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    名無し

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    名無し

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    棘乙

    かぜっぴき「あのね、僕も鬼じゃないんだ。人生に一度の高校生活、ハメを外しても全然良いと思うんだよ。でも…。」
    「はっくしゅん!」
    「…ごほごほ。」
    「体調崩してまで遊ぶことある?」

    保健室のベッドで寝込んでいる僕と狗巻君を見下ろしながら、五条先生はため息混じりに言い放ったのだった。



    「すみません、せんせ…は、はっくしゅん!」
    「…ごぉんぶ…。」
    「…動画に影響を受けて、色んなコンドームで何処まで水か入るか試して、全部破裂させてずぶ濡れ、乾かすのも面倒でそのまま寝たら風邪引いた。これで合ってる?」
    「…合って、ます。」
    「…最近の中学生でも中々やらないよね。まぁ、この件の反省は元気になってから。今は直ぐにでも風邪を治すこと。特に棘、分かってるね?」
    「じゃげ…ごほっ、ごほ。」
    「よろしい。」

    五条先生は手に持っていたビニール袋から、飲むタイプのゼリーと水をそれぞれの枕元に置いた。そして僕と狗巻君の頭を撫でて、「お大事に。」と一言言うとその場を後にする。

    「硝子、後は頼むよ。」
    「はいよ。さっさと行った行った。」

    ドアが開く音が聞こえ、五条先生が行ったのを確認すると僕はほっと息を吐いた。
    というのも、実は先程の風邪を引いた理由というのは半分嘘だった。
    コンドーム云々で破裂させた所までは本当。実はそこからずぶ濡れになった僕に、狗巻君が…興奮してしまったらしく、乾かさずにその場で身体を重ねてしまった。その後湯で暖まる前に冷たい浴場で二回戦。結果二人揃って身体を冷やしてしまったのが本当の原因だった。
    僕はというと熱は微熱程度だったが、頻繁に出るくしゃみと鼻水に悩まされる事態に。狗巻君は38度近い熱と、さらに喉を痛めたようだった。呪言、言霊で戦う彼にとって、声が出にくいことは致命的だ。五条先生が早く治せといったのはその事も含めてなのだろう。
    ふと視線を右側のベッドで寝ている狗巻君に移す。荒い呼吸を繰り返しており、少し苦しそうだった。

    「…狗巻君、大丈夫?」

    声をかけてみると閉じていた目が少し開き、紫色の瞳だけをこちらに向けた。

    「じゃげ…いぐら…ごんぶ…。」
    「…謝らないで。僕も悪かったか…くしゅん!」
    「…ごほっ、ごほごほ。」
    「お前達、病人なんだから静かに寝てなさい。」

    家入先生から呆れたようなお叱りを受けてしまった。僕は「すみません。」と返し、少しでも早く治そうと目を閉じた。



    それからどれくらい経ったか。ふと意識が戻って目を開ける。
    少し眠れたようだ、頭が先程に比べて軽い。
    喉が乾いてきたので水でも飲もうと身体を起こしたその時、部屋の奥から声が聞こえてきた。

    「…いや、それはこちらの責任じゃ…。」

    家入先生が困ったような声を出して話していた。話し相手の声が聞こえないので、恐らく電話をしているのだろう。

    「…はい。…は?何で……。分かりました。今から向かいます。」

    「全く…。」等とぶつぶつ言いながら、家入先生はこちらの方にやって来た。

    「乙骨、起きてたのか。」
    「…さっき、目が覚めました。あの、何かあったんですか?」
    「…少しな。悪いが今からちょっと席を外す。そんなに時間はかからない、とは思う。」
    「…はい、分かりました…くしゅん!」

    そう言って、家入先生は足早に出ていった。
    保健室がしんと静まる、と同時にひゅーひゅーという呼吸音がはっきりと聞こえてきた。
    隣のベッドで眠る狗巻君からだ。一度眠る前より酷くなっているような気がする。

    「…辛そうだな…先生が戻ったら診てもらった方が良いのかな…。」

    本当なら側にいてあげたいが、何分自分も本調子ではない。心配しかできない自分をもどかしく思った。

    「…はぁ、はぁっ…ゆ…た。」
    「あっ…狗巻君、起きたの?…お水飲める?」

    狗巻君は瞼を少しだけ開けて、ゆっくり首をこちらに動かす。左手を伸ばし、すがるような目でこちらを見た。
    半開きの口が、ゆっくり動き出す。

    【……そ、ばに…ぃ…て。】
    「っ!」

    その言霊は呪言となり僕の脳内に響いた。
    気だるい身体が、まるで操られているかのように動き出す。ベッドから起き狗巻君の側に立つと、腕が勝手に彼の布団を捲り、身体が彼の隣にぴったりと横たわった。
    狗巻君は眉を潜めてその様子を見ていた。無意識だったのだろうが、発言したことに申し訳なさを感じているのだろう。だけど普段からあれだけ言葉に気を使っている彼が、呪言を使ってしまってまで自分を求めてくれたのがなんだか嬉しかった。

    「…ゆぅ、…た。」
    「…狗巻君、僕はここにいるよ。…大丈夫だから、ゆっくり寝て…。」

    僕は彼の頬に滲む汗を拭って、そこにちゅっと口付ける。すると狗巻君は嬉しそうに微笑み、僕の首元に顔を埋めた。

    「…んっ……じゃ…け…。」
    「ふふっ、くすぐったぃ…くしゅん!」
    「…いぐら?」
    「大丈夫、さっきより平気だか…くしゅん!」

    僕がくしゃみをする姿を見て、狗巻君は心配そうに眉を潜めた。「大丈夫。」と精一杯の笑顔で返していると、ふと僕の足が彼の足に触れた。一度布団から出たので少し冷たくなっているせいか、狗巻君はピクリと身体を動かした。

    「…ごんぶっ…。」
    「あ、ごめんね、足当たっちゃっ、くしゅん!冷たかったよね…はっくしゅん!」

    狗巻君はじっとくしゃみをする僕を見て、縮こまっている僕の足に自分の足を絡ませてきた。優しい彼の事だ、自分も辛い筈なのに僕を心配してくれているのだろう。その温もりがもっと欲しくて、思わずその身体を抱き締めた。

    「ありがとう狗巻君…温かいよ。」
    「じゃげ。」

    (幸せだな…。)

    少しの間そうしているとすやすやと寝息が聞こえてきた。視線を落とすと先程の苦しそうな顔は消え、気持ち良さそうに狗巻君が眠っている。

    「良かった…呼吸、落ち着いてる。お邪魔にならないように戻ろ…あ、あれ?」

    自分のベッドに戻ろうとしたが、下半身が抜け出せそうにない。布団を捲ると、眠りながらも狗巻君は足をしっかり固定していた。

    「…無理矢理抜けて起こすのも可哀想だし…ま、いっか。」

    僕も風邪引きだから、うつる事はないだろう。
    もう一度布団に入り直し狗巻君を抱き締める。

    「おやすみなさい狗巻君。良い夢を見てね。」

    家入先生が帰ってくるまでなら大丈夫かな。と思いながらその温もりに身を任せて僕も再び眠りについた。
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