「砂糖とミルクはどれだけ入れる?」
珈琲をご馳走してくれたチリさんの何気ない一言。
何の変哲もないありきたりな質問だけど、私はそれが悔しかった。入れるかを聞いてはない、入れることを前提で量を聞かれたのだ。
些細なことだけど、子供扱いされているようで悔しかったんだ。
大好きな人だから尚更の事。
「いりません。」
「…ほんまか?遠慮せんと好きなだけ入れたるよ?」
「大丈夫です。飲めます。」
疑いの目で見られながらも、マグカップをそのまま差し出される。とぷとぷと揺れる真っ黒な液体にしり込みしつつも、一気に口の中に入れた。
それは、とてつもなく苦かった。にがスパイスなど非でもない、喉から奥に流し込むことすら出来ず、マグカップに吐き戻してしまった。
「ほれ言わんこっちゃない。飲めへんのやろ?」
「こほっ!は、はい…すみませんでした。」
チリさんはマグカップを取り上げると、中身を捨てて新しく入れ直してくれた。砂糖とミルクをたっぷり注ぎ、改めて私に渡してくれる。カフェオレの良い香りが胸をキュッと締め付けた。
懐かしい夢を見た。
体を起こすと良い香りが鼻を擽った。大きく背伸びをしてベッドから降り、その香りの先へ向かう。そこには椅子に足を組んで座り、ティーカップを片手にスマホロトムを見ているチリさんがいた。私の姿を確認すると、ふわりと優しく微笑んでくれる。あぁ、何年経ってもこの人が好きだ。
「おはようさん、アオイ。」
「おはようございます、チリさん。」
チリさんの向かいの椅子に座ると、机の上に用意されたサンドイッチが私の食欲を促す。きっと私の大好きな卵とハムがたっぷり入っているのだろう。
「飲みもんは何にする?チリちゃんお勧めは、挽きたてほやほやの珈琲なんやけど。」
「じゃあ、それでお願いします。」
了解、と言うとスマホロトムを仕舞い、カップの中身を飲み干して席を立った。キッチン台に置かれている彼女お気に入りの珈琲メーカーから、新しいカップに並々と注がれる。ベッドで感じてた匂いはこの珈琲だった。
「砂糖とミルクはどれだけ入れる?」
「いりません。」
夢と同じように返すと、チリさんは少し驚いてクスクスと笑いだした。
「ふふっ、懐かしいなそれ。どないしたん急に?」
「今日夢を見たんです。チリさんに初めて珈琲を奢って頂いた時の事を。」
「ちっこい子供がブラックなんて飲めるんかと思うたけど、案の定飲めへんかったな。でも、何であんな嘘ついたんや?」
チリさんはカップを私の前に置く。あの時と変わらない真っ黒な液体に、私の顔が歪んで移った。
「あの時から私はチリさんが大好きで、追い付きたくて必死でした。早く大人になって対等な立場になりたいって。だから、ミルクと砂糖を入れるか?と言われたのが、子供扱いされているようで嫌だったんです。」
「せやったんか。」
「ブラックを飲めない大人は沢山いるのに。本当に変な所に拘ってました。子供でしたね。」
「そんな子供に、チリちゃんは惚れたんよ。」
「えっ?」
チリさんの方を見上げると、目を細めて愛おしそうにこちらを見ていた。
「自分は知らんかったやろうけど、結構早い段階で好きやった。年齢なんて関係ない、何でも全力で正面から真っ直ぐ見据える、純粋なアオイに惹かれたんや。」
「そ、そうだったんですか?」
「まぁ、流石に世間体的にはよろしゅうないからな。我慢すんの大変やったんで。せやから今、出しまくるんやけどな。」
そう言って唇を重ねられた。
柔らかい唇越しに珈琲の苦い味がする。
「で、どうすんの?砂糖とミルク。」
チリさんは体を離すと、調味料棚から瓶を取り出した。おそらくこの後は、冷蔵庫からボトルを取ってくれるのだろう。
ミルクが入ったボトルを。
「たくさん、お願いします。」