝手に二人掛けのソファに陣取った霊霊が一言声を漏らす。その横にちょこんと座ったマツリは、何が面白いのかずっとにこにこと微笑んでいた。二人とも既に会場で来ていた衣装からは着替えていて、すっきりとした黒の着流し姿だった。背の高い霊霊の脚は裾から若干はみ出し気味である。
    「暇だったし、情報共有に来た」
    「情報共有? そっちに共有できる情報なんてないでしょ、さっさと退散した癖に」
     玖朗が鼻で笑う。
    「言っとくけど、抜けたのはオレらの意思じゃねぇぞ。ワンワンがうるさかったからさー」
    「わんわん、ぴかぴか!」
    「やっぱり劉仁も来てたのか?」
     念のため扉の鍵が閉まっているのを確認してからリビングルームに戻った追眠は、劉仁の名前が聞こえたためそう尋ねつつ、霊霊たちの向かいの一人掛けのソファに腰を下ろす。隣で少し躊躇した玖朗が、諦めたように追眠の隣のソファに腰を下ろした。
    「来てた来てた。情報収集してんだかマツリの監督してんだか、よく分かんなかったけどな。あいつにさっさと追い出されたからオレらマジで暇でさ、お部屋探訪終わってからはずっとジェンガしてたわ〜」
    「僕の! 勝ちだった!!」
     マツリが嬉しそうに笑う。
    「お前負けそうになるとおまじない使って落ちそうなやつ引かせんのマジやめろよな〜ズルじゃん!」
    「ズルなの!?」
    「ズルだろ!!」
    「クソほどどうでもいい情報どうも」
     額に青筋を立てながら笑みを浮かべる玖朗に対して、霊霊は少しも動じない。流石、と言っていい事項なのか、追眠は迷った。
    「あーてかさー、お前ら、風呂まだなら今のうち入ってくれば?」
    「ハァ? そんなことどうでもいいからさっさと情報とやらを吐いて出て行ってくれる?」
    「けど、部屋に二人しかいない状態で誰かが風呂に行ったら、それぞれ一人になる時間ができちまうだろ。しかも風呂に入ってる方は無防備状態。そのタイミングで襲撃でもあったら最悪じゃん? だったら、部屋に残る人数が三人のうちに済ませた方がいいだろ」
     玖朗が眉を顰めてまた舌打ちした。それでも言い返さないということは、霊霊が提案したことが妥当だったのだろう。対して霊霊は、にやにやと笑みを浮かべる。
    「アッハ! なに、ヤれなかったからイラついてんのお前。あーじゃあ二人で行って風呂で一発くらいヤってくれば? まー三十分くらいなら——」
     霊霊が話している途中、急に玖朗が立ち上がった。
    「……先に済ませるね猫」
    「は? ……なにが?」
     霊霊と玖朗の日本語での会話が理解できず、追眠は首を傾げる。霊霊が片眉を上げた。
    「は? だから二人で行ってヤってくりゃいいじゃ——ぶっ」
     霊霊の顔に玖朗が投げたクッションが激突する。
    「メス投げた方がよかったかな」
    「くりーんひっとー!!」
     マツリは相も変わらずとても楽しげである。
    「人の風呂覗くシュミがないならカーテンくらい閉めてよね」
     呟いて玖朗はベッドルームの方へ向かう。
    「あー、いつでも声掛けられるように一応窓いっこ開けとくけどキレんなよー」
     霊霊が何か声を掛けたが玖朗は振り向きもしない。訳が分からず二人を見比べている追眠に、霊霊が言った。
    「あー、風猫には日本語通じないんだっけか。えーと……洗澡シーザオ? だっけ、風呂って……」
     霊霊の日本語の中に分かる中国語があって、追眠はやっと、玖朗が入浴に向かったのだと理解できた。ちょうどベッドルームの方で、ぱたん、と扉が開閉する音がする。ベッドルームから直接繋がっている脱衣所へ玖朗が入ったのだろう。ちらと覗くとベッドルームの方は玖朗がカーテンを閉めたらしい。霊霊がリビングルームの窓を一つだけがらがらと開けた。恐らく、何かあった時に入浴中の玖朗にも伝わるように、ということだろう。
    「しめる!!」
     楽しそうなマツリを手伝う形で、追眠は窓から丸見えの浴場に玖朗が現れる前に、重厚なカーテンをさっと閉めた。
    「さぁて、うるさいのがいないうちに注文済ませようぜ~」
     霊霊が何か言っている。追眠がソファに戻ると、テーブルの上に霊霊が何かメニュー表らしきものを広げていた。



    「ハンバーガーねぇのがなぁ~、んー、まーいっか」
    「チーズが~~のび~~る~~」
     霊霊とマツリは、あまり大きくないテーブルいっぱいに広げたピザを一切れ取って咀嚼している。果たしてどう言い訳したものか。追眠が途方に暮れている間に、低い声がした。
    「……人の客室で何をやってるの?」
    「おー、先に食ってるわー」
    「わー!」
     ピザを片手に言った二人を前に、ゆったりとした中華風の上下に着替えて戻ってきた玖朗の眉がひくりと動いた。例によって猛烈に怒っていることがひしひしと伝わってくるが、当の二人には一向に気にする様子がない。仕方なく追眠が、あわあわと告げる。
    「あー、悪ぃ……メシ頼んだ方がいいってのは、俺もそうだと思ったから……」
    「いや、猫は悪くないよ? 俺はあの二人に訊いてるの。何で俺たちの部屋で、あんたらが、我が物顔で寛いでピザ食べてるのかって。さっさと帰れ」
    「はー? 情報共有済んでねぇから、お前の長風呂待ってやってたんだろうが。もう忘れたのかよ?」
     もぐもぐとピザを咀嚼しきってから、霊霊が言う。玖朗は笑みを浮かべたまま、またひくりと眉を動かした。
    「そっちこそ忘れてるみたいだけど、どうせ大した情報なんてないだろうからさっさと帰れって言ったよね?」
    「風呂と同じ理屈だっつの。なんか食うのだって、隙ができねぇよう大人数の方がいいだろ。あと、食いもんに毒が混ぜられてるかも確認したかったし」
     霊霊が次の一切れに手を伸ばしながら言うと、玖朗の表情は一瞬だけ虚をつかれたものに変わる。だが玖朗は、すぐに嫌味たらしくニヤリとした笑みを浮かべた。
    「へぇ、身を挺して毒味役? 殊勝な心掛けだね」
    「アッハ! オレほど毒味に向かねぇ奴もいねぇだろ、毒効きにくいしな~」
    「あぁ、そういえば残念なことにそんな体質だったっけ。劇物が手に入ったら試してあげるから楽しみにしてなよ。……でも、だったらどうやって毒味したわけ?」
    「あいっ」
     手に持っていたピザを食べ終えたマツリが両手を勢いよく上げた。
    「へぇ、その子どもが毒味役?」
    「あのね! たべなくてもね、わかるよ!」
     そう言いながら、マツリもまた、次の一切れを手に取った。
    「つくったひとの悪意が見えないから! 毒はないよ!」
    「ハァ……?」
     玖朗が首を傾げる。しかしながら会話の中身が分からない追眠には、玖朗が何に対してそれほど訝しげな顔をしているのか、いやそもそもどんな会話が行われているのかも分からない。首を傾げていると、玖朗が今度は追眠に向き直った。
    「猫、こいつらの訳のわからない判断を信じたの? 猫も食べた? どうもない?」
     毒味の話か、とピンと来て、追眠は答える。
    「あー……ごめん、少しだけ。見た目も匂いも異常なかったし、その、マツリに手渡されたら断れなくて……」
    「猫ってば、相変わらず年下に弱過ぎるでしょ……無味無臭の毒薬なんて裏社会の連中ならいくらでも入手できるんだよ」
    「そうかもしんねェけど……」
     追眠が言葉に詰まっていたそのとき、リンゴーン、とまたチャイムがなった。玖朗ははっと息を詰まらせたが、霊霊もマツリも全く動じずにのんびりと食事を続けている。咀嚼の途中、マツリはドアの向こうが見えるとでも言うように言い放った。
    「まおまおが頼んでた、ついかのお料理だよ! 隠し武器とかももってないふつうのひとみたいだからだいじょうぶ!」
    「あとついでに言うと、仮にドンパチするにしたって、向こうもこの時間帯から動き出すことはねぇと思うぞ」
    「……根拠はあるの?」
     眉を顰めた玖朗が尋ねると、ごくごくとコーラを呷った後に霊霊が言う。
    「うま……あー、起きてる奴が多いから。単純に、奇襲仕掛けんなら大多数が寝静まるような時間のが隙も生まれるし目撃者も少なくなるだろ。まぁ信用するもしねぇも、好きにすればー? つか、風猫がもう開けてるけど」
    「は!?」
     玖朗が霊霊と話し込んでいる間に、追眠は料理を受け取っていた。玖朗が他人を室内に入れることを嫌うのは重々承知していたため、カートを押してやってきていたホテルの従業員から、ドア越しにトレイごと料理を受け取る。ドアを閉めて振り返った瞬間、背後には玖朗が仁王立ちしていた。
    「ちょっと猫!? 危ないでしょ、何かあったらどうするの!?」
    「いや、だって……先に霊霊たちが食べてるやつが来た時も何もなかったし。毒物が仕込まれてる様子もないし、大丈夫かって思ったんだよ」
    「だからって……ここは敵地のど真ん中だよ? 少し油断が過ぎるんじゃないの」
    「や、でも……」
     追眠は両手で持ったトレイを玖朗に示す。白米に麻婆豆腐に青椒肉絲に清湯チンタン。よく玖朗がテイクアウトしているのを見かける品々だ。
    「アンタは、霊霊たちが食べてるようなピザみたいなのとかは、あんま好きじゃないかもと思って。会場でも気ぃ張ってなんも食べてなかったし……余計なお世話かもしんないけど、好きそうなの頼んどいたんだ。その、いらなかったら、ごめん……」
     余計な気遣いだっただろうか。玖朗の言うことも尤もだ。追眠がしゅんとしたまま玖朗を見上げると、玖朗は何やらふるふると震えながら言葉を詰まらせていた。



     薄いチャイナ服を破らないよう気を付けながら脱いで、ストッキングもゆっくり剥がすように脱いで。耳元でゆらゆら揺れる蝶のピアスを外そうとして、そういえば外してはいけないのだったと思い至る。ピアスだけそのままに、それ以外身に纏ったものを全て脱いでから、追眠は脱衣所から風呂に繋がるガラス戸を抜ける。開かれている窓から、げらげらと霊霊の笑う声が聞こえてきた。
    「アッハ! お前もにゃんこに陥落してんじゃん! 毒味が心配~じゃなかったのかよ」
    「うるさいよ……あんたらぴんぴんしてるし、万が一のことがあっても多少の解毒剤くらいなら準備してるから、ある程度は対応できるかなって思っただけ。何も手を付けずに残したりすると猫に悪いし」
    「あっそ。ていうか、さっきから窓の方ちらちら見てんの何? やっぱお前ってムッツリ? だと思ったわ~」
    「見てない、黙れ」
     よく分からないがまた盛り上がっているらしい。再び一触即発の空気にならないか、追眠はどうにも心配になる。口喧嘩のうちはまだいいが、もし乱闘にまで発展するようだったら間に入らないといけないと思いながら、浴室にしては随分と広いその場所に目をやる。広いバスルームには観葉植物が植えられたスペースもあり、まるきり露天風呂を思わせる開放的な造りだが、よく見ると全体がガラスで覆われている。冬場も快適に使えるというわけだ。
     シャワーヘッドから出てくるお湯でぱしゃぱしゃと顔を洗った追眠は、近くに並んでいたボトルに目をやると、目を細めて“クレンジング”の文字を読み取る。化粧は水やお湯だけでは綺麗に落ちないため、化粧を落とすときは使うべしと双子に言い含められていたのだった。顔を洗う間にも、会話が聞こえてくる。
    「ていうか、そっちこそ絶対見るなよ、見たら殺すから」
    「見ねぇし。知ってるだろ、オレ、ノーマル」
    「ハッ、あんたはむしろそれ以前の問題だよね」
    「そーそー。性欲とかほぼ息してねぇしオレ。てかそこまで分かってんなら忠告する必要ねぇじゃん? マジで執着し過ぎだろ、ヤバ~」
    「やばー!!」
    「本ッ当にうるさいゴミクズ共だね……」
    「まー、風猫の変わりようにはオレも普通にビビったけどな。あれ、化粧ちょっといじったら女でも通るだろ、今度仕事手伝ってもらおっかな〜」
    「は? あり得ないでしょ。マジで殺してやろうか」
    「アッハ! お前今日マジで沸点低くね?」
    「誰のせいだと思ってるの」
     化粧を落としてひと息ついてから、頭と身体をさっと洗った追眠は、広いバスタブに浸かってはぁぁ、と長く息をつく。つるつるの白いバスタブ。淡く光るライト。こんな風呂は初めてで少しわくわくするとともに、身体をほんわりと包む湯の温度に、自分が思いのほか気を張り詰めてさせていたこと、そしてそれがゆっくりと解けていくのを自覚する。
    「ふぅ……きもちー……」
     縁に頭を預けて上を見上げると、ガラス越しの空で星がちかちかと瞬いていた。何だかロマンチックだ。
    「いいから、さっさと食っとけよ。嫁がせっかく頼んでくれたんだしさー」
    「嫁じゃない!」
    「あーハイハイ。あんな、食える時食っとかないとマジで死ぬぜー、これマジ。実体験」
    「うるさいよ。あんたなんかどこぞで飢え死にしたらいい!」
     ロマンチズムとは程遠い霊霊と玖朗の言い合いが尚も聞こえてきて、追眠ははっと我に返った。そろそろ仲裁に入らなければ。若干惜しい気もしつつ、ざぱりと湯の中から立ち上がり、追眠はいそいそと脱衣所へと向かった。

     急いで着替えて髪を乾かしてから部屋に戻ると、口論はひとまず収まっていたらしく、追眠が戻ってきたのに気づいた玖朗と目が合った。玖朗は苦虫どころではないそれはもう渋い表情を浮かべていたが、急に驚愕の表情を浮かべる。
    「な、生足……」
    「は?」
    「……猫、ちゃんと下も履いて」
    「ハァ? 履いてるわ」
     追眠の寝巻は、貰い物のかなり大きめのトレーナーに、丈の短いショートパンツだ。トレーナーが大きいため、ショートパンツが隠れて見えなくなっていたのだろう。だが、他に人がいる中で流石にそこまでだらしない恰好はしない。追眠は唇をひん曲げて、ちゃんと履いている証拠を見せるようにトレーナーを捲った。
    「ほら!」
    「捲らないで……」
     玖朗は顔を両手で覆った。横では何故か霊霊が笑い転げている。一体何がそんなにおかしいのか。
    「なんなんだよ」
    「アッハ! いやお前らマジでウケんね、ずっと笑ってられるわ~」
    「わはははは!!」
     マツリまで笑い始めた。だが追眠には、笑われている理由がさっぱり分からない。追眠は釈然としないまま、空いていた玖朗の隣のソファに腰を下ろした。
    「こいつら本当イライラするよね……猫、つぎ分けていい?」
    「あぁ。どーもな」
     追眠が頷くと、玖朗が中華料理を取り皿に分けてくれる。
    「なー、お前らのそれさー」
     ようやっと笑うのを止めた霊霊が言う。玖朗はこの時点で、既に眉を吊り上げていた。
    「今度は何?」
    「や、そのピアス。なんかそれ、まじで付き合ってるみてーだよな。なんとかって言うじゃん、そーゆーの。あー、ペアルック?」
    「ぶっ」
    「うわっきったね」
    「マジで殺すぞガラクタ屋……ちょっと、猫も否定してよ!」
    「らんらん、通じてないー!」
    「そうだった、うっかり日本語を……って、それ俺の呼び名なの……?」
     追眠が席に着くや否や、三人は再びぎゃーぎゃーと騒がしくなる。追眠が溜息をついてから会話の内容を尋ねると、玖朗は妙に気まずそうな表情で教えてくれる。
    「なんでアンタそんな変な顔してんの? ……あー、これはなんか、ペアのやつはおんなじもん付けとかなきゃいけないっつー、なんだっけ……ドレスコード? があったからさ。てかアンタらも揃いのやつ着てんじゃん」
     霊霊とマツリも、ドレスコードは勿論、ピアスを外すなという条件は同じらしく、揃いの真っ赤なガーネットと艶々したブラックオニキスのスタッドピアスを左右一つずつ付けている。しかも寝巻きはそれぞれ違うものを着ている追眠と玖朗とは違い、揃いの黒の着流し姿だ。
    「あー、これは部屋にあったやつ。オレはあっちーし着るのメンドかったんだけど、マツリが全裸はやめろっつーからさ~」
    「裸族ってやつ? ハァ、これ以上あんたの余計な情報なんていらないんだけど……ていうか、ガラクタ屋に着物を着る技術があったなんて驚きだよ。どうでもいいけど」
    「んあ? あ、これオレじゃねぇよ」
    「あいっ!」
     再びマツリが勢いよく両手を上げた。
    「僕が!! 着付けました!! じゃーん!!」
    「じゃーん」
     得意げなマツリの後に続いて霊霊が呟く。玖朗が溜息をついた。
    「まぁ、全裸で来られるよりはマシだったかな」
    「いや流石に外を全裸でうろつかねぇわ。しょっぴかれるっつの」
    「へぇ? もし逮捕されたら腹抱えて笑ってあげるよ」
    「アッハ! じゃーぼちぼち食いつつ」
     霊霊がピザを新たに一切れ取りつつ、自身のスマートフォンをぽんとテーブルの中央に置いた。
    「多分そろそろ来るからさー」
    「ハァ? 来るって何が」
     玖朗が眉を顰めるとともに、スマートフォンがぶーぶーと音を立て始めた。着信だ。霊霊が面倒そうに画面を操作する。
    「おっすワンワン〜。相変わらずクソみたいに時間通りじゃん? 真面目かよ」
    『あのな、お前と違って世の中の大抵の人間は時間を守って生きて……っておい、天井しか映ってないぞ!?』
    「あー画面越しでもうっせー、今みんな飯食ってんだって」
     霊霊がピザを片手に立ち上がって画面に向かってひらひら手を振る。マツリが身を乗り出して画面を覗き込んだ。
    「わんわんだー!」
    「なんでわざわざビデオ通話にしてるわけ?」
    オレが頼んだんだ。マツリの無事を確認したくて……というか、医生センセイ!?』
    「やぁ、お疲れ」
    「あ、劉仁か! よお、お疲れ」
    『追眠も……なんだ、全員合流してるのか』
     画面に映っているのは劉仁だ。背景は追眠たちがいる部屋とよく似ている。どうやら劉仁もホテルの客室に移ったうえで連絡してきているらしい。途端に霊霊がけたけたと笑った。
    「アッハ、つーかお前そのカッコ何? オレら三人でおそろみたいになってんじゃん」
     空色の瞳を不思議そうに瞬かせる劉仁もまた、黒の着流し姿だ。それは、霊霊やマツリが着ているものとよく似ている。
    『む、これは自分で持ちこんだ自前のものだ……お前こそ、なんで着流しなんか……』
    「あー、これはマツリに着せられたやつ。部屋にあった」
    「じゃーん!!」
    『さてはまた服を着るのを面倒くさがったな……悪いなマツリ、そいつの面倒を見させて……まったく、これじゃどちらが保護者か分からない』
     画面の向こうの劉仁がやれやれと頭に手を当てる。だが霊霊にとってそんなことはどうでもいいらしく、何事もなかったかのように問うた。
    「じゃーワンワン、確認すっけど」
    『はぁ……、あぁ』
     劉仁が力なく返事すると、霊霊が軽くひとさし指を立てる。
    「ワンワンからの情報その一。オークション出品者は買い手側とは違って、一回限りしか出品しない奴やしばらく顔を出さない奴も多い。そもそも、出品者は今日のトンチキなパーティーも参加自由だし、パートナーとやらも必要ない。その辺から、主催側も出品者とは親密になろうとしてないのが窺える。あと、ワンワンが話を聞いた出品者は全員、主催がどうとか羅甚仁がどうとか、知らないし余計なことは知りたくない、ただオークションで稼げりゃいいってスタンスの奴ばっかだった。よって、出品者サイドはビジネスライクのドライな奴が大多数、恐らくシロ」
    「は? あ、あぁ、確かにそうだ、だが」
     劉仁が言いかけるのを遮って、霊霊は立てた指を二本に増やして続けた。
    「じゃー次、ワンワンからの情報その二。かといってオークションの買い手側、まぁこれは今日のパーティーの参加者って言い換えてもいいな——連中が全員クロってわけじゃない。全員変態なのは置いといて羅甚仁関連に限って言えば、一番怪しいのは主催者およびVIP会員。主催に選ばれたごく一部の人間しかVIP会員にはなれないっつーことからも、主催とVIPは蜜月関係なのが予想できる。あとワンワンの聞き込みによると、VIPには毎月かなりの額の会費が発生してる。具体的な数字までは分かんねぇけど、8ケタは下らないレベル。そうなると、流石にオークション出品商品の優先購入権くらいじゃ割に合わない。にもかかわらず、VIPから脱退した奴はいないらしい。つまり、バカ高ェ会費が“割に合う”と思わせるような、主催とVIPの中だけで秘匿されている特別なVIPステータスが何かある。ここんとこが怪しいし、VIP会員に名前のある羅甚仁自身がこのステータスに惹かれた、もしくはこのステータスに何かの形で関わる主催の協力者である可能性がある……とまぁ、お前の持ってる情報はこんくらいか?」
    「いや、だから……確かにそうだが」
     劉仁は呆けた様子でそう漏らした。
    「……我は今、それを伝えようとしていたところで——お前、なんでそれを知ってるんだ……?」
    「あー、ってことはワンワン、オレらが引っ込んでから手に入れた追加の情報はなしか~。じゃあ、切るわ」
    『おい待て! お前もしかして、またマツリに——』 
    「あーうっさいうっさい。じゃな」
     ぶちっと霊霊が強制的に通話を終了させた。そしてすぐさまスマートフォンを仕舞う。しかし、霊霊がスマートフォンを仕舞った瞬間から、すぐさまぶーぶーとバイブ音が追いかけてきていた。それはまさに、劉仁の戸惑いと怒りの声の代弁のごとく。
    「で、オレからの追加の情報だけど」
     劉仁が何度も掛けなおしているらしいスマートフォンの鈍い通知音に対し、霊霊は無視を決め込んだまま言った。
    「あの場にVIPは何人かいた。ただ、羅甚仁について詳しく知る人間はいなかった。あとホテルの従業員もシロだ。だから結局、明日あの場にいなかったVIP、または主催者を叩く必要がある。以上~」
     話は終わりとばかりにそのままコーラを煽った霊霊に、玖朗が詰め寄った。
    「ちょっと、一人で勝手に完結してるけどどういうつもり? いろいろ言いたいことはあるけど……とりあえず、あの場に主催がいなかったとか、VIPがいたとかいなかったとか、どうやって判別したっていうの? 誰がVIPなのか、誰にも分からない、それを教えないって言うのがあの場のルールだったはずだけど。あの人数を、まさか一人一人詰問したわけじゃあるまいし」
    「は? あー、きいてはねぇな。“視た”んだ、マツリが」
    「…………は?」
     玖朗が眉を顰めると同時に、マツリがにっこりと笑った。
    「みた!」
    「いや、だから……」
     呆れた様子で玖朗が頭に片手を当てた。
    「何を見たって言うの? まさか見ただけでどれがVIPか分かりました、なんてこと言うわけじゃないよね」
    「わかるよ」
     マツリは微笑みを浮かべたまま断言する。
    「ぜんぶわかる。表層を視るだけだから、かんたん」
    「……ハァ……やっぱり、ガラクタ屋が連れてるガキなだけあるよ。頭がおかしい」
    「ぶう……」
     マツリが唇を尖らせる。霊霊は笑い飛ばした。
    「アッハ! 理屈なんかどうでもいい。マツリが視たんならそれが正解。楽でいいだろ」
    「とにかく、あんたはその意味の分からないガキの言うことを信じてるってわけね」
     溜息をつきながら、玖朗は一連のやり取りが分からず目を白黒させている追眠に内容を説明してくれた。
    「……マジで言ってんの?」
    「だよね、猫の反応が正しい」
    「まぁでも……とりあえず、あの場に羅甚仁について詳しく知る人間はいない、っていうのは俺らも大体同じ考えだったから置いといて……ホテルの従業員がシロっていうのはどうやって判断したんだ? さっきメシ持ってきたときに何もされなかったからか?」
     追眠が首を傾げると、軽く溜息をついた霊霊が言う。
    「まぁ、理屈が必要ってんなら、そんくらいなら説明してやるよ」
     さも面倒くさそうに、霊霊は説明を始める。
    「まず、このホテルの経営母体について。経営してんのは合併繰り返して大きくなった上場企業で、ここ以外にもいくつかのホテルを経営してる。会社自体50年は続いてて、このホテル自体も20年以上の歴史がある。ぴっかぴかなのは建て直しのおかげだな。で、このホテルが経営開始してからの20年間、多少の入れ替わりはあっても、株主が大きく入れ替わった様子はない。つまり経営してる連中自体は最低20年間は変わってない。ここまでいいか?」
    玖朗が適宜霊霊の言葉を訳してくれるが、訳してもらったところで追眠は目を白黒させる他ない。
    「お、おう……」
    「で、件のオークションの主催者。こいつがオークション事業を興したのがここ数年。この辺はオレが調べたわけじゃねぇけど、ワンワンとこの眼鏡が言ってた情報だからまぁ確かだろ。だからホテルの経営陣はこの時点で、このオークションについてほぼシロ」
    「……なんで?」
     玖朗が呟く。あー、と面倒くさそうに霊霊が声を漏らしたが、玖朗がじろりと睨むため、仕方なさそうに説明を続ける。
    「今でこそ軌道に乗ってるらしーけど、商売としてオークションやろうとすると、えげつねぇくらいの元手が要る。買い手になるような金持ち共とコネ作るにも金が必要だしな。ただこの数年、このホテルの経営は芳しくなかった。まぁそりゃここだけじゃねぇな。ホテル観光全般」
    「あぁ、コロナね」
    「そ。あの頃は中華街もスッカスカでマジ歩きやすかったわー……まぁとにかく、同業者がばんばん閉業してく中で、ここの経営陣もホテルを存続させるだけで手いっぱいだった。それは、数年分の収支報告書見たとこでも間違いない」
    「つまり、この数年コロナのせいで経営状態が悪化してたこのホテルには、オークション業にかかる莫大な資金を捻出できない……だから経営陣はオークションについて関わってないってこと?」
    「主体になって動いてるわけじゃねぇのは確かだろうな。オレは、コロナの影響で売上落ち込みまくってて金が喉から手が出るほど欲しいホテル経営陣に、オークション業が成功して結構な金を持てるようになった主催が声掛けて、ホテルの使用料プラス、オークションその他諸々の口止め料として結構な額を提示してホテル側が乗った、ってところじゃねぇかって考えてる。なにせケーサツが捜査するかもしれねぇ犯罪紛いのオークションだからな、このホテル側にもそれなりのリスクはある。そんでも、ここを会場として使うのを呑ませるくらいデカい金握らせたんだろ」
    「なるほど、まぁ筋は通ってるね……じゃあ、このホテルの従業員も何も知らないってこと? それはどうやって判断したの?」
    「んー……」
     霊霊が声を漏らした。分からない、のではない。恐らく面倒くさい、の意だろう。
    「ちょっと、ここまで話聞いてやったんだから、最後まで説明しなよ」
     玖朗が眉を吊り上げても効果はない。
    「……飽きた」
     ソファの背もたれに寄りかかって霊霊が呟くと同時に、玖朗の眉がさらに吊り上がる。
    「ハァ?」
    「はぁい! そんな! あなたに~!!」
     急にマツリが妙な掛け声を上げて、食べ物も空になりつつあったテーブルの中心に何かを置いた。
    「じゃん!!」
    「……ん?」
    「いや、何これ」
     追眠と玖朗の声に、マツリが立ち上がって胸を張った。
    「ジェンガです!!」
     それは追眠も何度か見たことはある、ブロックゲームのパッケージなのだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    みなも

    DONEとんでもない書き間違いとかなければ!これにて!完結!
    7か月もかかってしまった……!
    長らくお付き合いいただき、本当にありがとうございました!!
    ウルトラバカップルになってしまいましたが、今の私が書けるウルトラスーパーハッピーエンドにしたつもりです!
    ものすごく悩みながら書いた一連の3日間ですが、ラストは自分でも割かし納得いく形になりました
    2024.3.24 追記
    2024.4.30 最終稿
    玖朗さんお誕生日SS・2023【後編・3日目】 ゆっくりと瞼を開けたその瞬間から、身体が鉛のように重く、熱を持っていることが分かった。たまにある現象だ。体温計で測るまでもなく、発熱していることを悟る。
    「ん……」
     起き上がろうとした身体は上手く動かず、喉から出た唸り声で、声がガラガラになっていることに追眠は気づいた。そういえば、引き攣るように喉も痛む。ようやっとのことで寝返りを打って横向きに上半身を起こすと、びりりと走った腰の鈍痛に追眠は顔を顰めた。ベッドサイドテーブルには、この状況を予期していたかのように蓋の開いたミネラルウォーターのペットボトルが置かれている。空咳をしてから水を含むと、睡眠を経てもなお疲れ切った身体に、水分が染みていった。
    13483

    recommended works