私だけのお姫様チリさんは女性だ。だけど、その立ち振る舞いから男性のような扱いを受ける事も多くない。
女性に優しくするのは当然、重い荷物を持つのは当然、仕事量が多いのは当然、それをこなすのも当然。何故ならそれが世間で見られるチリさんだから。
でも何度でも言う、チリさんは一人の女性なのだ。
『助けて』
スマホにチリさんから簡単なSOSが入ると、私はリーグに足を踏み入れる。普通なら入ることすら許されない扉だけど、チャンピオンクラスになった私はある程度の出入りは認められていた。向かうのは四天王専用の控室。扉を開けると案の定、ソファにぐったり倒れているチリさんがいた。私の姿を確認すると、辛そうな顔をしているのに加えて、申し訳なさそうに眉を潜める。
「…かんにんな、アオイ。」
「謝らないで下さい…今月は辛い方ですか?」
「…腹、きりきりして痛い。」
私は備え付けのブランケットをお腹にかけ、チリさんの髪を纏めている留め具を外した。少しでも楽に横になれるようにと。
今月と言ったように、チリさんを苦しめているのは月一に起こる女性特有の生理現象だった。彼女の周期は不規則で、状態も月によりまちまちだったりする。軽い日もあれば、今のように酷く体調が悪化する日もある。
「チリさん、お薬飲みましょう。」
私は慣れた手付きでチリさんのロッカーを開け、痛み止めと書かれた粉薬を取る。鞄から常に携帯しているおいしいみずと一緒に、再びチリさんの側に近寄った。
「…それ、苦いから嫌や。」
「我が儘を言わないで下さい。カンポーやくは体に良いお薬なんですから。」
「せやけど…。」
渋る彼女に水を押し付ける。
「駄目です。本当なら寝かせてあげたいけど、お仕事に行くんですよね?」
「………はい。」
「だったらお薬飲んで少しでも体を楽にしてください。体起こせますか?」
私が背中を支え、チリさんはよろよろと上半身を起こした。私の渡した水を含み、口を此方に向けて開ける。
「はい、お薬入れますね…。そのまま一気に飲み込んでください。」
さらさらと粉薬がチリさんの口に入る。カンポーやくはとにかく苦い。味を感じる前にさっさと飲み込んでしまうのが定石だ。それでも口に残る後味にチリさんは眉を潜める。
「偉いですよ。良く頑張りましたね。」
「…もっと別の時にあーんして欲しかったわ。」
「元気になったらいくらでもしてあげます。少し横になりましょう。」
私はソファに寝るよう促すが、チリさんは首を横に振る。いつもの飄々とした姿とは別人のように、懇願するような目で私を見つめた。
「…膝枕、してくれへん?」
なんとも可愛いお願いに思わず笑みを溢す。無言で頷きソファに腰かけると、太腿にチリさんの頭が乗せられる。頬を撫でたり頭を撫でたりしてると、少しずつ瞳がとろんとし始めた。
「…ちょっとだけ寝るわ。もしハッサクさんが呼びに来たら起こして欲しい。」
「分かりました。」
顔にかかっている前髪を優しく払い、お腹を優しく撫でる。早く良くなりますようにと願いを込めて。
数分も経たないうちに健やかな寝息が聞こえてきた。疲れも溜まっていたのだろう。ファンデーションで隠しているが、目の下にうっすら隈がある。
リーグの上役の中でポピーちゃんを除き、兼業していないのは彼女だけだ。だからか、一人で多くの仕事をこなしていると、別のスタッフから聞いた事がある。人はそれを褒め称えるけど、こんな姿を見ている私からすれば、危なっかしくて放っておけない。何度も止めた。周りに助けを求めて欲しいと懇願した。
でも彼女はこの体勢を崩すことはしなかった。凛として仕事と向き合う姿に私の方が折れた。それでも見ているだけは辛くて、せめて私にだけは助けを求めて欲しいとお願いした。最初は笑顔で断っていたけど、徐々に今日のように助けて欲しいと言ってくれるようになった。
「早く大人になりたいな…。」
もっと、助けて欲しいとお願いできるような大人になりたい。世間一般で知られるチリの姿を解き、一人の女性となったチリさんを支えられるのは、きっと私だけだから。
「ゆっくり眠ってね。私だけの、お姫様。」
四天王の証である黒い手袋を外して、現れた白魚のような手の甲に唇を落とした。