時期に見合わぬ強い寒気が流れ込んできた。気温は急激に落ち込み、想定よりも随分と冷え込んだ早朝、寒さのあまり夜明けよりも早く目が覚めてしまった。そういうと、その日の夜に茨が羽毛布団を抱えて部屋にやってきた。昨年秀越で過ごした際に使っていた布団だ。去年の冬、寒くて寝付けないとこぼしたらすぐさま茨が取り寄せてくれたもので、ものすごくふわふわでびっくりするくらい暖かい。これがあればきっと今夜はぐっすり眠れることだろう。
「寝る前までは暖房をつけておきましょう。今日同室のお二人は?」
「薫くんは日付が変わる前には帰ってくるって言ってた。ゆうたくんは今日はお泊まりなんだって」
「なるほど。お二人がいないからといってあまり夜更かしはしないでくださいね」
「……茨はときどき私を子ども扱いするよね」
「それはそれは申し訳ありません。この悪い舌が誤解を招いているようですね。自分は純粋に閣下の体調を心配しているだけで他意はありませんよ」
「……本当に?」
「もちろんですとも!」
にっこり笑った茨がベッドメイクを終えてソファに座る私の元へやってきた。貼り付けた営業スマイルから、少なくとも半分くらいは本気で私のことを子どもだと思っていることが察せられる。付き合いが長くなって、表情から茨の心中を読み解くことができるようになった。最近は茨の方も私たちに心を許している気配が窺えるので、そのせいもあるだろうけれど。簡単にいうと、ガードが緩くなってきている。それはきっといい傾向だ。
「ねえ茨、このあとの予定は?」
「特に決めていませんが、何かありましたか?」
寮内を出歩くためルームウェアを着ているけれど、茨もすでにお風呂を済ませているようで部屋に戻ればいつでも眠れる状態のようだ。とはいえ、この子が素直に寝ているとは思えないけれど。
「あ、ココアは出せませんよ。今日自分達との合流前に殿下とお茶しに行かれたんでしょう? とある筋から情報が入っています。今日はダンスレッスンもトレーニングもあまり時間が取れませんでしたし、夕飯もしっかり召し上がっておりましたので、これ以上はカロリーオーバーです」
「……茨、やっぱり私のこと、子どもだと思ってるでしょ」
私は拗ねた風を装って茨を睨め付けた。
今年は全員が成人することもありEdenは初めてカウントダウンライブを行う。その宣伝や練習で日々のスケジュールはぎゅうぎゅう詰まっているのに、それ以外にも年明けの分も含めてさまざまな収録が予定されている。なかなかスケジュールに空きがないことはよくあることだったが、茨は自分の会社の仕事もそれに上乗せされてもっと忙しいはずだから、時間が取れる時くらい早く寝て欲しいと私は言いたかったのだ。なのに茨ときたら穿ちすぎるというか、どこかずれているというか。
「そうじゃなくて……こっちにきて」
私は読んでいた本を閉じ、茨の手を引いてベッドサイドに向かう。せっかく茨が整えてくれた布団をめくって茨の手を掴んだままそこにころりと倒れ込んだ。慌てた茨が私の体の上に乗り上げないように空いた手をシーツに突いてバランスを保とうとするが、構わずぐっと引き寄せる。
「閣下!?」
「子どもだから茨と一緒に寝たい」
「何をおっしゃってるんですか!」
「だって茨の顔に書いてあるんだもの、閣下は子どもだなって。私だってココアがなくても眠れるよ」
「ではお一人で! お一人で寝てください! 子どもじゃないんでしょう!」
「やっぱり子ども扱いしてるんだ。そういう茨の方がなんでも顔に出て子どもみたいなのに……」
「聞き捨てなりませんな!?」
めくった布団をかけ直して、茨を強制的に布団に押し込むことに成功した。逃げないように足もがっちりとホールドする。抜け出そうと暴れる茨のお腹に腕を回して背中に頬をぴたりとつけた。茨はサイドフレームにしがみついて体を引き抜こうとしているけれど絶対逃さない。茨は私を傷つけられないから手加減するし、それに私の方が純粋に力は強い。
「……あの……羽風氏が帰ってきたらどうするんですか、これ」
「私は構わないけれど」
「自分が構います!」
「じゃあ薫くんが帰ってくるまで」
「変な噂がたったらどうするんですか!」
「薫くんはそんな人じゃないよ」
力じゃ敵わないと分かったのか言いくるめようと話しかけてくるけどその手は通じない。私には何もやましいことはないんだもの。
焦った顔の茨が私を見下ろしてくる。そういう顔をされると余計に私が楽しくなる……もとい、頑固になってしまうことに茨は気づいていない。
「……閣下」
「だめ?」
茨の頬がひくつく。日和くんから伝授されたあざとい表情は割合茨にも効くらしい。ジュンは日和くんにこうされると即降参するらしいが、そういうものには興味がないと思っていた茨にも効果があるとなると、なかなかどうして茨もかわいいところがある。悩むように視線が彷徨っていて、あと一押しだなと私は内心ほくそ笑んだ。
「ねえ茨」
「……羽風氏が帰ってくるまでですよ!」
諦めたらしい茨がぼふんと大袈裟に音を立てて枕に頭を沈めた。じたばた暴れたせいでまた乱れてしまった布団を肩まで手繰り寄せる。お陰で茨の背中にくっついている私はすっぽり布団に包まれてしまったけれどこれはこれで暖かいから良しとする。茨が体の力を抜くので、私も少しだけ腕の力を緩めた。でも眠ったと思って抜け出されたら困るので完全に緩めることはしない。
「電気消しますよ」
「ふふ、うん、おやすみ、茨」
「はいはい、お休みなさい」
まったく、なんて悪態をつく茨の規則正しい心臓の鼓動を子守唄に、私も目を閉じた。何だかわからないけれど楽しくて、もしかしたらこういうところが私もまだ子どもなのかもしれないなと思った。
結局ふかふかで暖かい布団に負けて薫くんが帰ってきたことにも気づかず、二人で朝までぐっすり眠ってしまった。