連絡先を渡された場合コスメショップ【玉ティナ城】
窓を勤める家入の友人のお店で、求めている調理器具購入を目指し、呪術高専一年生四人は今日も働いている。
ある日真希とパンダが陳列された品を整理している最中、休憩室から微かに声が聞こえてきた。今休憩に入っているのは乙骨と狗巻だけなのだが、狗巻は言葉を発せないので自然と乙骨ということになる。
普段は大人しい彼からは考えられないくらいの声量だ。
「何かあったのか?」
「ほっとけ。」
真希は無視して自分の仕事に戻ろうとした。だが次第に声は大きくなっていき、店内にまではっきり聞こえるようになる。口調からして揉めているようだ。先程までは何ともなかった筈だが。
「ただ事じゃなくね?」
「…仕方ねぇ、様子を見てくるか…。」
普段なら興味もない事はテコでも動かない真希が行動を起こした。言葉遣いはあれだけど気になっているのだろう、とパンダは内心ニヤニヤした。
「真希は素直じゃないんだか…ふぐっ!」
「うるせぇから黙らせる。」
「ふぁい。」
片手で顎を捕まれ、パンダは逆らえずうなずいた。
「た~かな~、こ~んぶ~。」
「もぉ!僕本気で怒ってるんだから!」
「こんぶ~。」
「狗巻君!」
「お前ら何やってんだよ。」
「声、店まで聞こえてるぞー。」
休憩室のドアを開けると、二人は向かい合って立っていた。紙を握りしめ怒っている乙骨に対し、狗巻は口元を隠していても嬉しそうだと分かるくらいの笑顔だった。
真希とパンダの姿を確認した乙骨は、掴みかかる勢いで二人に詰め寄った。
「二人共聞いてよ!狗巻君、お客さんに連絡先貰ったんだよ!」
真希の目から光が消え、全身からくだらない、関わるんじゃなかったというオーラを醸し出す。
「何が問題なんだよ。」
「連絡先だよ、連絡先!僕というものがいて、赤の他人から貰ったんだよ!断らない普通?!」
「付き合えって言われりゃ断るだろうけど、貰うくらいなら。連絡しなけりゃ良いんだし。」
「人間の事はよく分からんけど右に同じ。」
予想外の反応に乙骨はあからさまにショックを受けた様子だ。
「そ、そんなぁ…二人まで…。」
「で?お前は何でそんなにニコニコしてんだよ。」
しょぼんと落ち込む乙骨をよそに、パンダは狗巻に話をふる。狗巻は幸せそうな笑みを浮かべたまま答えた。
「高菜すじこ明太子~。」
((憂太が嫉妬して可愛い、か。))
「ぼ、僕は本当に嫌だったのに…何でそんなに笑顔になれるの…?」
「高菜?」
乙骨の目尻にじわりと涙が浮かび始める。その様子を見た狗巻は側に寄り、連絡しないよ?と首をかしげた。
「当たり前だよ!連絡したら許さないんだから!」
「いくらすじこ?」
乙骨の腰に手を回しながら悲しそうな顔をして、嫌いになってしまったのか?と尋ねる狗巻。その流れるような動きに、パンダと真希はある意味見事だと半ば呆れながら感心した。
「…そんな事聞かないで、嫌いになんてならない…。大好きだから、悲しかった…。」
「しゃけ、こんぶ明太子。」
良かった、ごめんもうしないから許して。
そう言って今にも涙が溢れそうな乙骨の目元を指で拭った。
「…本当にもう貰わない?渡されてもちゃんと断ってくれる?」
「しゃけ。」
「……じゃあ良いよ、許してあげる。」
「ツナマヨ、憂太。」
狗巻はありがとう、大好きという言葉と共に、乙骨の唇にキスを落とした。それを受け止め乙骨の目尻がふにゃりと下がる。
「…僕も。」
そう言って乙骨は目を閉じ、口を少し突き出す。それを合図に狗巻の顔がもう一度重なろうとした。
「お前ら、私等がいることを忘れてないだろうな?」
「きゃっ、二人ったら大胆(はーと)!」
「わぁ!ご、ごめんなさい!忘れてた訳じゃなくて、その!」
「こんぶー。」
時は流れて数日後の同時刻【玉ティナ城】。
真希とパンダが店番をしている最中、休憩室から何かがぶつかったような大きな音が聞こえてきた。
「なんだ今の音。」
「さぁな。」
何か物でも落ちたんだ、そうだとしても休憩室には乙骨と狗巻がいるから大丈夫だ、と判断し二人は無視することにした。だが、音がした方から微かに呪力の気配を感じとる。
「…これは、棘か?」
「知らねぇ。」
「…どんどんでかくなってくな。ヤバくないか?」
「……。」
前回の事があり少々嫌な予感はしたものの、呪力が出てくると話は変わってくる。店やお客に迷惑を掛ける訳にはいかないので、二人は重い腰をあげた。
「憂太。」
「ぼ、僕きちんと断ったんだよ!なのに無理矢理押し付けられて、それで…!」
【黙れ】
「ひぅ…!」
「何やってんだよ、今度は。」
休憩室のドアを開けると、壁に背を付け怯えている乙骨と、それを両手で囲うように追い詰めている狗巻がいた。いつも口元を覆っているマスクは下に落ちており、側にはぐしゃぐしゃに丸められた紙が転がっていた。先程鳴った大きい音は壁を蹴った音だろうか、下の方に凹んでいる箇所が見受けられる。
「こんぶすじこいくら。」
((次は憂太が客から連絡先を貰った…のか。))
やはりくだらない内容だったか、と真希の目から光が消えた。
「ぷはっ!も、貰ってない!きちんと返そうとしたけど走って帰っちゃって!」
【黙れ】という狗巻の呪言が、まるで無かったかのように弁明する乙骨。さすがもやしっ子とはいえ元特級は伊達ではない。
「い、狗巻君だって前に貰ったじゃないか!なのにどうしてそんなに怒るの!?」
「すじこ。」
お前も怒っただろ、と狗巻は吐き捨てた。
そう、前に連絡先を貰うなと怒ったのは乙骨自身だった。自分だって嫌だったのだから、狗巻だって嫌に違いはない。
乙骨は断りきれなかった事に少しだけ罪悪感が出てきた。
「…そうだよね、ごめんなさい…。」
「明太子すじこ高菜。」
押し付けられたらその場で捨てろ。
その一言に乙骨は目を見開いた。あの優しい狗巻がそんな酷い事を言うなんて。
「それは流石に…っ!?」
全てを言い終わる前に、狗巻は憂太の顎を掴み額同士を押し付けて至近距離で睨み付ける。
「憂太、すじこ(憂太、分かった)?」
「…ふ、ふぁい…んぐっ!?」
開いた口を目掛けて狗巻の口が重なった。じゅるじゅると吸い上げる音と共に、くぐもった乙骨の声が休憩室中に響く。
最早この二人がキスをしたところで動じる真希とパンダではなかったが、この音が他人に聞かれない事を祈った。
やがて乙骨の手が狗巻の腕を掴み、驚いていた顔がとろんとした気持ち良さそうな顔に変わっていく。それを確認して満足そうに狗巻は笑うと、キスを止めて乙骨を横抱きにし、備え付けのソファーに座らせる。ぼーっとしてる乙骨の頬を愛しそうに撫で、何かを耳打ちした。その瞬間に乙骨はソファーの上で眠りについた。狗巻の呪言だろう。
(抵抗しなければ素直に効くのか?それか棘がぶちギレて上がった呪力の効果か?人間ってよく分かんねぇ。)
その後狗巻は落ちていたマスクをしまい、丸められた紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。自分のロッカーから新しくマスクを取り出して身に付けると、真希とパンダと共に休憩室を後にする。
「こんぶ、高菜。」
「暫く憂太を人前に出したくないからって無理矢理寝かせたのか。執着心強くね?」
「明太子(給料で首輪でも買うか)。」
「何言ってんだよ、次の給料は皆で出し合って圧力鍋買うって決めただろ?」
「それより、壊した壁の修理費用だな。」
「「あ。」」
全員の給料から壁の修理費用が引かれたことを乙骨が知るのは、その一時間後であった。