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    名無し

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    名無し

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    棘乙

    年末年始のお話12月31日、お昼前。狗巻君に任務が入った。
    東京から離れた場所にある廃病院。内容までは教えてもらえてないが、相手は準一級相当の呪霊で危険度が高く、場所も遠い為今日中に帰ることは難しいかもしれないとの事だった。
    任務ですれ違いが多い中、大晦日は一緒に過ごせる数少ない大切な季節の一つ。前々から食べ物を買い込み、誰にも邪魔されず長く一緒にいられるように準備していた。狗巻君は、年が変わった瞬間に姫始めする。と意気込んでて、恥ずかしかったけど嬉しかったのは昨日までの話。
    ボストンバッグへ荷物を入れ終わると、ちょうどお迎えの時間になった。玄関へお見送りに向かうが、狗巻君の機嫌は悪いままだった。皺の寄っている眉間に、いってらっしゃいのキスをする。

    「気を付けてね。」
    「…こんぶ。」
    「…僕も寂しいし行って欲しくないけど、お仕事だから。帰ってくるのここで待ってる。」

    名残惜しそうに見つめられ引き留めたくなってしまう。だけど、今から頑張って任務に向かう狗巻君にそんな事は出来ない。恋人としてしっかり見送らないと。

    「…いって、らっしゃい。」
    「…。」

    行かないで、という言葉を飲み込み何とか言葉にできた。狗巻君は一瞬目を見張ると、返答なく僕を抱き締めて、漸く足動かし扉の向こうに行ってしまった。
    辺りは一瞬で無音になる。一人でやることもないので、ふて寝をすることに決めて寝室へ向かった。ベッドにそのまま倒れ込むと狗巻君の匂いが鼻を擽る。思わず彼の枕を取り、顔を埋める。すうっと吸い込むとさっきより濃い匂いがした。

    「…いぬまき、くん…。」

    分かってはいるのに、名前を呼び、返ってくるわけがないのに、憂太と笑う狗巻君を望んでしまう。寂しさを紛らわすようにそのまま目を閉じた。





    結局そのまま夕方まで眠っていたらしい僕は、小腹が空いたのでリビングへ向かった。
    狗巻君と見ると決めてたテレビを何となく付けるも、見る気になれず、準備したご飯も食べる気が起きなくて食べかけのお菓子とお茶で済ませる。
    本当なら今頃二人でテレビを見て、ご飯をつつきながら笑い合ってた筈なのに。

    「駄目だ、こんな事考えちゃ。…狗巻君は任務なんだ。仕方ないんだ。」

    自分にそう言い聞かせているけど、やっぱり芯の部分は否定できない。考えないようにしても考えてしまいそうで、なんとなくスマホを弄ったり、本を読んだりしたが集中できなかった。

    「…もう、寝ちゃおうかな。」

    少し前に寝てた筈だけど、でも何もする気は起きない。せめて寝る前に狗巻君へ連絡を入れようとスマホを手に取った。画面をつけるとそこには通知が一件。宛名は狗巻君だった。
    急いでパスコードを入れ内容を確認する。そこには『帰る』と一言書かれてあるのみだった。
    確か今日中に帰ることは難しいだろうと聞いていたのに。帰るとはどういう事なのだろうか。
    そう考えていると、部屋に来客を告げるチャイムが鳴った。

    「こんな時間に…誰?」

    時間が時間な為怪しみながら玄関に向かう。何度も何度も鳴るチャイムに、若干恐怖を感じながら覗き穴から外の様子を伺った。
    そこには傷だらけで満身創痍の狗巻君が立っていた。

    「狗巻君!?どうしてここに!?」

    鍵を開けドアを開いた瞬間、彼の体がこちらに向かって倒れてきた。

    「…ぅ、だ…。」
    「狗巻君!?何でこんなにボロボロに…。怪我は!?大丈夫なの!?」
    「…じゃ、ごほっ、げほっ。」
    「酷い…早く中に入って!治さないと!」

    狗巻君の持っていたボストンバッグを中に放り込み、肩を貸してリビングへ向かった。ソファに座らせて僕はその正面に膝をつき、まずは狗巻君の体全体に呪力を送り込む。目に見える傷は瞬く間にふさがり、彼の呼吸も少し楽になっていた。だけど喉の治りが良くない。

    「…喉以外に痛い所はない?」

    狗巻君はこくりとうなずいた。
    とりあえず一安心した所で漸く自分も落ち着き、一呼吸おいて喉に手を添える。ここは集中的に治さないと駄目なのだろう。何があったらこんな事になるのか。
    そこでふと思い出した。先程の『帰る』の一言。

    「ねぇ狗巻君。もしかして、今日帰ってくる為にこんなに無理したの?」
    「…。」

    狗巻君は答えなかった。だけど、それが答えだ。

    「どうして、こんな事したの?無茶までして、体壊してまで…。」
    「おがが?」
    「そうじゃない。帰ってきて欲しくなかった訳じゃないんだ。もしかして、僕が寂しいって言ったのも理由になってる?」

    狗巻君はピクリと反応した。図星ということか。
    僕はそっと彼の左手に触れた。人の腕では絶対聞こえない筈の無機物の触れあう音、温もりの持たない冷たいそれは義手だ。
    あの渋谷事変。一般の人を逃がす為最後まで渋谷に残り呪言を使い続け、そして失った彼の一部。再会した時に目の当たりにし、目の前が真っ黒になったあの瞬間は今でも忘れない。
    大切な人にもう傷ついて欲しくない。辛い思いをして欲しくない。

    「きっと、僕の事も気にかけてくれたんだよね?とても嬉しい。でも、狗巻君が元気じゃないと意味がないんだよ?」
    「…。」
    「体を傷つけないように気を付けて、欲しいんだ。お願いだから大切にして。」

    狗巻君は僕の言葉を聞いて、申し訳なさそうに眉を潜めた。

    「…ごんぶ。」
    「うん。あっ、ごめんね長々と。直ぐに治すからじっとして。」

    再び喉にゆっくりと呪力を流し込む。狗巻君の呼吸が楽になるのを感じると、手を離して喉仏に唇を当てた。

    「任務お疲れ様。こんなになるまで呪力使って、疲れたでしょ?」
    「おかか。」
    「…そうだ。任務を頑張ったご褒美に何でもお願い聞いてあげる。」
    「しゃけ!?」

    本当に?と目をキラキラさせながら尋ねてくる狗巻君。こういう時のお願いは決まってえっちな事だけど、無理して帰ってきてくれた彼の優しさに応える方法がこれしか思い付かなかった。僕は狗巻君の太ももをすっと撫でる。

    「何でも良いよ。騎乗位でもイラマチオでもコスプレエッチでも。この前狗巻君が買って来た縄で縛ってくれても良い。」
    「た、高菜…。」
    「ただし、お風呂に入ってゆっくり眠って、元気になったら。ね?」
    「しゃけ…あ。」

    ごーん。という音がテレビから聞こえてくる。アナウンサーらしき男の人が新年の挨拶を始めていた。

    「もう、新しい年になっちゃったんだ。」
    「すじこ。」

    僕は狗巻君の横に座り、改めて向き合い目を見て言った。

    「明けましておめでとう。今年もこれからも、よろしくお願いします。」
    「しゃけ、明太子。」

    ゆっくり鳴り響く鐘の音を聴きながら、どちらとも言わず唇を重ねた。
    まさかこの7時間後にさっき言った事が全部現実になるとは知らずに。
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