閣下の最近のブームは「私は大人だから」らしい。
昨年18になり、今年の3月に秀越を卒業、社会人としてこれまで取ってこなかったような仕事もアイドル活動に加わったことから、「成人としての意識」とやらが芽生えたそうだ。殿下に連れられて作ってきたクレジットカードを「……大人の証」とまるで水戸黄門の印籠のように満足げに掲げてきたり、海外撮影のために取りに行ったパスポートをわざわざ10年有効のものにしたり、選挙の投票所入場券が届いた際はドヤ顔で見せびらかしたりされた。
正直なところ俺だってクレカは持ってるしパスポートも(更新手続きは面倒だが)5年有効で特に不満はないし選挙権だってまもなく手に入るわけだから、閣下のマウントに対してなにも羨ましいがる要素はない。だから閣下がなにか新しい出来事があるたびに報告してきても毎回「はいはいよかったですね」と適当にあしらっていた。そもそも、そんな自慢をしてくる時点で「大人として扱われる自分」に酔ってる子どもではないかと、そんなことを思いさえした。
しかし、度々「私は大人だからいいけど」と俺(未成年)の深夜勤務(繁忙期に自社でこっそり)を嗜めてきたり、「私の方が年上だから」と格好つけたいのかむやみに奢ろうとしてきたり、「茨は未成年だから」と懇親会に着いてこようとしたり、と保護者面とでもいうのか、とにかく俺を子ども扱いしてくるのはいただけない。端的に言って面倒だしちょっとイラッとする。たかだか一つしか変わらないくせに、というか突然の法改正がなければまだ未成年だったくせに、高校を卒業した途端それまで俺にさんざん世話を焼かれていた人間が掌を返してくるのは腹に据えかねるものがあった。だいたい、年収で行けば複数会社を経営してる俺の方が上に決まってるだろ!
「閣下は大人だから駄目ですよ」
というわけで、これはちょっとした意趣返しだ。
ちりんとレトロなベルを鳴らして入店してきた閣下は先に着いていた俺を見つけると表情を和らげて近づいてきた。そうして、テーブルに並べられた俺らしくないチョイスに不思議そうに目を瞬かせる。
木目調のテーブルの上ではクリームソーダがぱちぱちとはじけて涼しげな音を立てていた。よく磨かれたガラス越しに差し込む陽光がみどり色の水面をきらきら反射して美しい。俺はバニラアイスのてっぺんのさくらんぼを摘んで、見せつけるようにゆっくりと頬張った。甘酸っぱさが口内に広がる。
「大人なんですから、閣下はブラックでもどうぞ」
着席を促し、メニューを差し出しながら、避けていたプリン・ア・ラ・モードをこちら側に引き寄せた。純喫茶らしく固めに仕上げられたプリンの上にはたっぷりの生クリームが絞ってある。よく冷えた銀の器にとろりと流し込まれたカラメルが洒落た電灯の光を受けてつやつや光っていた。
「……怒ってる?」
「何か怒られるようなことをされたので?」
パタンとメニューを閉じた閣下は、店員を呼んでアイスコーヒーを一杯だけ注文した。それを傍目に、クリームソーダのアイスを一口削る。
「……夕飯、入らなくなっても知らないよ」
「まだまだ成長期ですのでこのくらい平気です! 成長期ですので!」
「やっぱり怒ってる」
閣下はふうとため息をつきながら頬杖をついた。俺は素知らぬ顔でソーダを啜る。人工甘味料も冷たい炭酸と混じると爽やかで喉越しがいい。特にこういう立っているだけで汗だくになってしまう日はなおのこと美味しく感じるのだから不思議だ。
「せっかく茨からデートに誘われて嬉しかったのにな」
「デートはデートでしょう」
「そうだけど、ちょっと無粋」
閣下の不満そうな顔を肴にクリームと一緒にプリンを掬う。濃厚なプリンはうまい肴のおかげか普段の10倍は甘美な味わいがした。俺を子ども扱いするからですよ、なんて心の中でほくそ笑む。
「分けてあげてもいいですよ?」
子どもの食べ物ですけどね、なんて言いながらスプーンを閣下の方へ向けた。これ見よがしに制服を着て放課後デートをした、暑い日のこと。