結婚式ゴーンゴーン
ゴーンゴーン
幸せを運ぶ鐘の音が鳴り響く。
僕は純白のタキシードに身を包んでおり、白を基準とした花のブーケを手に持ち、扉の前に立っていた。
『新婦の入場です。』
扉の左右に人が立ち、一礼されると同時に開いた。
正面のステンドグラスからは日の光が差し込み、幻想的なチャペルが目の前に広がる。バージンロードの中心には、グレーのタキシードを着た狗巻君が佇んでいた。口元を隠さず此方を優しい眼差しで見ている。
「行くぞ。」
ふと、僕の横で黒のタキシードを華麗に着こなしている
真希さんが現れた。
(こ、これは…いったい…!?)
突然ですが僕、乙骨憂太は結婚することになってました。
パイプオルガンから結婚式でよく流れそうな音楽が聞こえてくる。呆然としている僕の腕を、真希さんがグイッと引っ張った。普段履き慣れてない靴のせいで一瞬よろめいてしまったが、真希さんに支えられてなんとか転ばずに済む。
「ちゃっちゃと歩け。式が進まねぇだろうが。」
「い、いや、これ歩き辛いよ…。」
「しっかりしろ主役…ほら、旦那が待ってるぞ。」
(旦那?)
ふと正面を見ると狗巻君がにこりと微笑み、言葉を発さずに口だけを動かした。
『おいで。』
何となくだがそう言ってる気がする。思わずドキッと胸が高鳴った。今一情報が完結しないまま、気がつけば姿勢を正し一歩一歩歩き出していた。視線を左右のベンチに移すと、見知った顔とそうでない顔が見える。
(えっと、左側の席に座っているのは…伏黒君と、見たことない男の子と女の子がいる…。右側の席は日下部先生と…夜蛾学長…!?)
皆拍手をしながら此方を見てくる。
真希さんから前を見ろ、こ小突かれ正面を向くと狗巻君の後ろに見慣れたパンダの姿があった。
(何であんなところに!?)
祭壇の前に立っているパンダ君は、何故か牧師っぽい服を着ていた。まさか、これからパンダ君が式を執り行うのか?
パンダがいる結婚式はここくらいだろうな。
と考えているうちに気が付けば狗巻君の目の前まで歩いていた。
「何ぼーっとしてんだよ。おら、行ってこい。」
「うわっ!」
真希さんに背中を押され、前のめりに倒れかかった所を狗巻君に抱き止められる。
「憂太。」
「……かっこいい…。」
狗巻君は目を丸くした。思わず感想を口にしてしまい、恥ずかしさで顔を背けようとする。だけど、狗巻君の両手が顔を挟みそれが拒まれた。
間近で見た彼の顔は、とても綺麗で幸せそうに笑っていた。
「憂太、高菜(憂太も、綺麗だよ)。」
そう言うと口を耳元に寄せる。
「ツナマヨ(直ぐにでも食べちゃいたいくらい)。」
顔へ身体中の熱が集中しているかのような感覚に陥る。
普段なら身の毛もよだつような台詞なのだろうけど、狗巻君が言うと様になっている。…おにぎり語だけど。
狗巻君は体を離し、僕を優しくその場に立たせてくれた。その後左腕を僕に差し出す。その腕に手を添えてパンダ君の元へ二人で歩み寄った。
「じゃあ今から憂太と棘の結婚式しまーす。」
「しゃけ。」
「…結婚式ってこんなに緩いものじゃないよね…。」
僕のツッコミも虚しく、パンダ君は聖書らしき本を開いて、あーだのうーだの言いながら首を左右に傾けた。
「讃美歌?めんどくせ。なんか、ごっちゃごちゃしてるのはすっ飛ばして、結婚の宣誓しまーす。」
「高菜。」
「良いのそれ!?」
パンダ君は聖書らしき本を後ろに放り投げて、突然右手を勢いよく上げた。
「右手を上げて!」
「は、はい!」
つられるように僕と狗巻君も手を天高く突き上げる。
「宣誓!二人は健やかなる時も病める時もどんな時も、正々堂々愛し合うことを誓いますか?!」
「ち、誓います!」
「しゃけ!」
(絶対スポーツマンシップにのっとるテンションで言う事じゃないって!っていうか、誓っちゃったよ!)
だが、変だと思っていたのは僕だけだったらしく、何故か後ろでは称賛の拍手が送られた。
「それじゃ、次は…神の前で誓いの証を示せ。」
「へ?…ち、誓いの証…?」
(こういう所で行うとすれば…指輪の交換?それとも誓いのキスとか!?)
どうしよう、と助けを求めるように狗巻君を見た。
すると狗巻君はジャケットを豪快に脱ぎ、ネクタイに片手をかけるとしゅるっと器用に外していった。その動きが格好良くてついうっとりしてしまう。
というか、この状態で何で脱ぐ必要があるのだろうか。
「あ、あの、狗巻君…。」
「高菜、明太子…ツナマヨ。」
問いかけようとしたその時、発言する前に強く抱き締められた。手にしてたブーケがパサッと音をたてて地に落ちる。
突然の事でパニックになり体が動かせなかった。氷を身に纏ったかのように固くなってる気がする。
「な、なななななん、何で…。」
「ツナツナ(可愛い)。」
狗巻君は抱き締めたまま位置を変え、僕の背に祭壇が付く位置まで動く。そのままゆっくりこちらに体重をかけて、僕の上半身を祭壇に押し倒した。視界が変わり、眼前には逆さのステンドグラスとチャペルの天井、狗巻君の顔しか映らない。
「な、何するの…?この体勢は何?」
「神の前で愛の証を示すんだよ、という事でLet's交尾!」
パンダ君がひょっこり現れ、さも当然のように親指を立てて答えた。
「こ、交尾!?こういうのって、指輪の交換とか、キ、キスとかじゃないの!?」
「そんなんより一発ヤれば完全に好き同士ってわかるじゃん。」
「そんな神様嫌だよ!」
「なんだよー、さっきどんな時も愛し合うって宣誓しただろ?あれ嘘だったのか…?」
「そういう事じゃなくて!」
「憂太。」
「ごめん、狗巻君そこどいて!」
これ以上流されるわけにもいかず全力でもがいた。だけど、何故か狗巻君の強い力を振りほどくことが出来なかった。
王子様のような眩しい笑みを浮かべて、僕に向けて囁くようにこう言った。
「高菜こんぶ、明太子(今まで大変な事ばっかりだったけど、これからは二人で幸せになろう)。」
ー二人で幸せにー
この言葉が胸に響いていく。
狗巻君と共に僕は幸せになれるのだろうか。
彼を幸せにできるのだろうか。
目の前に近付いていた顔を、重なりそうな唇を、そのまま受け入れても良いものだろうか。
自問自答していたけど、見詰める眼差しにもう逆らう気にはならなくなった。
それで君が良いのなら、僕はずっと側にいるよ。
たぶん、僕はもう…。
「その結婚待ったーーーーー!」
バンッ!と入り口の扉が開かれる。
そこには紺色のタキシードを着ている五条先生、黒のタキシードを着ている夏油先生がいた。そういえばこの二人来賓の席にいなかったけど、これは一体何事だろう。
狗巻君は僕の上から退くと、背に庇うように立ち二人に向き合った。
「おかか。」
「いやー帰らないよね。」
「乙骨君を君のような未熟な術師に任せるわけにはいかない。」
瞬間、狗巻君から呪力の気配が漂った。
五条先生は目隠しを外し、夏油先生も手に持っている武器、三節棍を構える。
準一級呪術師、特級呪術師が二人、臨戦態勢になっているのに周りは何故か止めようとしなかった。
僕は慌てて祭壇から飛び降り、三人の中に入って制止を試みた。
「あ、あの!皆さん、止めてください!」
だけど三人は僕に見向きもせずお互いを睨み付ける。
「おかか、明太子高菜(止めないで、大丈夫直ぐに終わらせる)。」
「待っててね憂太。さっさと片を付けて、僕の腕の中に閉じ込めてあげる。」
「物騒な物言いは嫌われるよ悟。あぁ、乙骨君怯えなくて良い。君を危険な目には決してあわせないよ。」
三人の呪力量が一気に上がり、瞬時に衝突し激しい戦闘が繰り広げられた。建物は破壊され、ステンドグラスは一瞬で粉々になった。
「も、もう止めてくださーーーーい!」
「僕の為に争わないでぇええええ!…えっ?」
目を覚ますと僕は身体中汗だくになっていた。勢いよく上半身を起こし乱れる呼吸を整える。
ここはチャペル、ではなく自分の部屋のベッドの上。辺りを見回すが当然見慣れた物しか目に入らない。
僕を巡って争ってた人達も、それを見守っていた人達もいない。
「…夢か…じゃないよ!何であんな夢を見たんだ僕は…!」
ふと、体に触れると妙な生々しさが残っていた。
狗巻君、五条先生、夏油先生。
三人の熱っぽい視線が、脳裏にこびりついて離れない。
夢なのに、僕の夢の中の事なのに。
「明日、どんな顔して会えば良いんだよぉぉぉ…!」
僕は夢の内容を思い返しては、恥ずかしさと申し訳なさで涙を流した。
ー翌日ー
真希「ん?…憂太から連絡だ。」
パンダ「どした?なんかあったのか真希?」
狗巻「こんぶ?」
真希「何々…【今熱が四十度あってお腹くだして頭痛くて咳が止まらなくて動けないので休みます。って伝えてください。】だってよ。」
パンダ「へぇ…そりゃまた随分と…。」
五条「皆~遅れてごめんね~。」
夏油「すまないね。悟が中々見付からなくて、連れてくるのに難儀して…おや、乙骨君は?」
真希・パンダ「「仮病でーす。」」
狗巻「高菜ー。」
五条「仮病って!あははっ!僕より堂々としたサボり方するね~流石憂太。」
パンダ「どうする?俺が引っ張って来ようか?」
夏油「私が起こしてこよう。」
五条「僕が起こしてくる。」
狗巻「しゃけ。」
三人「「「…へ?」」」
数分後、教室からから爆音が響き渡ったのだった。