閣下は失われた言葉を探して旅をしている。
随分昔に住人のいなくなった雑草の繁茂する村を片っ端から検分したこともあるし、大都市の巨大な図書館に朝から晩まで引きこもって古文書を読み解いたこともある。戸籍を辿ってかつてその地域に住んでいた人間を探し当てレクチャーを受けたこともあったし、何日もかけて洞窟の壁画を模写したこともあった。
閣下は言語学者でもなんでもないけれどその独自の研究結果については世の研究者たちも一目置くほどで、時おりフィールドワークに同行しないかと誘われることがあった。そういう時は誘ってきた偉い先生の連れがごまんといて手となり足となり働いてくれるし、バックの立派な研究所が資金も寝食も確保してくれるから助手兼サバイバル担当の俺の出る幕は少ない。だから俺はその空き時間を有効活用して、いつまで続くかわからないこの旅の軍資金集めのために、街でバイトをしたり出版社に閣下の著作を売り込んだりすることにしている。印税は部数がはけなければいうほど儲からないこともわかった。
「お帰りなさい」
「……ただいま」
「どうやら今日は振るわなかったようですね」
先生が準備してくれた野営地で出版社とのウェブミーティングを終えたタイミングで閣下も調査から戻ってきた。その顔がなんとなくしょげているように見えて苦笑しながらそう投げかければ、茨は私のことがなんでもわかるんだねと微笑まれた。
「私は未だに君の言葉を理解できないというのに」
「別にいいじゃありませんか」
「ううん、良くない」
きっと大事な言葉なんだ、ともう数えきれないほど聞いた返事が返ってくる。
「私は知りたい、あの時、茨が私に伝えたかった言葉」
閣下は失われた言葉を探して旅をしている。
それは俺が忘れてしまった故郷の言葉だった。記憶を失う前、俺が彼に伝えたその言葉の意味を、彼はもう長いこと探し続けている。