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    ちよの

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    ちよの

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    以前支部に載せた五夏がご飯を食べる話の『親鳥と雛鳥』に出てくる、五夏が食堂のご飯を制覇する話(の序幕)です。
    先に本編の親鳥と雛鳥をご覧いただいた方がわかりやすいかと思います。

    完全版は後ほど支部に投稿します。

    #五夏
    GoGe

    今日は何食べようか【序幕】          【1】


    『悟が信用できるまで私と一緒の料理を頼めばいい』

     まだ若干冷たさが残る風が鼻先を撫でる春宵にて。古めかしい部屋の端に置かれたベッドにて寝転んでいた悟は、腹を撫でながら数時間前に言われた言葉を脳内で復唱していた。久しぶりにコンビニエンスストア以外のご飯を入れた胃はぐるぐると消化に励んでいる。ずっと脳内を占拠する言葉も、胃が驚いているように腹鳴している理由も、喉の奥に残る味の残り香も、すべての原因は同級生――夏油傑のせいであった。

     三時間ほど前のこと。傑との初の合同任務を終え、肩を並べて食堂へと入り、向かい合うように適当なテーブル席に座った。周りは上級生ばかりであったが、それを気にして恐縮するような二人ではない。
     予め用意されていた食堂用メニューを手に取った傑を向かいにして、悟は携帯を開いてモードに繋いでから最近お気に入りのグラビアアイドルの画像を検索していた。新しい待ち受け画面を選ぶためである。
     途中、美味しそうな香りに惹かれるようにぎゅるぎゅると腹の虫が鳴いたので、夕食を買いにいくべく席から立ち上がり傑へと一言を声をかけた、そんな時。

    「え、コンビニ?」

     傑が切れ長の瞳を見開いて、身を乗り出すようにしながら悟の腕を掴んだ。ずっと術式を使い続けるのはまだ疲れるし、最近は傑の前なら無下限を解いても良いかなと思っていたから、肌に食い込むように触れた指の温かさに少し驚いた。

    「なに?」
    「もしかして入学してからずっとコンビニ弁当を食べているのか?」
    「そうだけど」

     一体なにが引っ掛かっているのやら。訝し気に訊いてきた傑に素直に頷くと、彼は口をあんぐりと開けて固まった。入学してから約三週間、何度か傑と食事を共にしているのだが、その度に悟はコンビニで買っていた。
     始めのうちは『五条って坊ちゃんの癖にコンビニ使うんだ』と他人に無関心な硝子にさえ指摘されたのだけれど、最近は特に訊かれることもなかったからてっきり興味が無くなったのかと思っていた。そのため、今更なって傑が突っ込んでくるとは思ってもいなかった。

    「どうして?」
    「外の奴が作るモンで一番信用できるのは今のところコンビニだからな。ほら、こういう弁当って俺に向けて作ってるわけじゃねえだろ? だから毒とかも入っていないだろうし。ま、非術師術師関係なく毒殺しようってんなら話は別だけど」
    「悟……」

     傑は憂いた顔をしていたけれど、別にそんな表情をするような話ではないと悟は思っている。五条の家では、悟に出される食事はすべて毒見をしてからと決まっていたし、悟もそれを不思議に思ったことはない。むしろ高専に入学してから、食堂で出された食事を摂っている学生や教師たちの方が異常だと思ったほど。いわゆる危機感の欠如だ。
     悟は、傑に今までの食事の仕方を教えた。悟の首には呪詛師の間で懸賞金がかけられていること、『当たらない』ことを前提とした無下限呪術に於いての対処法は毒殺だと広まっていること、だからこそ毒見役がいたこと、そのためいつも出される食事には本来の温かさがなかったこと、料理人の顔も毒見役の顔も見たことすら無く、悟の前に運んでくるのは傍系や分家に中る侍従であること。
     なんてことない顔をして指折りで答えていく悟に、傑の顔はどんどん曇っていった。最後にはどこか寂しそうな表情をしていたけれど、再三言うが悟にとっては十何年と経験してきたことであり、最早どうとも思っていないのだ。

    「悟、いいかい? ここの寮母さんは悟に毒を盛ったりはしない」

     心憂いた面様だった傑は、声のトーンと音量を下げて言った。配慮されたその声は悟だけに聞こえているようで周りはいつも通り楽しい食事を続けている。傑が気を使いたい相手が、厨房で忙しそうにしている寮母だということは悟も気づいたが、如何せん協調性がない性格なのでうげっという顔を隠すことなく「ンなもん、わからねえだろ」と返した。

    「いや、君には分かるはずだ。彼女は呪術師でもましてや呪詛師でもない。まあ、窓程度には呪霊が見えるらしいけどね」
    「……」

     腹を撫でる様な柔らかな、けれども芯のある声で諭された悟だって、寮母が術師ではないことは勿論知っている。彼女は窓程度の呪力を持った限りなく一般人に近い人間なのだ。
     それでも、悟を殺そうと企む呪詛師と裏で繋がっている可能性は否めなかった。悟が強く警戒するほど、五条悟という人間はあらゆる場で命を狙われてきたのだ。
     そんな悟に、傑は例の言葉を掛けた。

    「悟が信用するまで、私と一緒の料理を頼めばいい」

     と。

     悟は改めて、言葉が出てきた経緯を反復し両手でわしゃわしゃと髪を掻き回した。ついでに、「一体なんなんだよあいつ!!」と足をバタつかせると、ぎしぎしとまだ慣れないベッドが音を悲鳴を上げている。腹は必死に消化に勤しむし、喉には早速と言わんばかりに傑が頼んだ鯖の味噌煮定食の味噌が絡まっているし、頭も占拠されているし、足もバタついてしまう。
     ただ、『悟は何食べたい?』と見やすいようにメニューを傾けて手渡してきた傑は楽しそうだったし、警戒しながらもなんとなく気分で指した料理に『いいね、私も食べたいと思っていたところ』と言った声は優しかった。小さな注文票に手書きで『鯖の味噌煮定食×2』と書いて、二人でカウンターまで持っていくと、寮母に『あら、五条くんいらっしゃい』と笑顔を向けられてなんだか擽ったかった。
     出来上がり受け取った料理を傑が寮母から見えないようにこっそりと交換した時は、万が一傑が毒殺されたらどうしようかと危惧したものの、なんてことない顔で、本日二度目となる『私はそんなことで死なないよ。結構頑丈なんだ』と言われてしまえば、悟は引き下がるしかなかった。
     結局交換して、食べた鯖の味噌煮はたしかに美味しかった。

     箸で鯖を割ったときに味噌が中に垂れていき、身と絡み合っていく。箸で掴めば、味噌が箸から皿に名残惜しそうに垂れていった。それをもう一度掬って、一度白米に乗せてから口に入れる。悟は五条の家で、焼き魚を食べるときは魚をひっくり返さないように頭から箸を入れて食べていくことを教わったが、鯖の味噌煮は始めから四つ切にされているため、特に気にすることなく口に入れた。美味しかったし、毒の味なんてしなかった。傑も死ななかった。
     
     正直、傑との食事は楽しくて仕方がなかった。五条の家では、御三家や五条分家との食事以外で誰かと食事をした記憶があまりない。あったとしても、幼少のころに植え付けられた食事のマナー程度だ。わいわい会話をして食事だなんて以ての外である。
     指一本で呪霊や人を殺められる悟の力に脅え、或いは次期当主への媚び諂いや機嫌取りのために何を言っても肯定され何もかもを与えられてきたけれど、代わりにパンピーが言う家族との暮らしとやらは知らなかった。
     だからこそ、「せっかくなら食堂のご飯制覇しようか」と笑った傑の誘いを無下にすることができず、結局頷いてしまった。

    「くっそ……」

     木目がついている天井まで届きそうなほどの、腹の底から出した大きなため息と悪態が部屋の中に響いた。もう一度足をバタつかせて、髪を掻く。なんだかこのままだと胸焼けまで起こしそうで、歯を磨きに行こうと立ち上がった。





              **

     歯磨きセットを持って男子棟の共同洗面所に行くと、ステンレスの横長シンクの一角に大きな影が伸びていた。女子よりも男子の方が圧倒的に多い学校と言えども、自分たちほど背が高い上級生はいないため、その影が誰かなんて確認しなくともわかる。そもそも、悟の目はよすぎるゆえに、他人を術式で判断することができた。
     
    「傑じゃん」
    「や、はとふ」

     悟が声を掛けると、傑は振り向き口に歯ブラシを咥えながら片手を挙げた。歯ブラシを咥えているせいでまるで喃語のような音だけれど、『や、悟』と言ったことは容易に想像ができる。悟も傑の隣に並び、掴んで持ってきた歯ブラシに歯磨き粉をつけると、口に咥えてしゃこしゃこと動かす。口の中に残っていた味噌の味は、瞬く間に甘い味になっていった。最近の歯磨き粉には、大人用でも色々と甘い味があると知ったのは先週のことである。

    「ふぐう、はらだはんほもないの?」
    「ひや、なにひってふかはからないひ」
    「え? はんへ?」

     二人して歯ブラシを咥えたまま会話をするものだから、まるで童謡のヤギのようなすれ違いが起きる。遂にシンクの中に歯磨き粉を吹き出してから、ふたりで腹を抱えてひいひいと笑い合った。

    「あー、すげえ笑った」
    「私も。で? 悟はなんて言ってたんだい?」
    「だからな? 身体はなんともないのかって」
    「体? 特になにもないけど。たかが一食くらいで体重は変ったりしないよ」
    「いやそうじゃねえけど……ま、いっか」

     傑の顔色はいつも通りだし、特に異変があるようにも思えない。どうやら毒は本当に入っていなかった。
     最後は吐水口を上にあげてから適度に水を出して口づけないように水を含み、口を濯いだ。どうせならば綺麗な洗面所が欲しいところだが、呪術高専の寮内の設備はどうしたって古臭い。
     
    「そういえば、ここ工事するらしいよ」
    「ここって洗面所?」
    「そう。新しくするんだって」

     ほら、と口許をタオルで拭っていた傑が携帯を操作してから画面を悟の前に出した。そこには、明らかに間取りや場所は一緒であるのに、ステンレスの横長シンクの代わりに白い洗面ボールと混合栓がついた洗面所が写っている。今取り付けられている大きな鏡は摺りガラスの窓になっており、置き鏡のようなものが小さく写っていた。悟が「これどこ?」と訊くと、「女子寮」と返ってきたので、どうやら先に女子寮を改修工事したようだ。随分とタイムリーな話である。

    「せめてお湯出るようにしてほしいよな」
    「たしかに」

     まだ春の真っ最中であるゆえに朝方の水はきんっと冷たい。これが冬になると、学生たちは冷たい水を避けるべく風呂場で身支度を済ませるようになると聞いていたが、夜は兎も角朝は面倒くさいはずだ。洗面所でもお湯が出てくれれば問題は解決である。
     二人の苦言染みた意見は合致したようで、揃ってうんうんと頷いた。
     後日、水栓が新しくなるのと同時に小型の電気温水器が取り付けられ、二人が喜ぶのは別の話である。








    【2】


    『食堂のご飯を制覇しようキャンペーン』は翌日昼から行う予定であったが、日中に呪霊操術と相性が良さそうな呪霊が出現したため、傑が緊急任務に行った。よって、夜行うことになる。ちなみに傑命名である。

     四月も後半となっているのに、まだ冷え冷えとした風が吹く暮れ時、呪術高専の食堂にて。
     周りの上級生たちが声の音を丸めて楽しそうに談話している傍ら、悟は一人、テーブル席に座りながら携帯を弄っていた。傑を待つためである。置かれたメニューには特に目を通さず、ひたすら携帯のボタンをカチカチと弄る顔には、どこか詰まらなさそうな表情が漂っていた。

    「お待たせ」
    「ん」

     傑が到着したのは、悟が訪れてから二十分後のことだった。ここまで走ってきたのだろうか、額にはほんのりと汗が滲み、垂れた前髪の房が額に張り付いている。傑は着席すると、セルフサービスである水を煽るように飲んだ。

    「傑がそんなに時間かけるなんて珍しいじゃん」
    「思ったよりも数が多かったんだよ」
    「ふうん、同行者が雑魚だった感じ?」
    「ほら、名前はたしか……ああ、庵歌姫さんだ」
    「あー、あの? やっぱり雑魚じゃん」
    「こら、たとえあれだとしても庵さんだって必死にやってるんだからそういうこと言わない」

     傑からの説教染みた言葉に悟は舌を出したが、傑も随分な物言いである。
     傑が今日向かったのは茨城県のとある小学校である。既に児童三人の失踪が報告されており、傑に与えられた任務は呪霊の祓除と児童の救出或いは回収であった。呪霊操術はその稀少さと本人の能力の高さから準一級以上の昇級は秒読みだと言われているが、一般家庭出身のため未だ単独の任務は許されていない。本日の同行者は庵歌姫という二人の上級生で、任務の同行は初めてだった。礼儀を重んじた気が強い彼女のことなので、もしこの場にいれば生意気な後輩二人にぎゃんっと吠えていたはずだが、如何せん歌姫はここにいなかった。
     
    「さて、今日はなに食べようか」
    「別に何でもいい」

     昨日同様にメニューを悟に見やすいように開いた傑だが、悟としては特に何が食べたいか決まっていない。なんでもいいというのが悟の意見である。実のところ、五条家では洋食や中華の類が出たことが無く、基本的に和食か懐石料理ばかりであったため、メニューを見たところで大半が食べたことない料理ばかりだ。最近頻繁に行っていたコンビニエンスストアの弁当も、冒険をするような心積もりで買ったものばかりである。

    「なら私が決めるかな」
    「おー」

     傑はメニューの角度をその場から変えることなく、上から下へと眺めるように見つめていった。一応悟も傑の視線を追いかけるようにして頭を動かす。

    「よし、今日は鶏のから揚げ定食にしようか。悟も食べられるよね?」
    「ん」

     定食の欄に並んだ数多のメニューから、傑は『鶏のから揚げ定食』を指差した。残念ながら写真はないが、ご飯と味噌汁が付いてくることは昨日のサバの味噌煮定食で把握済みである。しかもここの寮はご飯と味噌汁のおかわりが自由なため、傑は昨日ご飯を三杯も食べていた。
     悟が頷くと、昨日同様『鶏のから揚げ定食×2』と記載してから、カウンターへと持っていった。今日も寮母は嬉しそうに笑ってくれた。

     鶏のから揚げ定食が届いたのは、注文してから十五分後のことであった。
     千切りされたキャベツの山に身体を預けるように、五個のから揚げが盛り付けられている。端にはマヨネーズと二個のブロッコリーがちょこんと乗せられていた。ちなみにドレッシングはお好みに合わせてカウンターからセルフで持っていく仕様だ。傑は焙煎ドレッシングを手に取り、悟は特に何も持たなかった。
     お盆の手前左側に白米、奥にわかめと豆腐の味噌汁、右側には小鉢に入ったたくあんが乗せられていた。

    「ほら、悟」
    「……」

     着席し、寮母の目を盗むようにしてから料理を交換をした。そしてそれぞれドレッシングをかけていく。
     悟はまず唐揚げを箸で掴んで、一度マヨネーズにつけてから一部を口に入れる。噛んだ瞬間にサクッと軽やかな音が鳴り、次にじゅわじゅわと肉汁が舌に広がった。遅れてにんにくと生姜の風味が到達し、舌の上に滞在していた肉と絡み合う。それをもう一度よく噛んでから喉を鳴らすように嚥下した。
     そのまま特に何もつけていないキャベツを口に入れると、キャベツの瑞々しさが舌鼓を打つ。しゃくしゃくとした感触

    「美味しいね」
    「……まあな」

     傑も唐揚げの味を気に入っているようで、大きな口に放り込んでいる。そして眦を下げて、心底美味しそうに顔を綻ばせた。

    「傑さ、二日連続蕎麦食べてないけど大丈夫なわけ? 禁断症状とか出ねえの?」
    「君、私を蕎麦しか食べない奴だと思ってる?」

     傑の返しに悟はゲラゲラと笑って、味噌汁を啜った。冷えている体には優しい温度で、汁が喉を通るたびに身体がぽかぽかと温度を持ち始めた。わかめと豆腐は言わずもがなきちんと美味しい。飲んだ後に、思わずはあ……と深い息を吐くほどには胃と器官に優しかった。







              **

     今晩の胃もぐるぐると消化に勤しんでいた。喉には一番最後に食べた唐揚げの風味が残っている。それでも、昨日のような混乱は特になく、まるで延々と味噌汁を飲んだような、締めの水を少し熱めのお湯にしたようなほっこりとした温かさが残っていた。
     傑と食堂のご飯を共にして二日目、色々な話をしながら食べるご飯はいつも以上に美味しかった。きっと五条の家の人間とだったら絶対に体感することができなかった僥倖である。次期当主への恐れと媚び売りをするアレらが家族と呼ぶのなら、傑はきっと家族以上だ。

     出会って三週間、傑の隣は呼吸がしやすくて好きだ。



    つづく 
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