格好いい感じの五条先生が書きたかっただけ「乙骨術師、次の任務は○○病院跡地です。呪霊は準二級相当になります。」
ー報告書ー
○○病院跡地
呪霊、二級相当と思われます。
特に問題なく祓い終わりました。
損害なし。死者、怪我人共になし。
「乙骨術師、お戻りの所申し訳ございませんが、次の任務に向かってください。準一級の呪詛師が現れました。」
ー報告書ー
市街地裏路地
呪詛師と思われる集団を発見。
交渉を試みましたが失敗、攻撃されたのでやむを得ず交戦しました。
三人捕縛。一名自殺にて死亡を確認しました。
他被害なし。
「乙骨術師、かの地にたむろう呪詛師暗殺の命を下す。」
呪霊の雄叫び、呪詛師の悲鳴が、耳にこびりついて離れない。
呪霊を祓い、呪詛師の肉を斬る、手の感触が気持ち悪い。
忘れようとしても、忘れようとしても、また祓いに行かなければならない。
僕が、行かないと、任務だから。
任務なのだから。
ー報告書ー
任務完了
「…伊地知。」
「…は、はい。」
まだ何も言ってないのに伊地知はビクッと体を震わす。何十枚もの報告書を前にして、僕が何を言い出すのか分かっているのだろう。
「憂太の報告書が多い。どうなってるの?」
「…申し訳ございません。私も出来る限りの配慮はしているのですが、如何せん人手が足りないのと、危険度の高い任務に変われる術師がおらず…。」
「…分かった。」
伊地知の事だ、手配もしてるだろうし嘘は言ってない。それでも数週間でこの量は異常だ。特にここ五日、酷い日には一日に数件、立て続けに出ている。
「可能な限り僕にも振って。」
「えっ、宜しいのですか?」
「良い。後、暫くは二級以下の任務は憂太に回さないで。どうしても無理なら僕が誰かに振るから連絡して。」
「分かりました。…どうか、よろしくお願いします。」
深々と頭を下げる伊地知を制し、報告書を適当に纏めて部屋を出た。
僕がここを離れて数週間。わざわざいない時を狙って纏めて憂太に投げたのか。あいかわらず腐った老人共は、自身の周り以外どうでも良いんだろ。
いくら階級が上がろうと、いくら術師として有能だろうと、憂太はまだ未成年だ。加えて性格が優しい上に、元々こちらの界隈にいたわけではない。本来の術師でさえ少しずつ、慣らしながらこなす任務内容もあった。憂太は初めてでは無いにしても、上記の事も含めまだ経験が浅い。なのにあれでは、いくらなんでも精神が持たない。呪詛師を祓ってるだろう任務もいくつかあったのが余計に気がかりだ。
廊下を歩く足が速くなる。
最新の報告書の日付は今日だった。まだ近くにいるかもしれない。
手遅れになる前に、何か手を打たないと。
下手をしたら心が壊れてしまう。
ふと、視線を横に向ける。
窓の外、花壇の前。
一人、俯き項垂れるように座っている。
「憂太っ!」
遠目でも白い制服が赤く汚れているのが分かる。恐らく返り血だ。だけどこの寒空の下微動だにしないのは何故だ。
まさか、もう憂太は…。
最悪の結末を振り払うかのように、廊下を駆け出し外の出口へと向かう。
どうか間に合えと、柄にもなく神にも祈った。
「高菜こんぶ明太子ー!」
「いたっ…!」
外へ出るのと同時に、聞き覚えのあるおにぎりの具材が耳に入る。ゆっくりと花壇の方へ向かうと、憂太の前に棘の姿があった。どうやら脳天にチョップを喰らわせたらしい。
僕は物陰に隠れて様子を伺った。
「狗巻君…痛いよ…。」
「こんぶ、すじこ…。」
「ごめん、今頭回らなくて。」
「…憂太?」
「大丈夫だから…僕は…次の任務も…。」
「憂太!」
憂太の言葉を遮る勢いで、棘は憂太の名を叫んだ。憂太も驚いたのかビクッと体を震わせる。
「おかか…。」
棘は憂太の頬に手を添えて、顔をゆっくりと持ち上げる。憂太の目はうつろい、生気が宿ってなかった。もう限界ギリギリまで心が追い詰められているのだろう。
棘はその状態でネックウォーマーを外し口元に呪力を宿す。
【嘘を、つくな】
憂太に呪言が放たれる。
本来なら憂太との圧倒的な呪力差で効きにくい筈なのだが、呪力が底をつきかけ弱っている憂太になら効くと判断したんだろう。棘に反動が返っていない所を見ると、無事に効いたようだ。ぽつり、ぽつりと憂太が喋りだす。
「…ごめん…嘘、大丈夫じゃない…。」
「しゃけ。」
「ちょっと…疲れた…ちょっと、じゃない、つか、れた…つらい、僕…つら、いよ…。」
目元に涙を溜め、震える声で本心が紡がれる。
「すじこ、憂太、明太子。」
ー泣き虫の憂太に、逆戻りだねー
棘がそう言うと憂太は棘のお腹に頭を付け、塞き止めていたものが溢れたかのように、泣き始めた。棘は肩に手を添え、頭を撫でながら憂太の名を呼び、お疲れ様、頑張ったね、と労いの言葉を言い続ける。
もう僕がいなくても大丈夫だろう。
踵を返し、暫く憂太に任務を入れないよう、伊地知へ伝えに向かおうとした。
「狗巻君、今日、お部屋、行って良い?」
「しゃけ。」
「いつもみたいに、いっぱい、ぎゅってして欲しい。」
ん?
「しゃけ。」
「ありがとう、狗巻君大好き。」
「ツナマヨ…んっ。」
「んぅっ。」
んん?
さらに踵を返し様子を伺う。
憂太の顔と棘の顔は、重なっていた。
「五条さん。どうなさったのですか?忘れ物ですか?」
「ねぇ、伊地知。」
「はい。」
「…棘と憂太、ちゅーしてたんだけど。」
「えっ、御存じではなかったのですか?てっきり皆さん、知っているものだと思っていたのですが。」
「えー…嘘ぉ…。」
僕は知らなかったのに、伊地知が知ってたなんて。
ちょっとした腹いせに脇腹を小突いた。